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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第五章 焦熱地獄篇
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焦熱地獄 19

 上半身と下半身が分かれた状態で、血溜まりの中に浮かぶカタリナは、見た通りの死に体だった。これで即死せず未だ辛うじて息があるのは、怪異としての自然治癒機能のおかげなのは勿論のこと、彼女の痛覚が正常に働いていないことが幸いしての奇跡と言ってもいい。


「ッ…………ぐ…………グエ~、死んだンゴ~…………とか、言ってみたりして…………げほッ。ふ…………あは…………」


 そんな無様を晒して尚も彼女は平時と変わらず、いい加減な軽口を叩く。口の周りを血で濡らしながら、もう指の一本も動かせないまま、それでも紡ぐことだけは止めようとしない。

 まるでそうしなければ生きていけないとでも言いたげな、そんな懸命さすら感じる――自己陶酔。


「いやでも……愛ちゃん……強くなったねえ。今なら……あのナーシャちゃんにだって、余裕で勝てちゃうんじゃない……?」


 自身の無様を、何の感慨も無い無表情で見下ろす黄昏愛に向かって、カタリナは薄く笑みを張り付かせる。雲の切れ間から微かに覗かせる真っ白な満月と共に視界に収めた少女の姿は、ともすれば絵画のような美しさで。まるで見惚れるように、カタリナが愛に向けるその眼差しは羨望すら感じさせる哀愁を漂わせていた。


「ちりさんの居場所を教えなさい」


 そんなカタリナを見下ろして黄昏愛はただ一言、唾を吐きかけるように冷たく言葉を投げ掛ける。当然だった。最初からそれが目的なのだから。余計な言葉は必要無い。

 愛の対応はむしろ有情と言ってもいいくらいなのだが、カタリナはまるで予想外だと言わんばかり、困ったように眉を顰めてみせる。


「はあ……ちりちゃんのことばっかりねえ。ていうか……九十九ちゃんのことはええのお? 今頃、ひとりぼっちよ……?」


「九十九さんなら大丈夫です、強いので。でも、ちりさんはよわよわもいいとこなので。だから、私が付いていないとだめなんです。それに、言いたいこともたくさんありますから」


 しかしそんな愛も、二人の話題になった途端に言葉数が増えていた。依然として表情は無いものの、二人への想いが言葉の端から滲み出ているようで。カタリナは思わず乾いた笑みを溢していた。


「はは……信頼してるんやねえ。なんや妬けるわあ……ふふ……」


「ええそうです。だからさっさと吐いてください。ちりさんの居場所を――」


「ねえ、それよりさあ……この角度からだと、見えてるよ? パンツ」


「……………………」


 こんな状況で悠長にスカートの中身を見上げるカタリナ。そのあまりに巫山戯た態度に最早怒りすらも湧いてこないのか、愛は心底軽蔑したような眼差しをカタリナに向けつつ、スカートを押さえながらゆっくりとその場にしゃがみ込んでいた。


「教える気が無いなら、今すぐトドメを刺しますが」


「わかってるってえ……ちゃんと教えてあげるからさあ。それはそれとして……うちに聞きたいこと、他にもまだあるよねえ? まずはそっちから答えてあげる」


「……どうして私を此処に連れてきたんですか」


 そもそも、あのカタリナがそう簡単に一ノ瀬ちりの居場所を吐くとは思っていない。ならばせめて会話を適当に繋げ、あわよくば情報を引き出そうと愛は判断して――此処に来てからずっと抱いていた、もう一つの疑問をカタリナにぶつけてみることにした。


「貴女の目的は何なんですか」


 カタリナが愛のことをわざわざ、再びこの人造階層に拐ってきた意味を、愛は測りかねていた。そもそも先へ進むことを妨害したいなら、九十九も一緒に拐ってくればよかったのだ。

 あるいは一ノ瀬ちりのように、何らかの目的に利用する為の『材料』として拐ったのだとしても――愛は『净罪』をしていない。それが可能な適合者ですらない。

 それにフィデスも言っていた、『黄昏愛には微塵も興味が無い』と。恐らく愛に『材料』としての利用価値は無いのだ。


 ならば他に別の目的があったと考えるほうが自然だろう――常識の範疇で測るのならば。


「はあ……やっぱり本気だと思われてなかったんやねえ。それは最初に言ったでしょお?」


 しかしである。こと不自然をその身に体現したような、怪異以上の怪異。シスター・カタリナという怪物が、まさかただの常識で測れるはずもない。その事を愛は理解しているつもりだったが、完全には理解し切れていなかった。


「…………?」


 愛の記憶力なら当然覚えている。戦闘が始まった直後、カタリナは確かに『戦うつもりは無い。ただお喋りがしたいだけ』と言っていた。それを思い出した上で、愛の頭上に疑問符が浮かぶ。当然すぐには意味が解らなかったが、少し思い直して――ふと至る。もしそれが、本当に言葉通りの意味なのだとしたら。


「まさか……本当に? 私と、話がしたかっただけ……?」


 思わず困惑の表情を浮かべる愛。そんな彼女に対し、カタリナは悪戯がバレた子供のような無邪気さで、くつくつと嗤ってみせるのだった。


「だって、うちの趣味ゆめは……好みの女に最期を看取ってもらうことやからねえ?」


 もはや返す言葉も無い。まるで悪びれる様子もなく、今際の際にそんなことを嘯く彼女の精神性を、愛には理解が及ばなかった。


「だってほら――もうすぐ地獄は終わるんやし。最期に会いたかったのよ、愛ちゃんに」


 しかしそれでも、彼女の言葉の全てをいい加減だと切り捨てることも出来ない。それは近頃になって頻出するようになった、明確なキーワード。まるでそれが決定事項であるかのように、カタリナを始めとするこの件の関係者が口々に語る――地獄の終わり。


「……何なんですか? 地獄の終わりって」


 などと、訊いてみたところで。どうせ求める回答なんか返ってこない――


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――そんな愛の諦観とは裏腹に、カタリナは呆気もなく答えてみせた。


「愛ちゃんは『人間原理』って知ってる? 観測する人間が居るからこそ、世界は存在していられる――そんな人間本位の図々しい考え方があるんやけどね。それに倣うなら――人類が滅べばそれは世界の滅びと同義ってことになるでしょ? うちらが目指してるのはそれ」


 死に体だろうと関係なく、彼女の軽い口はよく回る。それがどれほど真に迫る内容だろうと、彼女はまるで冗談のように口遊む。


「……そんなこと、どうやって」


「そりゃあ勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()。この地獄から怪異を消してくださ~いって」


「……………………」


 丸っ切り信じた訳では無い。そもそも彼女の言葉をそのまま鵜呑みにするなど出来るはずも無い。ただ混乱する愛の様子を見て面白がっているだけなのかもしれない。そもそも地獄を終わらせて、全ての怪異を消して、彼女らに何のメリットがあるというのか。どう考えても、何の意味も無い。


 だがそれは、最悪の可能性として考えた場合――あまりにも真に迫りすぎていた。だって、あの『拷问教會イルミナティ』が。あの開闢王が。あのフィデスが。あのカタリナが。例えば世界の滅亡を願っていたとしても――確かに違和感は少ない。

 なまじ人間の姿をしているので忘れそうになる前提だが――奴等は真っ当な人間ではない。どいつもこいつも、一万年以上をこの地獄で在り続けた狂気の怪物共である。

 ならば――あり得る。動機は解らないが少なくとも、彼女等とここまで因縁をつけてきた黄昏愛にとっては、実感として――それが丸っ切り冗談だとは思えなかった。


「…………九十九さんと、ちりさんは」


 何度も何度も、沈黙の間に咀嚼を繰り返して。


「あのふたりは、どうなるんですか。もし、そうなったら……」


 そうして再び、重い口を開いた愛が真っ先に挙げたのは――やはり、二人の少女の名であった。


「消えるよお? 例外は無い」


 どこか縋るようだった愛に対し、カタリナはにやりともしないまま、あけすけに言葉を返す。突き放すようなその口振りに、そこから連想される絶望的な未来に、愛は心をざわつかせるが――


「まあ、それを止めたいなら……愛ちゃんに出来ることも、無くはないけどね」


 ここですかさず、ほどよく救いを与えるそのやり方こそが、カタリナの生業なりわい。その真骨頂。徹頭徹尾疑うべき彼女の発言に乗せられている自覚がありつつも、今の愛には彼女の話に耳を傾ける以外の選択肢は無かった。


「単純な話よ。愛ちゃんが、うちらより先に無間地獄に行って――願いを叶える『()』を手に入れちゃえばいいの」


 そんな愛の期待に答えるように――カタリナは、悪魔のように囁き始める。


「実は無間地獄のアレね、()()()なの。しかも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ。だから愛ちゃんはその『()』を誰よりも先に手に入れて、奪いに来る他の奴等から死守すればいい。ね? 単純でしょ?」


 何故そんな事を知っているのか、本当にそれは真実なのか――そう聞き返すことすら無粋だと思わせてくるように。カタリナはさも当たり前、簡単なことのように、それを言ってのけた。


「今頃はうちの仲間が、第七階層にそろそろ向かい始めてる頃かなあ? 早く追いかけないと、間に合わへんよ? この椅子取りゲームに……――げほッ」


 言葉の最中、カタリナの口腔から一際大きく血が噴き出す。撥ねた血飛沫が、傍でしゃがみ込んでいた愛の頬を僅かに濡らした。


「ああ……そろそろやねえ。思ってたカンジと、ちょっと違う展開になっちゃったけど……でもまあ、これはこれで……ふふ。話せて楽しかったよお」


 まさに今際の際という様相を呈し始めたカタリナは、そうして微笑を浮かべると――直後、遥か遠くから甲高く、汽笛が鳴り響いてくる。

 咄嗟に愛が音のした後方へ視線をやると――遥か遠く、微かな照明に照らされて、見覚えのある駅看板が見えた。

 それは愛が最初に此処へ訪れた時、いの一番に直面した異変――『きさらぎ駅』のそれである。そしてその無人駅を囲った柵の向こう、レールの上で、猿夢列車が鎮座していた。


「最期に……これくらいはサービスしといてあげる。それじゃあ……がんばってねえ、愛ちゃん」


 最期の最期に、カタリナは異能を使って、それを呼んだのだ。恐らくこれに乗って、先へ進めということなのだろう――


「……………………意味が解らない」


 その意図を汲み取った黄昏愛は、汲み取った上で――思わず、訝しげに声を震わせていた。


 仮に、カタリナの語った目的が全て真実だとして――それを愛に教えた上で何故、愛をみすみす先へ進ませるのか。それはカタリナ達にとってメリットが無いどころかデメリットしかない行為である。


 地獄の終わりを既定路線として語っている以上、自信はあるのだろう。ともすればカタリナは、愛の存在を敵だとすら見做していないのかもしれない。しかしだからと言って、ここまであけすけにする意味は無い。不可解だ。不自然な程に。


 思えばシスター・カタリナという存在は最初からずっとそうだった。ずっと不自然で、ずっと不気味で、ずっと不愉快で、ずっと不条理で――ずっと、どこか壊れているような。


「お前は本当に、何を考えて…………――――」


 堪らず愛が視線を下げたその先で、カタリナは既に事切れていた。その黒い沼のような瞳孔は魂が抜けたように散大し、生きている者の気配を感じない。煩わしかったカタリナの軽薄な語り口は、悍ましい程の静寂と引き換えに、今まさに失われたのだ。


「……くそ。結局、はぐらかされた……ちりさんの居場所……」


 訊いてもいないことまでべらべら喋った挙げ句、勝手に死にやがって――そう言わんばかりに顔を顰めながら、愛は立ち上がる。そのままカタリナの死体から離れ、遠くの猿夢列車に向かって歩き始めた。


 結局、ちりの居場所は解らなかった。こうなってしまった以上、無間地獄へ行く他無いのだろう。むしろ行かなければならない理由がまた一つ増えたと言ってもいい。

 このままでは、全ての怪異がこの地獄から消される――そうなれば当然、九十九も、ちりも、消えてしまう。大切な人達を、失ってしまう。


「……私は、まだ。九十九さんと、ちりさんと……三人で一緒に、この世界を生きていたい……」


 焦る気持ちが、歩みを加速させる。野を駆ける愛の眼差しは力強く――それでいて、不安に揺れていた。


 斯くして、既に第七階層へ向かっている芥川九十九の後ろを追いかける形で。黄昏愛を乗せた列車もまた、遅れ馳せながら出発したのである――


 ◆


「あれえ? まだ済ませてなかったん?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「愛ちゃんも九十九ちゃんも、第七階層に向かい始めたよお? うちらもそろそろ始めておかないと、先を越されちゃうんじゃない?」


 ()()()()()()()を身に纏う、()()()()()()()()のその女は――()()()()()()()()()()()

 厚底ブーツがコンクリートを踏み鳴らし、無機質な音を奏でながら、その暗く狭い部屋を練り歩いている。


「……心配要らねェヨ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。キサマも解っているだロ」


 その部屋の中央には、地上から伸びる台座があった。それの傍に佇んで、話しかけてきたカタリナに対し気怠げな声色で返すのは――拷问教會イルミナティ第二席、シスター・フィデス。

 漆黒の修道服を身に付ける銀髪灼眼の彼女は、四方の壁に掛けられた松明の僅かな明かりに照らされて、部屋の中央に鎮座する台座に背を預けている。


「あは、そういえばそうだった♪ え~っと……あ、マヨイちゃん! やっほ~。そんなとこおったの? 隅っこ好きやねえ?」


「……………………」


 フィデスの傍でうろちょろと周りを見渡していたカタリナが、その部屋の隅に独りで蹲っている如月真宵の姿を見つけた。

 黒いローブを纏った真宵は、手を振ってくるカタリナのことは無視して、黙ったままその視線を地面に落としている。


「ん~……まだ来てないヒトも居るみたいやけど?」


「……アイツは遅れて来ル。最期にあのガキと話をしておきたいんだとサ。まァ……急ぐ必要もなイ。キサマの異能があれば移動に時間は掛からないしナ」


 そして、フィデスが背を凭れ掛けている台座の裏側――其処には長椅子に縄で縛り付けられている、一人の少女の姿があった。


「だからまダ……こうしてゆっくリ……話をする時間はある訳ダ。なァ……赤いクレヨン」


 少女の名は、一ノ瀬ちり。そして此処は、あの忌まわしき『净罪』の地下室。彼女は再び、この場所に戻ってきた。戻ってきてしまったのだ。


 少女の赤い瞳は、これから先に待ち受ける自身の運命を、どこか悟ったような静けさを伴っていて――


「言っただロ? 此処が物語キサマの終着点だってナ」

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