焦熱地獄 16
可能性はあった。カタリナの異能は現世から物を持ってこれる。だから最悪、そういうこともあり得るだろうと愛は覚悟していた。
「……マジか」
覚悟していた、つもりだったのだが――それでもやはり、実際にそれを目の当たりにした愛は、咄嗟に驚嘆の声を上げてしまっていた。『マジか』などという彼女らしからぬ物言いは、一ノ瀬ちりの言葉遣いに少なからず影響されてのこと。冷静さに欠けた証左でもある。
彼女がそうなるのも仕方なかった。だって短機関銃である。当然それが何なのか愛は勿論のこと、多くの人類が知っていることだろう。
しかしそれは地獄ではおろか、住む地域によっては現世でさえ生涯お目に掛かる事は無い代物――人殺しの為に作られた兵器である。
斯様な代物を二丁、カタリナは背後の空間から転送してきた。背中に生えた両腕でそれを掴み取り、カタリナはその銃口を愛へと一瞬向けたが、その直後に正面と後方、自身に接近してくる蟲の大群へとそれぞれ移す。
「行っくよお~!」
そして、一斉掃射。大量の火薬が弾けるけたたましい轟音が響き渡る。雨霰の如く降り注ぐ機関銃の弾幕が、蟲の群れを瞬く間に殲滅していった。
カタリナが攻めに転じたその瞬間、愛もまた動き出す。両腕の肉片から蟲の量産を続けつつ、愛は自身の背後、背中の肉と骨を使って、新たに使役する生命を造り始めていた。
「こそこそ何してるのかなあ?」
それに気付いたカタリナ、不敵に微笑んで――おもむろに銃口を虚空へと移す。カタリナは虚空に向かってそのまま引き金を絞り、機関銃を誰も居ない上空に向かって撃ち放った。
そうして放たれた弾幕は、虚空の中へ吸い込まれるように消え失せ――次の瞬間、黄昏愛の上空から、まさに雨の如く降り注いだのである。
転送の異能を防御ではなく攻撃に回すということは、こういうことだった。攻撃を転送させ、相手の死角を突く。それこそが真骨頂。空の真上という死角を突く形で転送されてきた銃弾の雨は、黄昏愛の頭上に降り注ぎ、彼女の全身を蜂の巣にする。
あらゆる生物に変身出来る愛でも、放たれた銃弾ほどの火力を無傷で防ぎ切ることは流石に適わない。咄嗟に展開したウロコフネタマガイの鉄鎧は容易く貫かれ、強化したシロサイの堅牢な皮膚でさえ深い傷を残す。生身で銃弾を受けて多少の火傷で済む規格外は芥川九十九くらいなものである。
しかし愛には九十九ほどの防御力は無いものの、それを補って余りある再生力がある。銃弾を防ぐ必要すら無い。
「そこか……!」
黄昏愛という怪物の生存能力は、現世の殺人兵器を以てしても殺し切る事は出来なかった。彼女は全身を蜂の巣にされながらも平然と、鎌首をもたげている。
殺意に満ちたその視線の先は、銃弾が転送されてくる虚空を見据えていた。
そしてこの状況こそ愛の望んだ展開だった。それは転送を防御ではなく攻撃に回した時、必然的に発生し得る状況。弾丸が転送されてきたということはつまり、今まさに愛とカタリナの間で転送の穴が開かれ、繋がっているということ――
「あっ、やば」
カタリナがそれに気付いた時には遅かった。愛は銃弾をその身に受けながらも立ち上がり、右手を虚空に向かって伸ばす。その指先から放たれた触手が、虚空の中に飛び込んで――カタリナの上空に転送されたのだ。
愛の伸ばした触手はそのままカタリナが上空に向けていた短機関銃に絡み付き、その銃口を圧し折る。
咄嗟に機関銃を投げ捨てるカタリナ。すぐさま転送の穴を閉じようとするが――それよりも早く、愛が背後で生成していた生命、次なる一手は完成していた。
「人造怪異……『シャンタク鳥』……ッ!!」
それは愛にとって初めての試みだった。これまでも『ぬえ』の異能で多種多様な生命を造ってきた愛だったが――怪異としての物語、即ち『原典』を明確にイメージして人造怪異をデザインするのは、これが初。
斯くして愛の背後で産声を上げた新たな生命、人造怪異『シャンタク鳥』――馬のような頭、蝙蝠のような皮膜の翼、そして象よりも大きな身体を持つ、全身を鱗に覆われた鳥獣の怪物――それは巨大な翼を広げ一気に上空へ飛翔する。
閉じかけた転送の穴に間一髪滑り込み――『シャンタク鳥』は上空からカタリナへ肉薄した。長く捻り曲がった首を伸ばし、怪物の大顎を開いて喰らい付きにかかる。
「あはっ……! 愛ちゃんそれ、ひょっとしてクトゥルフ神話!? 良いセンスしてるねえ……!」
噴き出すように笑うカタリナ――しかしその笑みに余裕は無い。目の前まで迫ってきた大顎に、カタリナは軽口を叩きながらもその額には冷や汗を滲ませていた。
喰らい付かんと迫る怪鳥の顎はカタリナの目前、瀬戸際で見えない何かに食い止められる。『ヒサルキ』だ。その見えない腕で恐らく首を掴まれたのだろう、無理矢理に動きを止められた『シャンタク鳥』は翼をばたつかせ、夜の闇を裂くような甲高い声を上げる。
暴れる怪鳥が周囲に突風を巻き起こし、すぐ目の前に居たカタリナを吹き飛ばした。身体を浮かせたカタリナだったが日本刀を地面に突き刺し、どうにかその場で踏み留まる。
「ふふっ……」
堪えきれぬ笑みを噛み殺し、その四つ目、ドス黒い瞳が見開かれる。その直後、叫喚のような汽笛が鳴り響いて――転送されてきた猿夢列車が凄まじい速度で草原の上を滑走し、その勢いのまま『シャンタク鳥』に激突したのだった。
現れた猿夢はその一両だけではない。周囲では次々と転送の穴が開かれて、複数の猿夢列車が海を泳ぐ蛇のように、空を走っている。その内の一両がカタリナの真横に付くように停車して、カタリナはその車体の上に飛び乗った。
「やっぱり愛ちゃんは良いねえ。好きやわあ。ふふっ。うちら絶対相性良いと思うんやけどなあ。なんなら前世で恋人同士だったりとかしない? なんて、あははっ!」
後方で取っ組み合いをしている『ヒサルキ』と『シャンタク鳥』を置き去りに、カタリナを車体の上に乗せた猿夢列車は再び動き出した。それは全速前進、愛に向かって一直線。他の車両も引き連れて、一斉に。
そしてその状況が全てを物語っていた。周囲に張り巡らされていた転送の穴、既にその殆どが異能を解除され閉ざされたことを。でなければカタリナが真っ直ぐ愛に向かって来れるわけがない。
つまり今なら、こちらの攻撃が邪魔されることも無い――その確信を以て愛もまた、その背に蜻蛉の翅を生やし、カタリナに向かって突撃したのだった。
愛の異能なら蜻蛉の翅より、もっと速く移動出来る手段はある。だがそれを見越したカタリナが愛の目の前に穴を突然出現させた場合、速すぎるが故にそれを咄嗟に避け切ることは難しい。
だからこその蜻蛉の翅。特にオニヤンマのそれは生物界でもトップクラスの精密な操縦性を誇る。瞬間的な速度よりも機動力を優先した変身。その上で進行方向には常に小型の蟲を飛ばし続け、転送の警戒を怠らない。
「前ばっか気にしてたらあかんよお?」
肉薄まで、およそ10メートル。列車の上で振り落とされないよう、日本刀を足元に突き刺し踏み留まっているカタリナ。そんな彼女がまたも不敵な笑みを溢した直後――空からそれは降ってきた。
「(手榴弾……!)」
それは両者の間を割って入るよう疎らに降り注いで――炸裂する。炎に焼かれ、羽が燃え落ちる。それでも愛自身が地面に落下することは無い。その異常な再生力は零れ落ちた脳漿すら完全に復元し、意識を一瞬たりとも途切れさせることは無い――とは言え。
「面倒な……!」
爆発の衝撃そのものが無かったことになるわけではない。衝撃を食らう度に視界が歪み、再生にリソースを割かれる。そしてその間も、空中で巻き起こる爆煙の中に紛れてカタリナは接近している。
「じゃ~ん」
肉薄まで、およそ5メートル。黒煙の中から次に姿を現したカタリナは、いたずらっぽく八重歯を覗かせて――肩に担ぎ構えたそれの矛先を、愛に向けていた。
「(ロケットランチャー……!?)」
然り。ロケット弾頭を発射する肩撃ち式ランチャー兵器である。カタリナは背中から生やした怪腕でそれを肩に担いで――視界が僅かに晴れた直後、愛の姿を目視した次の瞬間には何の躊躇いもなく、その巨大な弾頭をブッ放したのである。
瞬間、愛の背筋に怖気が走る。他人からロケットランチャーを向けられた経験は勿論これが初めてだが、その結果どうなるのかなんて火を見るより明らかだろう。
愛の再生能力は異常だが無尽蔵ではない。規格外の火力を受ければ精神的な消耗は激しくなるし、そもそも再生速度が追いつかなくなる場合もある。
壁となるはずの蟲達は今、手榴弾の爆発に巻き込まれて役割を果たせない。がら空きになった直線上、放たれた弾頭が愛との距離を一気に詰めてくる――
「させるか……!」
ならばと、愛はすぐさま迎撃の体勢に入った。今まさに向かってきている弾頭へ目掛けて――掲げた愛の右手から、海月の刺胞が放たれる。
生物界においては最速を誇るその発射速度を異能で何倍にも強化し、本物の銃弾にも匹敵する速度で放たれた触針が、弾頭を迎撃せんと迫る――
「それはこっちの台詞♪」
しかし触針に撃墜されるよりも早く、弾頭はその手前の虚空に呑み込まれ忽然と姿を消した。そして次の瞬間、それは愛の後方に転送されていたのである。
「あっはははははははははははは! ぶっ潰れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
前と後ろ、列車と弾頭に挟まれた愛。まるでアトラクションを堪能しているような満面の笑みで、カタリナは一足先に列車から飛び降りた。そうして――両者の距離がゼロになる。
カタリナの言葉通り、愛は前後を爆発物に挟まれて、押し潰されて、直後に起こる大爆発。ランチャーの爆発に引火して、そこに突っ込んだ無人の列車もまた連鎖的に爆発炎上を引き起こす。立ち上る炎の柱、吹き荒ぶ爆風の嵐、その衝撃で周辺の草原は一面が焼け野原になっていた。
燃え盛る大地の上を転がるカタリナ。爆風に巻き込まれ、その皮膚は所々が火傷で赤黒く変色していた。身に纏う洋服も土塗れになっている。
「けほっ……ふう。流石に死んだかなあ……?」
入道雲のように天高く立ち上る炎と煙。遠く吹き飛ばされた先でカタリナは膝をつき、その光景を眺めていた。煙に咳き込んで上手く呼吸が出来ないのか、痛覚が無くとも些か苦しそうである。
しかし――否、やはり。そんな黒煙の中から、ゆっくりと――それは五体満足で、カタリナの前に再び姿を現したのだった。
「――……けほっ。はぁ……ほんま、愛ちゃんの異能ってチートよねえ。なんか無敵っぽくない? ずるいわあ」
黄昏愛。月夜の下、背後の火柱に照らされる彼女の姿を目の当たりにして、カタリナはほとほと疲れ果てたように溜息を吐きながら――
「ふふ……でも、ロケランレベルの火力を素直に食らうのは、流石に嫌みたいやねえ?」
――それでいて全てを見透かしたように、目を細める。
「再生が間に合ってない。それどころか、ちょっと疲れてるようにも見えるねえ。ひょっとして、愛ちゃんの異能……肉体より精神の消耗の方が大きかったりする? ほな……うちにもまだ勝ち目はあるかなあ……?」
そう――愛は確かに五体満足だったものの、よく見ればその全身は所々が黒く焼け焦げていた。再生が間に合っていない――というより、そちらに再生を割く余裕が無いと見るべきだろう。カタリナの方へ歩みを進めている今も、その小さな肩で息を切らしている。
身に纏う黒いセーラー服もボロボロに焼けていて素肌を晒し、現在進行形で修復を進めているような状態。普段は胸元に閉まっている茜色のペンダントも今は外に飛び出し、胸の前でぶら下がっていた。
「ふふ。まあでも、そのくらいの弱点はあって然るべきじゃない? うちの異能の制約よりよっぽどマシやと思うけどねえ。ほら……愛ちゃんさっき、うちの異能を使い勝手に難があるって言ったでしょお? それ、大正解」
そんな愛の状態を見て余裕は無いと悟ったのか、カタリナは途端に饒舌になっていた。事実余裕が無い愛は、彼女の軽口を黙って聞き流す他無かった。
「勿論それを差し引いても、大概チートの部類だとは思うけどねえ? 贅沢な悩みかもしれへんけど……でもさあ、流石に制約が多すぎるのよねえ。発動条件もめっちゃ厳しいし……あ、聞いてくれるう? うちの苦労」
「……聞きません」
「例えばあ、開くことの出来る『門』の大きさは半径五メートル以内っていう制限があったり。隣り合う『門』同士が接触してはならないとかさあ。そもそもこれ、夜じゃないと発動すら出来ないの。だから『永遠に朝が訪れない部屋』をマヨイちゃんに造ってもらったのよお。それがこの人造階層ってわけ」
「…………」
異議を唱える愛を無視して、ぺらぺらと口を動かし始めたカタリナ。しかもその内容が内容だけに、愛は思わず顔を顰めていた。
異能の発動条件と制約を他人に明かすメリットは基本的に皆無だ。嘘の条件を教えて相手を騙すという戦略もあるが、そもそも殺し合いの最中に敵が開示してきた情報を鵜呑みにする者がどこにいるだろう。
仮に全て真実だったとしても、あのカタリナの言葉を、今の愛が信じるはずもない。戦略的な意図がまるで見えない、本当にただ雑談がしたいだけのような――そんな異様極まる口振りは、ただただ不気味でしか無かった。
「しかも何が困るって、直感的に解らないのよねえ。発動条件も制約も、自力で見つけないといけなかったの。実際使いこなせるようになるまで何百年も掛かったし、ほんま大変やったよお」
不気味だからこそ、惹き込まれる。その一挙手一投足を、否応無しに注目してしまう。
「まあ、この難儀な性質は恐らく――『リンフォン』のパズルとしての側面を、ある種表現してるんやろうけどねえ」
「……『リンフォン』?」
だから思わず、愛は反応してしまっていた。カタリナを警戒している内に自然と彼女の話にも耳を傾けていて、その口から飛び出してきた既知のワードに対し、ついつい興味を示してしまった。
慌てて自身の口元を隠すように手をやる愛――その様子を目の当たりにしたカタリナはと言うと、途端にその表情をぱあっと明るくさせたのだった。
「そおそお! 実はうち、『リンフォン』の怪異なんよお。すごいでしょお! 別にアナグラムが好きってわけじゃないんやけどね。ふふっ。愛ちゃんはもちろん『洒落怖』って知ってるよねえ? うち、あれ好きなんよお。あの時代の匿名掲示板でしか出せない、独特な雰囲気がさあ」
再び意気揚々と語り始めたカタリナ。そのはしゃぎようは、まるで本当に、愛が自分の話題に興味を示してくれた事に対して喜んでいるようで。こんな状況でなければ、ただの喋りたがりなオタクのようにしか見えない。
「ああ、ちなみにね? 現世から物を引っ張ってこれるのも、うちがその時代で実際に見て、触れたことのある物しか対象に出来ないのよ。逆に、地獄から現世に物を送り返すことは出来ないの。不便でしょお? でもこれには、一応ちゃんとした理由があってねえ」
右手に握った日本刀を、さながら指揮棒のように機嫌良く振り回すカタリナ。そんな彼女の言い分が真実ならば、この日本刀も彼女が生前に触れたことのある代物だから転送してこれたという事になる。
「ほら、時間は不可逆だって言われてるでしょ? でもそれって、その世界の住人がその世界の時間軸に存在しているからこそ、時間の流れには逆らえないからっていう説があってねえ? でもそれは逆説的に、異世界の住人なら他の世界の時間を可逆的に観測する事が出来るって話にならない? そもそも異世界転生は、だからこそ成立するわけで――――」
「…………待て」
早口で語られるそんな彼女の饒舌が、黄昏愛のその一言で中断を余儀なくされる。
「……地獄から現世に、物を送り返すことは出来ない……?」
愛は聞き逃さなかった。嘘かもしれない。けれど、もしも真実だったなら――決して許すことの出来ない、その言葉を。
「ん? うん……――ああ、そっか! そういえば愛ちゃん、あの子たちのこと、現世に送り返そうと必死に頑張ってたよねえ!」
蒼井、鮫島、土御門、葉山。人造階層に囚われた現世の人間達。愛達は彼らを現世に送り返す事が出来なかった。既定路線であったことは否めないが、それでもその事実は愛の心にも少なからず傷を与えていたのである。
「うん、最初からそれは無理だったの。ごめんねえ?」
カタリナはあっけらかんと言い放った。何の後悔も反省も籠められていない、あまりにも軽いその言葉。愛の黒い瞳の中で、カタリナに対する憎悪と軽蔑が渦巻いていく。
愛自身、もともとは他人のことなどどうでもいいというスタンスだった。今でも優先度は正直それほど高くない。そんな彼女を変えたのが芥川九十九だった。見知らぬ他人だろうと、その死を悼むことが出来る程度には――黄昏愛は人間らしく成長を遂げたのである。
「下衆が……」
そうして彼女は、唸るように呟きながら――自身の両腕から複数の触手を生やし始めた。それらを一塊に束ね、大きな手を形作る。
「愛ちゃんが気にする必要なんか無いよお。人間、どうせいつかはどこかで死ぬんやから。見知らぬ誰かが死ぬ度に傷付いていたら、自分の身が持たないよお?」
対するカタリナ、酷薄な笑みを浮かべながら――まるで手品のように、虚空からふっと現れた大型拳銃を二丁、背中の両腕で掴み取る。
束の間の休息は終わりを告げた。傷だらけで向かい合う両者、既に臨戦態勢。周辺に鳴り響いていた『シャンタク鳥』の啼き声は、いつの間にか止んでいた。カタリナの遥か後方でその怪鳥は『ヒサルキ』の呪いによって全身を爛れさせ、草原の上に横たわっている。
「そう、だからこういう事をしても――愛ちゃんが気に病む必要は、全く無いからねえ?」
果たして、今度の開戦の合図は――彼女達の上空から降ってきたのだった。
「…………嘘でしょ」
最初は雨だと思った。咄嗟に空を見上げる愛の視界に飛び込んできたのは、空に一面と浮かび上がる無数の黒点。それらが疎らに降ってくる。しかもその点の群れは地上へ近付くごとに、見覚えのある輪郭へと変わっていく。
「人間…………!?」
気を失っている者もいれば、恐怖に叫ぶ者もいる――それは、人間の雨。
しかも容姿から察するに――その全てが現世に生きる者達だった。
「さてさて、仕切り直しやねえ。ふふ……愛ちゃん、どうするのかなあ? これ」
一瞬にして作り出された地獄絵図。かけがえのない、命の雨が降り頻る中で――
悪魔のような彼女はそっと、悪辣にほくそ笑む。