表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第五章 焦熱地獄篇
146/188

焦熱地獄 14

 バルバラの回想が終わって――――現在。


「如月真宵が、羅刹王を殺そうとしている……?」


 三獄同盟の真実。暗躍する拷问教會イルミナティ。そして、如月真宵の目的。

 点と点が線で繋がっていく。自分達が何に巻き込まれたのか、何故狙われるのか、これまで直面してきた数多の困難に合点がいく。


 その上で、九十九は困惑していた。語られた真実は九十九の中で、また新たな疑問を生み出していたのである。


「俺達にとって貴様等は、願いを叶える為の材料だったという事だ。俺は芸術を成し遂げる為に、羅刹王は堕天王を殺す為に、そして如月真宵は羅刹王を殺す為に、未知の可能性を秘めた材料を常に探し求めていた」


 つまり一ノ瀬ちりが拐われたのは如月真宵が自身の願いを叶える為で、そこにバルバラや羅刹王は関与していないと言う事。

 少なくともそれだけは九十九の中で合点がいって、彼女のバルバラに対する敵意は僅かながら収まっていた。その話に耳を傾ける程度には。


「そんな中で羅刹王、彼女の願いの進捗は俺達よりも一歩先を行っていたのだ。この九千と五百年の間で堕天王を殺す方法は見つかった。必要な材料も揃っている。あとは時間の問題……早ければ一年後には羅刹王の願いは叶っていた」


 この時、もう何本目か知れない煙草を吹かしながら語るバルバラの表情は、どこか清々しさすら感じるものだった。

 遠くを見つめる灰色の三白眼に敵意や憎悪の類いは無く、ただ事実を粛々と受け止めているような静けさが佇んでいる。


「しかし……このタイミングで、まさか出し抜かれるとはな。俺に虚偽の報告をした挙げ句、材料候補を横取りし、あまつさえシスター・カタリナの生存すら隠蔽していたとは」


 殆ど吸殻となったそれを地面に放り捨てながら、バルバラは口角を吊り上げる。


「如月真宵はこのまま羅刹王を殺すつもりでいるのだろう。それがどんな方法なのか皆目見当もつかんが……ともあれ、よくぞ今日まで隠し通してきたものだ。甘く見ていたつもりは無かったが……ククッ、流石は俺の愛した芸術だ。鮮やかと言う他あるまい」


 挑発的な微笑を浮かべる彼女は、やはり心底愉快そうであった。出し抜かれたと言っておきながら、その口振りは如月真宵を称賛するようで――


「……悔しくないのか?」


 九十九の口からは、そんな素朴な疑問が飛び出していた。


「つまり、先を越されたってことだろ。このままじゃ、お前の願いは叶わなくなる。それでいいのか?」


「莫迦な事を。永年連れ添ってきた同胞が、その悲願を達成しようというのだ。嬉しいに決まっているだろうが。そもそも、俺達の願いを叶える競争は早いもの勝ち――それがどんな結末になろうと、受け入れる。そう取り決めていたからな」


 当たり前のようにそう答えてみせるバルバラの表情は、やはりどこか嬉しそうで――その言葉と仲間に対する想いに嘘偽りが無い事は、もはや一目瞭然だった。


 自分の願いよりも仲間の願いを優先しようというその気持ちは、九十九にもよく解る。ここまで積み重ねてきた想いもあるのだろう。


「……いや、でも、困るよ」


 しかし。九十九にもまた、譲れない想いがある。

 嬉々とするバルバラとは対照的、九十九はその表情を苦々しく歪ませるのだった。


「そんなことに、私の大切な仲間達を巻き込まないでほしい。今だって、酷い目に遭わされているかもしれないんだ……私にはそれが許せない」


「ほう。俺達の積み重ねてきた一万年分の想いを、願いを、そんなこと呼ばわりとはな」


「……悪いけど、私達にとっては迷惑以上の何物でもないよ」


 九十九達からしてみれば、とんだ傍迷惑な話である。しかも巻き込まれてしまった以上、全くの無関係を装うわけにもいかなくなった。


「それに、このまま如月真宵を野放しにしておいたら……地獄が終わる。それはとても困るんだ。この世界で私と愛とちりは、三人でこれからも一緒に生きていくんだから」


 ただ仲間を救い出せればそれで解決という単純な話ではない。九十九達はいつの間にか、この地獄の命運を握らされてしまったのだ。


 このままでは愛する者達と共に生きるこの世界が、地獄が終わる――そんな九十九の主張に、バルバラはまるで要領を得ていない様子でポカンと口を開けていた。


「地獄が終わる? 何の話だ。随分と抽象的な言い回しだが……否、そうか。成る程確かに一理ある。我が愛、芸術の化身たる羅刹王が死ねば、それは世界の終わりに他ならない。つまりはそういう事だな」


「そういう事じゃないと思うけど……いや、私もロアからそう聞いただけで、よく解っていないんだけどさ。でも……あのロアがだよ? このままだと地獄が終わるから、如月真宵を倒して、この世界を救ってほしいって……私達にそう頼んできたんだ。おかしいと思わないか?」


「ふむ……それは確かに妙じゃなァ~」


 それまで口を閉ざしていたロマンちゃんがここにきてふと声を上げる。その神妙な面持ちは、九十九が言わんとしている事をすっかり理解しているようだった。


「それはつまり、如月真宵が願いを叶えて――羅刹王が死んだら、この地獄は終わる……と。そういう事になるの~ォ? しかし、そこに何の因果関係があるというのか……」


「解らない……けど、私のやることは決まった」


 九十九は凭れていた椅子から腰を持ち上げる。


「如月真宵を倒す。私の仲間を傷付けた報いは必ず受けさせる。奴が叶えようとしている願いも、止めるつもりだ」


 そうして彼女は力強い眼差しで、目の前のバルバラを睨み付けるのだった。


「私はこれから第七階層に向かう。目的が羅刹王なら、奴も第七階層に向かうはず。そこで迎え撃つ。バルバラ……お前が私の邪魔をしようって言うんなら、悪いが此処で――」


「良いじゃないか。俺も手伝ってやろう」


「……えっ?」


 バルバラと如月真宵。ふたりは真逆の願いを志す者同士だが、それでも一万年近くを共に過ごしてきた同胞である。

 ならば当然、バルバラは真宵を擁護するものだろうと九十九は覚悟していた――のだが、しかし。


「ククッ……奴も運が無いな。いよいよというこのタイミングで、よりにもよってこの俺に計画を知られてしまうとは。詰めが甘い。知ってしまった以上見過ごす事は出来ん。当然邪魔しに行くぞ。如月真宵を倒すのは、この俺だ」


 存外呆気もなく――それどころか嬉々として、真宵の願いを妨害するつもり満々な様子のバルバラ。予想外の反応に、九十九は面食らったようにその場で暫し硬直していた。


「……如月真宵の願いを、応援してるんじゃないのか……?」


「だからこそだ。願いの成就に試練は付き物、困難に抗ってこその芸術。それに奴はまだ願いを叶えていない、競争はまだ終わっていない。結末に文句は付けんが、そこに至るまでの過程ではルール無用だ。事実、奴は虚偽の報告をして俺を欺いてきた。むしろどうやり返したものかと、今から楽しみで仕方ないよ」


「そ……そういう、ものなのか……?」


「そういうものだ。俺達はな」


 バルバラと如月真宵と羅刹王、三人の関係性は永い時の中で成熟し切っていて、もはや他人の理解が及ぶ領域からは逸脱している。戸惑う九十九に対して、バルバラは不気味な微笑を浮かべるのだった。


「……それに、だ」


 そんなバルバラの表情に僅かな翳りが垣間見える。

 不意に溢した声色は更に重く、浮かべていた微笑は消え失せ、眉間に皺が集まっていく。


「その願いの叶え方が、もしも()()()()()()()だったなら……それを止めてやるのも、同胞である俺の務めだ」


 一転して不機嫌そうに顰め面を作るバルバラ。その真意に察しの良いロマンちゃんはいち早く勘付いた様子で、彼女もまた気難しそうに腕を組み唸り声を上げていた。


「おぬしが気を揉んでおるのは、カタリナとかいう輩の存在じゃな?」


「俺の知っているカタリナは、転送の異能を持つ怪異ではない。奴の異能は触手が如き髪を操る能力だ。そもそも奴は酩帝街にて『禁后パンドラ』の怪異と成り果て、今は自由に行動出来ないはず……」


 九十九の話とバルバラの話で大きく食い違う点は、正しくそれだった。

 净罪によって傷付けた箇所は、怪異の自然治癒が働かなくなる。とは言え不死性そのものを失うわけではない。髪だけの存在になっても痛みと共に意識は遺る――だが失った肉体が再生することは無い。

 髪以外の肉体を全て净罪したというカタリナを、酩帝街の外で見かけることは本来ありえないはずなのである。


「じゃあ、私があの場所で出会ったカタリナは……何だったんだ?」


 九十九が出会ったカタリナは五体満足だった。バルバラの思い出の中の姿とは全く異なる。それが言い様のない違和感として、バルバラの表情に影を落としていた。


「むあ~……敵を騙すにはまず味方からと言うしのォ。例えば……拷问教會イルミナティは万が一に備えた切り札として、カタリナの本当の能力を隠しておきたかった。髪を操る能力は異能に見せかけたブラフで、『禁后パンドラ』は人造怪異……カタリナの分身デコイと考えるのが自然かのォ?」


「いずれにせよ、あの時から既にカタリナと如月真宵は協力関係にあった……それは良い。問題は……如月真宵がカタリナを利用しているのではなく、カタリナが如月真宵を利用しているのだとしたら……それは俺の望むべくもない状況だ」


 そう語るバルバラの鋭い目付きは、怒りよりも不安のほうが色濃く宿っているようだった。


「カタリナという名の猿の手を、我が同胞は本当に使いこなせているのか……騙されてはいないか……俺にはそれだけが気掛かりなのだ」


 とどのつまり、バルバラは真宵を心配していたのだ。人智を逸脱した思考を介するバルバラの口から共感に値する言葉が飛び出してきた事に、九十九は内心驚いていた。


「それに、解せぬのはカタリナだけではない。不気味なのは拷问教會イルミナティの目的だ。そもそも奴等は何故、如月真宵に協力している? 羅刹王が死んで、奴等に何の得がある?」


「お前も拷问教會イルミナティの一員だろ……なんで何も知らないんだよ」


「興味が無かったからな」


 どこまでも明け透けなバルバラに対し、じとりとした視線を向ける九十九。その隣で座っているロマンちゃんは困ったように苦笑いを浮かべていた。


「とにかく。貴様が第七階層へ赴き、如月真宵を倒そうと言うのなら。この俺が手伝ってやろう。有り難く思え」


「いや別にいいよ……一人で……」


「ククッ、遠慮は無用だ。それに考えてもみろ。第七階層に足を踏み入れるということは即ち、羅刹王と相対するという事に他ならない」


 バルバラはおもむろに歩き始め、駅のホームの外側、レールの上に鎮座する猿夢列車の汚れた車体にそっと触れる。


「羅刹王は俺のように優しくはないぞ。無断で立ち入った侵入者には問答無用で攻撃するだろう。だが同胞である俺が付いていれば、無駄な衝突は避けられるはずだ。違うか?」


「えぇ……うーん……そうかな……そうかも……」


「決まりだな。もはや一刻を争うと言っても過言ではあるまい。今すぐ此処を発つぞ」


 意外にも真っ当な意見を述べてくるバルバラに対し、九十九は尚も渋い顔をしていた。

 確かにバルバラの言い分にも一理あるが、それはつまり、この先バルバラと行動を共にすることになるわけで。九十九にとってそれは想像するだけで苦い表情が浮かぶほど、心底気の進まない状況だった。


「そう言うことなら、わしは此処に残ろう」


 そんな九十九へ追い討ちを掛けるように、ロマンちゃんが手を挙げる。


「入れ違いになってはいかんしなァ。万が一おぬしの仲間が此処に帰ってくるような事があれば、わしから此度の件を説明しておこう。じゃからおぬしらは気にせず先に進むと良い」


「そ、そっか……ありがとう、ロマンちゃん」


 それ自体は有難い申し出なのだが、バルバラと二人きりの状況が確定したと言うことでもあり。感謝を述べながらも複雑な表情を浮かべる九十九なのであった。


 兎にも角にも、やるべき事は解った。そして存外、時間的猶予が無い事も。

 となれば、悠長にしている暇はない。一刻も早く進まなければ、次の階層に――


「わしはのォ、絵が描ければそれで良い。厄介ごとは御免じゃ」


 そうしていよいよ覚悟を決めた九十九の意思に反応したのか、それまで暗かった猿夢列車の車内が、不意に点いた電灯によって眩しいほどに照らされる。

 猿夢列車に時刻表は無い、待っていれば気儘にやってくる――それは目の前に鎮座するこの猿夢列車も同様の性質だったようで。

 傷んだ車体の節々から蒸気を噴き出しながら猿夢列車の乗車口は、そうしてゆっくりと開かれた。


「芸術とは余裕の産物じゃからな。おちおち絵も描けぬような時世では、わしの筆も鈍るというもの。この世は退屈なくらいがちょうどよい」


 蒸気の吹き荒れるそんな最中、ロマンちゃんはぽつりぽつりと言葉を溢す。


「おぬしにはすまぬが、この世界のこと……ついでにそこな小童のことも、宜しく頼んだぞ」


 ロマンちゃんの言葉を背中に受けながら、九十九は動き出した猿夢列車の中へとその足を踏み込ませた。九十九より一足先に乗り込んでいたバルバラは、車掌室の手前で陣取るように仁王立ちしている。


 二人を乗せた列車は、叫喚のような汽笛を周囲に響かせた。がたがたと揺れながら扉が閉ざされていく。


「さあいざ往かん、第七階層ッ!! クハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 ロマンちゃんに見送られながら、猿夢列車は発車した。バルバラの高笑いを掻き消すほどの駆動音を轟かせ、レールの上を真っ直ぐに進み始める。


「ちり……愛……待ってて……!」


 向かうは地獄の第七階層、焦熱地獄の最奥、修羅の国。かつては遠かった其処も、いよいよ手が掛かる所までやってきた。


 きっと其処も同じ地獄なれば、等しく赤い空が広がっているだろう――――


 ◆


「やったあ! 一本釣り、大成功やねえ♪」


 ――――ならば此処は、一体どこだと言うのか。


 黒い空の上に浮かび上がった、白い月。絨毯のように敷き詰められた、草原の大地。

 風に乗って緑の木葉が舞い、遠くの山から野鳥の囀りや鈴虫の音色が聞こえてくる。


 その場所に黄昏愛は見覚えがあった。少なくとも地獄ではない。此処は階層の狭間に存在する人造階層。現世の風景を模した異空間。如月真宵の造った『部屋』である。


 時を少し遡り――焦熱地獄にて扉を潜り抜けた黄昏愛は、あの後、気付いたらこの場所に居た。この場所に、再び戻ってきてしまったのだ。

 何故こんな事態になってしまったのか――その元凶は考えるまでもなく、彼女のすぐ目の前に在った。


「やっほお、愛ちゃん。ひさしぶり~……ってほどでもないかあ」


 狐のように細く引き絞った両目、左耳の軟骨を貫く逆さ十字のインダストリアル、独特なその口調――そして、すらりと伸びた白い手足。

 上はノースリーブの黒いハイネックニットの上からギャングコートを羽織り、下はジーンズを履いていて。髪型は蛍光色のグリーンメッシュを内側に差した、黒髪のボブカット。


 かつて此処で見せた姿とは明らかに異なる風体で、その女は――


「どお? この髪型。似合う? イメチェ~ン。うふふ。知り合いに美容師がいると便利よねえ。お風呂にも入ったしい、お化粧も直したしい、きれいなお洋服にも着替えたしい。うん、完璧かんぺき♪」


 ――かつてと変わらぬ、邪悪な笑みを浮かべていた。


「それじゃあ――しよっか?」


 シスター・カタリナ。その姿を視界に捉えた、次の瞬間――黄昏愛はその全身から無数の触手を生やし、カタリナへ目掛けて一斉に射出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ