■■地獄 7
ハンミョウという昆虫がいる。全長約20mmという小さな体躯に伸びた6本の長い脚は、1秒間に13歩前進する程の瞬発力を有している。その速さは時速にしておよそ80km。これを人間の規格で換算すると時速600kmを超える。100m走ならばおよそ0.5秒で完走出来てしまう。
それを『ぬえ』の異能によって再現した愛は――結果として、6本の怪脚を自らの腰に複製することになった。異形の多脚が愛の身体を宙に支え、さながら蜘蛛のような造形と化している。
その異様な姿を、しかし誰も視界に捉えることすら出来ない。愛が西の樹海へ目掛けて、全速力で駆ける。その突進を繰り出した瞬間、暴風と砂塵が吹き荒れて――
「けほっ……けほっ……」
土煙が晴れ再び愛の姿が現れた時、彼女の通った後には轢き潰された巨人の死体による道が一瞬にして出来上がっていた。まさに人間弾頭。音速による突進が、その熱が周囲の全てを焼き払う。
「……これは、駄目ですね。速いけど、速すぎて……動いている最中は殆ど何も見えないし……けほっ……はぁ……」
しかしこの技には問題があるようで、自身が巻き上げた砂塵に咽返る愛は反省するように溜息を吐いていた。
「ふう……さて……」
それもようやく一息吐いて、愛は再び前方――巨人の大群を見据える。愛が轢き殺した巨人の群れは、樹海の手前まで。樹海の中には、まだまだ巨人の群れが大勢控えている。愛の突進に怯んだ様子もなく、次々と巨人が飛び跳ねながら愛に迫ってきていた。民家を軽々と踏み潰せるだけの跳躍力と体重を兼ね備えた巨人の両足が、仲間の死体すらも踏み潰して、ひたすら前に進撃する。
しかし、やはりと言うべきか。巨人が愛を踏み潰す事は叶わない。愛の手前まで迫った巨人の群れは次の瞬間、愛の背中から生えてきたサソリの触針によって串刺しに貫かれていた。触針は4本、愛の背中を突き破って飛び出し、それぞれ意思があるように前方の巨人目掛けて放たれていた。
触針ひとつにつき3体、串刺しになった巨人が宙にぶら下がる。巨大な毒針に貫かれたことによって全身へ瞬く間にサソリ毒が回り、巨人はびくんと大きく身体を跳ね上げさせながら確実に絶命していった。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
そしてそんな風に巨人を触針で刺し殺すことすら片手間だとでも言わんばかり、愛の視線は自身の両手に注がれている。自分の両手の皮膚が溶け、肉が蠢動し、骨が変形していくのを眺めている。両手はまるでスライムのように不定形で、常に変化を絶やさない。
「……はい、決めました」
触針を振るい、刺さった巨人を四方に投げ捨てながら――そうしておもむろに、愛は両手を前方へと掲げた。
溶けて崩れていく両手の皮膚。しかしそれは大地に溢れ落ちることなく、空中に浮遊する。その肉片のひとつひとつがそれぞれ形を変え、生命へと変化する。そうして誕生したそれは――飛蝗だった。
愛の『ぬえ』は自分自身が動物に変身するだけでなく、切り離した肉体の一部を一個の動物に変身させることも可能である。更に異能の拡大解釈によって遺伝子操作をも可能にし、複数の動物の要素を混ぜ合わせた『正体不明の新種』すら作り出せてしまう。
このようにして相変異を強制的に起こした飛蝗の群れが、愛の細胞から無数に量産されていく。ベースはトノサマバッタだが、そこに肉食性を付け加え、凶暴化させた群生相――即ち蝗害を、愛は人工的に作ったのである。
「蜂の巣にしましょう」
バッタですけどね、と付け加えながら――飛蝗の群れが数億から数兆匹、愛の両手から射出され一斉に翔び立った。光すらも通さない漆黒の巨塊となった飛蝗の軍勢が前方、巨人達を樹海ごと呑み込む。
蝗害。現世においては相変異により大量発生した飛蝗の群れが一帯の作物を食い荒らし、大規模な農被害を齎す天災のことを指す。
一瞬だった。数兆に上る肉食飛蝗が通り過ぎざまに巨人の肉を食い千切っていく。一瞬で巨人は全身の肉が削がれ、食い破られ、文字通りの穴だらけ。
それに巻き込まれる形で樹海の木々も幹ごと食い尽くされて――さながらガトリングによる掃射を受けたように、瞬く間に西の樹海は巨人の群れごと更地と化したのである。
「よし……っと」
一瞬で全てを喰らい尽くした蝗害は、その役目を終えた途端に今度は自分自身の腹を食い破り、一匹残らず自害した。そのように作られた彼らは忽ちにその全てが死骸となり大地へと還っていく。それを見届けた愛は飛蝗の量産を中断し、両手を元のヒトの形に戻していた。
「……これも、試しにやってみましたけど……コスパがあまりよくないですね。この数の複製は流石にやり過ぎでした、かなり疲れる……」
愛はひとりぼやきながら、6本の怪脚を蜘蛛のように小刻みに駆動させ、そのまま後方へと振り返る。数百は居たであろう西の敵勢はこれで片付いたが、南の草原にはまだまだ巨人の群れが大勢残っている。
ぞろぞろと犇めき合う巨人の群れ、その光景をしばし眺めていた黄昏愛。
「ああ、疲れたから…………お腹が空いたなあ」
口の端から、涎を垂れ流して――直後、音を置き去りにした速度で彼女は再び駆け出していた。
南の草原、一瞬で距離を詰め、群れの先頭にいた巨人を愛はそれ以上の巨大に変貌した右腕で掴み掛かる。熊の腕力とゴリラの握力を再現し筋肉の塊となった魔腕が、巨人の頭を鷲掴みにする。瞬間、掴んだ巨人の頭は握り潰され、破裂した。
頭を失いその場に崩れ落ちる巨人の死体を、今度は蛸のような触手へと変貌を遂げた愛の左腕が巻き付き、絡め取る。
「――いただきます」
その不穏な言葉と共に、続いて愛の腹部を食い破り現れたのは大蛇であった。かつて戦った禁域の怪異を参考に――愛は自身の腸を大蛇に変化させたのである。愛の腹部から発生した大蛇は、そのまま巨大な大顎でもって巨人の死体を丸呑みにする。
「ん……おいし」
大蛇の体内で巨人の骨が細かく砕かれ、あっという間に消化が始まる。そんな異様極まる方法で腹を満たした愛は、満足気に微笑を浮かべていた。
「でも、まだ足りません。もっともっと食べたいです」
否、満足などしてはいない。『ぬえ』は異能を使えば使うほどカロリーを消費する。敵の数だけ腹が減る。
「そのためには、腕が足りません。腕を増やしましょう。脚が足りません。脚を増やしましょう。目が足りません。目を増やしましょう。口が足りません。口を増やしましょう」
既に脚はハンミョウ、背中にはサソリの触針、右腕は熊等の合成筋肉、左腕は蛸の触手、腹部はニシキヘビと、変わり果てた姿の黄昏愛。そこから更に腕が増え、脚が増え、目が増え、口が増えていく。もはや巨人以上の巨体となり、巨頭をその上から更に見下ろすことになる。
もしも巨人に意思があったのなら、感情があったのなら、すぐにその場から踵を返していたことだろう。しかし不幸にも、彼らはそれを持ち合わせていなかった。恐怖を感じないが故に、彼らの悲劇は必定であった。
「胃袋を大きくしましょう。もっと大きく、大きく、おおきク、オおki繧ッ、縺翫♀縺阪¥――」
見る見る内に、その姿は歪に変貌を遂げていく。ヒトだった頃の名残は失われ、最初に何をベースとしていたのかすら解らないほど、もはや原型を留めていない、濁り混ざったその異形は――
「繧ェ繝ャ繧オ繝槭が繝槭お繝槭Ν繧ォ繧ク繝ェ」
まさに、鵺。正体不明の怪物。その名に相応しい、地獄を煮詰めたような化生へと成っていくのであった。
◆
大地に強く、深く、右足を踏み込む。その衝撃で地盤が割れ、クレーターが出来上がる。ただの踏み込みでそこまでの衝撃を齎す芥川九十九の一歩は、黄昏愛のそれに負けず劣らず、音を置き去りにする程の速さだった。
「ッ――――」
巨人との間合いを一瞬で詰めた九十九、そのままの勢いで左腕を振るう。ただのヒトの形をした、ただの拳の一振りが、瞬間――数十の巨人を消し飛ばしていた。バズーカを放ったような凄まじい火力の一撃が、前方のみならず周囲にソニックブームを発生させる。その熱と風で巨人の群れがバターのように溶け崩れる。
そしてこれは、ただの一撃目。大技ですらない、牽制のようなもの。続いて左足を踏み込み、身体を回転させ、右腕が振るわれる。衝撃に触れてさえいない巨人が、その余波で吹き飛ばされていく。まだ終わらない。三撃目。踏み込み、殴る。四撃目。踏み込み、殴る。五撃目。踏み込み、殴る――絶え間なく続く、拳の雨。
ただその行為を繰り返すだけで、東の樹海から侵攻してきていた巨人の群れは瞬く間にその数を減らしていった。
「――――ふ、ッ」
何撃目かの攻撃を中断し、九十九は少し休憩だとでも言うようにその場に立ち止まって息を吐いた。巨人の返り血によって紅葉した樹海の木々を見渡し、残り数十まで減った敵の位置を確認する。
「…………」
確認の後、九十九は傍にあった大木へおもむろに近付いていた。そしてその幹に左手の指を突っ込み、掴んで――大木を軽々と引っこ抜いてみせる。九十九はその大木を、片手で、バットのように振り回し始めたのだった。
辛うじて拳から逃れていた巨人が、これによって一気に薙ぎ倒される。そして大木自体も九十九の腕力に耐えられず、振るわれた直後にはその幹が粉々に砕かれていた。
九十九は使い終わった大木をその辺に放り投げ、後ろを振り返る。そこには既に西の群れを片付け終えた黄昏愛が南の草原で群れと交戦していた。
否、交戦という表現は正しくないだろう。それは蹂躙だった。怪物へと成り果てた愛は、巨人を殺すどころか次々と捕食しているようだった。
このまま任せておいても駆逐してしまいそうな勢いだが、加勢しにいかない訳にもいかない。東の群れを片付けた九十九は、自身もまた南の草原へ向かおうと踵を返す――
「――――?」
――そんな九十九の頭上が、ふと影に覆われる。気付いた九十九が空を見上げると――上空から巨大な肉塊が降ってきていた。
それは巨人だった。最初に現れた時と同じように、その巨人は突如として上空に現れ、九十九を踏み潰そうと迫っていたのである。
よく見ればその巨人はこれまで対峙してきたものとは種類が異なり、その体格は倍以上あるようだった。まるで隕石のように、そんなものが上空から降ってきて――気付いた時にはあっという間に、九十九はその巨人によって踏み潰されていた。
それだけでは終わらない。巨人はその場で何度も飛び跳ね、九十九へ執拗なまでの追撃を重ねる。その巨体に何度も踏みつけられる衝撃は計り知れず、大地は震動し周囲に轟音と衝撃波を齎していた。
そんな巨人の両足が――突然、空中でぴたり留まる。20m以上はあるその巨躯が、落下することなく宙に浮いていた。
「――――…………」
そんな巨人の足元から起き上がる、芥川九十九。彼女は、無傷だった。
防御の姿勢を取っていたわけではない。抵抗すらせず攻撃を受け続けていた。にも拘わらず、九十九の皮膚には傷一つ付いていない。付いている物と言えば土の汚れと巨人の返り血くらいなものである。
そして巨人の足に絡みつき、その巨躯を持ち上げていたのは――九十九の臀部から生えた、悪魔の尻尾だった。
芥川九十九は悪魔の如き怪物への変身能力を機能の一つとして持ち合わせている。そしてその変身には段階があり、人間形態、半人半魔形態、怪物形態と変貌を遂げていく。
怪物形態までいくと変身の反動で身体が内側から傷付いてしまう為、九十九がその姿に成ることは滅多にない。
そんな九十九が戦闘時において、比較的見せる機会の多い姿と言えば――半人半魔の形態だろう。蝙蝠のような羽。蜥蜴のような尻尾。山羊のような角。白い皮膚が罅割れたように裂け、その内側から垣間見える黒い筋肉。等活地獄においては、そのあまりの強さに「幻すらも葬る」と恐れられた魔人の姿。
その名を知らぬ者はおらず、けれど神出鬼没の彼女を実際にその目で見たという者は少なく、「学生服姿の怪異は芥川九十九の可能性があるので見かけたら近寄ってはいけない」という迷信が広まるほどに浸透した、死の象徴である。
「…………」
まるで抵抗するように空中で頭を左右に激しく揺らす巨人。そんな些細な抵抗をものともせず、九十九は無言のまま尻尾でその巨体を悠々と持ち上げる。その間も九十九の皮膚はぱきぱきと音を立てながら罅割れ、悪魔の黒い肌を覗かせている。
悪魔の翅を羽ばたかせ、九十九は上空へ移動した。巨人の顔を見下ろすように、尻尾に拘束され身動きの取れないその巨体へ近付いていく。
そうしている間も彼女に表情は無く、その凪いだような赤い瞳にも感情の乱れは無い。普段の穏やかな少女の姿はこの場においてはどこにも見当たらず、そこにはただ目の前の敵に対する殺意だけを宿した冷酷な悪魔の姿だけがある。
九十九は黒く変色し切った左の拳を握り締めると、何の感慨も無くそれを振り下ろしていた。巨人の顔があった部分はその瞬間に風穴を開け、その巨体は僅かな痙攣の後に動かなくなる。
「…………」
そうして巨人の死体を尻尾に巻き付かせたまま、九十九は飛行して南の草原へと向かっていった。目的は無論、次の敵を排除する為に。淡々と機械的に、芥川九十九は着実に作業をこなしていく。
芥川九十九は何故ここまで強いのか。黄昏愛のように、何に変身したから強い、などといった根拠は無く。そもそも『ジャージー・デビル』という怪異がここまで強い道理も無い。
解っていることは、突然変異によって本物の悪魔に成った、という噂話だけ。その理由も原因も何もかもが不明のまま。
全てがブラックボックス。ただ理不尽なまでに、当たり前のように強い。それが芥川九十九という怪異である。
◆
「愛」
白い満月に照らされて、魔人と化した九十九が草原に影を落とす。群れなす巨人を見下ろして、その声は地上で戦う少女へ投げ掛けられる。
「あ、九十九さん」
その声に気が付いて空を見上げた少女、黄昏愛は、既に顔以外の全てを異形と化していた。巨人の返り血を全身に浴びながら、腹部に搭載した怪物の大顎が巨人の死骸を音を立てて噛み砕いている。その光景に九十九は驚きすらせず、返って少し呆れたように溜息を吐いていた。
「……食べ過ぎは程々にね」
「はぁい」
愛は上の口で返事をしながら、大顎で巨人の小骨を数本吐き捨てる。改めて向き直った前方、巨人の群れはまだ百匹近く残っている。
「じゃあ、そろそろ終わらせましょうか」
そう言って愛の肉体は再び蠢き始めた。それまで様々な種類の動物を雑多に繋ぎ合わせたような姿だった身体が、その全身を鉄のような皮骨に覆われていき、徐々に統一感のある形へと変化していく。
「九十九さん、私の背中を思い切りブッ叩いてください」
皮骨の上から更に皮骨が覆い被さって――そうして愛の姿は、巨大な球状の物体へと変貌を遂げたのだった。頭も腕も足も全て皮骨の中に閉じ込めた、完全な球状である。
「……え、なんで?」
その奇妙なボールの内側から聞こえてくる愛のくぐもった声には、流石の九十九も思わず首を傾げていた。
「野球ですよ野球。私が球になるので、九十九さんはソレで私を打っていただければ」
ようするに、ボールになった自分を転がしてもらって、そのままの勢いで巨人の群れを轢き潰そうということらしい。
野球というよりゴルフやボウリングに近いが、そもそも何故そんな発想に至ったのか謎だが、ツッコミ役が不在の今、異議を唱える者は誰もいない。
「うん……? まあ、いいけど……」
九十九は微妙に戸惑いつつも愛に促されるがまま、尻尾で持っている巨頭オ――兼、バットを構える。
「それっ」
そして、思い切りという注文通り――九十九はソレを全力で振りかぶった。振るうのは腕ではなく尻尾だが、それでも遜色ない膂力で、巨頭バットが凄まじい速度で風を切る。
バットに殴られた衝撃を利用して剛速球と化した黄昏愛、そのまま巨人の群れに目掛けて一直線、転がっていく。
アルマジロ。その甲羅は皮骨と呼ばれる、皮膚の中で作られた無数の板状の骨で出来ている。
今回はそれをベースとしつつ、実際は皮骨代わりにウロコフネタマガイの鉄鱗で再現して、それが幾重にも被さったことで今の愛は巨大な鉄塊に等しい存在となっている。
それが九十九の膂力で押し出され――大地を抉り取りながら、ごろごろ転がる破壊の化身。それを前に巨人の群れは為す術もなく、轢き潰されたのだった――
「――――ぷはッ」
かくして草原に赤い絨毯を敷いた黄昏愛、巨人を全て一掃するとそれを見計らったように回転を止め、変身を解除していく。鋼鉄の皮骨から顔を出し、大きく深く息を吐いていた。
その間、九十九は絶え間なく周囲を見渡し続けていたが、他に巨人やそれに類する敵性は見当たらない。ゆっくりと下降しながら、翅と尻尾を引っ込めていく。
「上手くいきましたね」
九十九の傍へ跳ねるように駆け寄る愛。その姿はすっかり人間のそれであり、あの狂気じみた怪物の名残は微塵も無い。
「水で返り血を落としましょう。服もちゃちゃっと編んじゃいますね」
言いながら愛は右手を魚のような口に変化させ、そこから水を噴出し九十九に浴びせかけていた。左手の指先からは蚕のような糸が伸びている。
「ん、ありがと」
九十九はそれを当たり前に受け入れながら、視線を集落の方へと移していた。集落の中央では愛の指示通り、葉山達が固まって身を寄せ合っている。
「……どう思う」
そんな九十九の問いかけに対し、糸を操って傷付いた衣類を修繕しながら――愛はゆっくりと口を開いた。
「巨人に意思のようなものは感じられませんでした。恐らく本体は別に居て、あれは異能によって作られた分身のようなものかと」
「……そんな物が、気配も無く突然現れた。その現象自体も、何らかの異能っぽいよね。となると――」
「敵は複数いる可能性が高い、ですね」
思考を擦り合わせるように、言葉を重ねる二人。
「巨人を作る異能と、それを瞬間移動させる異能。この二つに関連性があるとは思えない」
「ええ。私のように一つの異能を応用して複数の能力を生み出すタイプは、生み出せる能力に法則性があるはず。二つの現象にそういった繋がりがあるとは考えにくいです」
互いの言葉に頷き合い、見えない敵に思いを馳せる。その間に服は修繕を完了し、返り血も綺麗に落とされていた。
「まぁ……この二つを両立させられる異能も、もしかしたらあるのかもしれませんが……。現状、敵を単独と考えるのは危険ですね」
「そうだね……」
水で濡れた顔を拭う九十九。戦いが終わったというのに、どこかその表情は水よりも冷たい何かに覆われているようで。
その物憂げな視線が依然、集落の方へと注がれていることに愛は気が付き――彼女の心情をすぐに察するのだった。
「差し当たっては、負傷した方達を私の異能で治してあげましょう」
「……うん。ちりのこと、おねがいね」
「もちろん。さあ、行きましょうか」
そうして彼女達は足並み揃え、静けさを取り戻した草原を後にする。太鼓の音はもう、どこからも聞こえることは無かった。