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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第一章 等活地獄篇
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等活地獄 10

 地獄の中央区は現在、屑籠ダストシェルと呼ばれる組織がその地域を丸ごと占領、管理している。中央区の住人は全て屑籠ダストシェルに所属している、ある種の選民であり、その総人口はおよそ一千万人にも及ぶ。

 二千平方キロメートルからなるその区画内に人々は集い、屑籠ダストシェルの齎す秩序のもと、誰もが平和を享受していた。


 平和、と言っても十六小地獄が支配する他の地域に比べれば幾らかマシ、という程度のものである。違法建築の集合住宅では毎日のように怒鳴り声が聞こえてくる。住人同士の諍いは絶えず、同じ屑籠ダストシェルに所属している者同士であるにも拘わらず喧嘩による人死には後を絶たない。

 その実態は、屑籠ダストシェルの幹部達が他勢力の対処に手一杯で、自分達の区画内で起きている不祥事に半ば目を瞑っているような状況であった。

 区画内の警備を担当する屑籠ダストシェルの部隊は殆ど仕事をしておらず、横領や暴行は日常茶飯。所詮は暴力を以てでしか築けなかった形だけの秩序。偽りの平和。それが現在の屑籠ダストシェルの実態である。


 屑籠ダストシェルの始まりは、芥川九十九を中心とする少数のレジスタンスだった。芥川九十九の規格外の強さは瞬く間に頭角を現し、十六小地獄の全勢力を相手にその拳ひとつで薙ぎ倒し、その武勇と名声を轟かせた結果、ヒトがヒトを呼び、レジスタンスは大組織コミュニティとなっていった。

 やがて芥川九十九は『幻葬げんそうおう』の異名と共に全ての怪異達から畏れられ、そうして百年が経った頃、屑籠ダストシェルは地獄の中央を占拠出来る程の勢力となったわけである。


 全ては芥川九十九という絶対の後ろ盾があってこそ。そのおかげで屑籠ダストシェルという組織は肥えていき、増長し、暴走し、そして現在。有事を除き、幻葬王が人前に現れることは殆ど無くなっていた。


 ◆


「…………なぁ、八尋(やひろ)ぉ」


 中央区の更に中央。運動場グラウンドの周辺を取り囲む落書きだらけの壁、その中に校舎然とした建物が聳え立つ。其処は屑籠ダストシェルにとって最も重要な場所。幹部の中でも最高峰、屑籠ダストシェルの初期メンバー、七人の幹部のみが出入りを許された拠点である。


 そこの一角、教室風のその空間にたむろする人影が六つ。彼女達こそ先に述べた屑籠ダストシェルの七幹部、その内の六人が此処に一同に会していた。各々が自由なカジュアルファッションを纏った統一感の無い少女達は、円卓を囲むように教室の床で胡座をかいていた。


「マジでさぁ……ヤバいよぉ……なぁ? どうする? 八尋ぉ……」


 その中の一人、サーモンピンクが映えるベリーショートの少女が、隣で膝を抱えているパーカーフードの少女に声を掛ける。


「……何がッスか、五代ごだいさん」


 パーカーフードの少女は骨で作った麻雀牌を右手で弄ぶことをやめず、素っ気なく言葉を返す。


「ちりさんさぁ……怒ってたじゃんか……なぁ……ヤバいよ……」


 淡い朱毛のその少女は視線を落とし、不安げに声を震わせている。


「やっぱさぁ、謝ったほうがよくねぇ? なぁ……」


「……解ってますよ。でも、謝るったって……」


 空気が重い。誰もがその先の言葉を言い淀んでいるのが解る。


「……ウチらは何も間違ってないだろ」


 そんな中、ネオンイエローの髪が目立つパンク風の少女が、沈黙を破るように口を開いた。その視線は壁を背に凭れ掛かり眠っている金髪の女に向けられている。金髪の女――例の怪異殺しの悪魔の被害に遭った彼女には、右手首から先が無く、その寝顔は未だ苦痛に歪んでいた。


「ちりさんもちりさんだ。結局あのヒトは……」


 眉間に集まった皺が、絞り出したような低い声色が、彼女の心境の全てを物語っていた。仲間が怪異殺しの悪魔にやられた。その悪魔の正体が、自分達のボスかもしれない。そんな状況に不安と苛立ちを同時に覚えているのは、此処に居る誰もがそうだろう。


「九十九さんしか見えてない。ウチら脇役モブのことなんか、ほんとはどうだっていいんだ」


「おいおい、そりゃ言い過ぎじゃねえ? ちりさんは身寄りの無いウチらのことを拾ってくれて、そんで……」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あれはお人好しなんかじゃない。ただの芥川九十九の信奉者だ。異常だよ……!」


「……やめてください、六海むつみさん」


 鬱憤を吐き捨てるパンク風の少女に対して、今度はパーカーフードの少女が唸るように声を上げる。長い前髪の隙間から獣のような鋭い瞳孔が、黄色髪の少女を射抜くように向けられていた。


「ちりさんはそんなヒトじゃないッス……訂正しろ……」


「あぁ……? 事実だろうが……八尋、お前だってほんとは解ってんだろ。ちりさんにとっちゃ、芥川九十九さえ無事ならそれでいいんだ。ウチらがいくら傷付こうがどうでもいいんだよ。そうだろ、なァ……!」


「六海……やめないか。八尋も……その拳を仕舞いなさい。今すぐ」


 黒髪ポニーテールの女性が言い合う二人に割って入る。それ以上言い合いが発展することは無かったが揃って舌打ちをする両者に誰もが溜息を吐く。


「……ちりさんは悪くないッスよ」


 拳は収めたものの、しかしパーカーフードの少女は尚も口を開く。


「悪いのは全部あいつだ……今回の騒動だって……あいつが全部悪いんス……」


 あいつ。それが誰を指すのか、言葉にせずともその場に居る全員が理解していた。


 屑籠ダストシェルの王。ヒト呼んで幻葬げんそうおう。彼女のことを詳しく知る者は、ちりを除いて誰もいない。故に誰もが畏れる。それは幹部達にとっても同様で、誰もが畏れる存在でありながら……しかし。


 人間とは愚かなもので。自分が知らないもの、直接関係の無いものに対しては好き放題に言えてしまう。自分達が今こうして、当たり前を享受出来ているのも、全て――幻葬王という後ろ盾があってこそだというのに。そんなことさえも忘れて。全ての責任を、全ての悪を、王という存在に擦り付けて。今よりもっと、より善い待遇を求めて。外野から不平不満を垂れ流す。


「……なんか、ダセーなウチら」


 それが今の屑籠ダストシェルの実態。そんな彼女達を指して、十六小地獄は屑籠ダストシェルのことをこう呼ぶ――金魚の糞、あるいは、外灯に群がる蛾であると。


「こんなだから……金魚の糞とか呼ばれんだろうなー……」


 それは、諦めの言葉。自分達がいかに愚かであるか、それはきっと当人が一番理解している。けれど、今更手放せない。今の待遇を。今の地位を。

 だって、そんな自分達の願いを、幻葬王は叶えてくれるのだ。嫌な顔ひとつせず、自分達の障害を簡単に取り除いてくれる。

 だから甘えてしまう。誰もが恐れ、誰もが悪態をつきながらも、誰もが救いを求めている。そしてその救いを、『仲間』の願いを、幻葬王はこれからもきっと叶えてくれるのだ。何故なら、幻葬王は――芥川九十九は、特別なのだから。


「…………誰か来た」


 気まずい空気が流れる中――不意に青髪の少女が口を開く。ゆっくりと立ち上がる彼女の視線は教室の外へと向けられていた。


「え、マジ? なんも聞こえねえけど?」


四条しじょうちゃんは耳が良いからな……きっとちりさんだ」


 やがて皆の耳にも聞き取れるくらい、その足音は廊下から響き渡るように聞こえてきた。その音に反応して、床に胡座をかいていた少女達はのそのそと腰を持ち上げる。


「ちゃんと皆で謝るぞ」


「ウチはまだ納得してねぇけど」


「いつまで言ってんスか」


「はいはい、喧嘩は後でね」


 憂鬱そうに息を吐く少女達。しかしその中で青髪の少女、四条だけが不思議そうに首を傾げていた。


「ん、四条ちゃんどした?」


「いや……これ……この音……」


 その違和感が確信へと変わったのは、少女達のたむろする教室、そのすぐ前までその足音が近付いてきた瞬間だった。

 尤も、気付くきっかけになったのは音ではない。それは、臭い。地獄で永く棲んだ者から漂うそれとはまた少し違う、どこかズレたような――新鮮な屍肉の臭い。

 金魚の糞と呼ばれようと、伊達に幹部を名乗ってはいない。彼女たち七幹部は切込み隊長でもあり、屑籠ダストシェルの中では誰よりも死線を潜ってきた強者の集まりでもある。それ故の経験、あるいは直感。少女達は自然と腰を低くし、すっかり臨戦態勢が整っていた。


「…………誰だ?」


 教室の扉、その隙間の向こうから垣間見える人影に警戒の声を上げた――直後。薄っぺらい扉は物騒に蹴破られ、宙を舞う。


 荒々しく乗り込んできたのは、黒髪長髪、黒いセーラー服の、齢にして十七ほどの少女。ハイライトの無い黒い瞳がゆっくりと教室内を見渡している。


「……あ? なんだコイツ」


「見たところ一人のようだが……どこの勢力だ?」


 突然現れた謎の闖入者に戸惑う少女達。


「う……」


 そんな時、物音に半ば強引に覚醒を促され、壁にもたれ掛かって眠っていた金髪の女が目を覚ました。彼女の視線が黒セーラーを捉えた瞬間。


「あ……!? なッ……なんで……!?」


 その両目は大きく見開かれ、それ以上退けないにも拘わらず壁に背を押し付けていた。それは驚愕というよりも、明らかな恐怖による反応。


「……双葉ふたば? どうした?」


 そんな彼女の様子に気が付き、黒髪ポニテの女が声を掛ける。双葉と呼ばれた金髪のその女は、信じられないものを目の当たりにしたかのように依然その目を大きく見開いたまま、負傷していない方の腕を持ち上げて、黒セーラーの少女に向かって指を差す。


「こッ……こいつが、怪異殺しの悪魔だ……ッ!」


 叫ぶように紡がれた双葉の声に、他の少女達もまた愕然としたように目を見開くのだった。


「ねえ」


 怪異殺しの悪魔。そう呼ばれた黒いセーラー服の少女が、まるで無表情のまま、首を傾げる。


「『あの人』がどこにいるのか、知りませんか?」


 感情の色が見えない無機質な声が、教室内に凛と響き渡る。その問いかけに、誰も答えない。答えられない。それどころではない。怪異殺しの悪魔の正体が、芥川九十九ではない。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 芥川九十九より強い怪異は存在しない。だからこそ、悪魔の正体は芥川九十九なのだと誰もが思った。願ってすらいた。そうあってほしいと。何故ならば。怪異殺しの悪魔が芥川九十九以外に存在するのであれば、別の問題が浮かび上がるからだ。

 即ち――怪異殺しの悪魔が芥川九十九よりも強いかもしれない、という可能性。そんな怪物に目を付けられた場合、自分達は一体どうすればいいのか……誰にも分からなかった。


「……ッ! く……、……ッ、…………()()()()だッ! ちりさんの前に引っ張り出すぞッ!」


 ここでの最適解は逃げの一択。しかし彼女達はそんなことすら解らない。屑籠ダストシェルというぬるま湯に浸かって平和ボケしてきた者達には、実力差を正しく把握するという機能すら鈍ってしまっていた。

 ならばこの結果は、必然だった。


「…………はぁ。どいつもこいつも……」


 瞬間、怪異殺しの悪魔の背から八本の触手が生えてくる。ぬらぬらとした光沢纏う紅白の触手が蠢いた、と思った時には既に。


「あ……」


 放たれた触手は音にも迫る速度で。青髪の少女と朱毛の少女がその動きに反応できず、触手に首を掴まれて。その直後、教室内には首の骨を砕かれる音が鳴り響いていた。

 びくんと大きく痙攣した少女の体は無惨にも教室の床に転がり落ちる。そんな光景を目の当たりにして、彼女達はようやく自らの過ちに気が付く。生け捕りなどと生易しい指示を出したことに後悔する。


「ッ……!? く……ォおおおおおおおおッ!!」


 そしてそんな指示を出した自分を恥じるように、黒髪ポニテの女怪異、七瀬ななせは怪異殺しの悪魔に向かって駆け出していた。咆哮と共に自身の体とその周囲を絶対零度の冷気が覆っていく。

 冷気を操る『雪女』の怪異、その異能によって瞬時に生み出された氷は鎧のように七瀬を守る。更に氷で巨大化した鉄塊の如き拳が、怪異殺しの悪魔目掛けて振り下ろされる。


 しかしそれをいとも容易く防いだのは、これもまた巨大な白い腕だった。先程まで少女のそれであった悪魔の右腕は、一瞬の間に白くて大きな異形の腕へと置き換わるようにして変化していたのである。

 ホッキョクグマ。その腕は分厚い脂肪によって守られ、冷気を通さない。本来であれば触れるだけで壊死させる程の冷気を纏う『雪女』の異能でさえ、その分厚い肉の壁に阻まれていた。

 そして勿論防ぐだけではない。同じく白い異形の腕と化した左腕が、雪女に向かって振り抜かれる。その威力は氷程度で防ぎ切れるものではなく、雪女の氷の鎧は呆気もなく砕かれ、その腹部をブチ抜き、壁まで吹き飛ばしたのだった。


 その一撃で昏倒した七瀬と入れ替わる形で、双葉が悪魔に飛びかかる。リベンジだとでも言わんばかりに『人狼ライカンスロープ』の怪異がその爪を少女の姿をした悪魔の胸を切り裂く。

 切り裂いた、と思ったが、しかし。人狼の爪は少女の胸に触れた瞬間から木端微塵に砕かれていた。裂かれたセーラー服の隙間から見えるのはヒトの柔肌ではなく、黒い鉄鎧のような、鱗。


「あなたはもういいです……」


 うんざりしたように吐き捨てて、悪魔は熊の腕でそのまま人狼と化した双葉を殴り飛ばした。黒板に体を激突させ、双葉は再び気を失う。

 こうしてあっという間に、残されたのはたった二人だけになった。パーカーフードの少女、八尋。そしてパンク風の黄色髪の少女、六海。瞬く間にやられていった仲間達の姿を見て、ここまで追い詰められてようやく、逃げるという選択肢が二人の中で生まれる。


「ちっ……ちりさんに、報告を……!」


 慌てて窓に向かって走り出した八尋は、その背中に蛾のような羽を発現させた。彼女は『モスマン』の怪異で、その異能は――


「うろちょろしないでください……」


 ――いや。こんな脇役のことなんてどうでもいいか。


 そう。彼女達は脇役モブでしかない。彼女達の名前を、葛藤を、矜持を、君たちはこの先覚える必要はない。忘れてくれて構わない。特別ヒーローにも怪物ヴィランにもなれない。そんな彼女達だからこそ、屑籠ダストシェルにしか居場所がなかったのだから。


 悪魔の如き異形の踵が、文字通り蛾を叩き潰すように振り下ろされる。踵落としの衝撃で床に頭から突き刺さり、モスマンの怪異はなすすべもなく絶命する。

 その最中で怪異殺しの悪魔は尚も、その名に相応しい姿へと変貌を遂げていく。背中に八本、蛸の触手。ホッキョクグマの巨大な両腕。そして両足は、トノサマバッタのような異形の怪脚。それらが全て人間の少女の胴体から生えているという異常。


 それを前にただ一人残されたのは、何の変哲も無い一人の怪異である。勝ち目など一片もない。彼女は芥川九十九のように特別でもなければ、黄昏愛のような怪物にもなれない。ただ幕間に描かれるだけの端役、脇役に過ぎない。


「クッ……ソがあああああああああああああああああああッ!」


 解っていて、尚も彼女は最期に一矢報いようと立ち向かってみせる。あるいは奇跡を信じて。しかしそれは、やはり呆気もなく打ち捨てられるのだ。


 地獄ではありふれた光景だ。食う側がある日突然、食われる側になる。そんなことは日常茶飯事だ。これはそんな、名前すら呼ばれない者達の、幕間の一頁。誰にも語られず葬られる、敗者まぼろしの物語。


 弱肉強食。それがこの世界のルールである。

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