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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

やるせなき脱力神

やるせなき脱力神番外編 戦闘員が学問などと

作者: 伊達サクット

「レンチョー殿、どうですこの筋骨隆々の堂々たる体格は!」

「こいつ絶対強いッスよ!」

 そう言いながらツモとロンが連れてきた男・フーランケンは、痛々しいツギハギの縫い目が走った面長な顔を持つ、白目の男だった。

 ツモ以上の、レンチョー隊のバングルゼに匹敵する巨漢であり、側頭部にボルトが刺さっており、薄汚れたジャケットを羽織っている。

 武器の類は持っていなかった。

「はぁ……」

 怪訝な顔でフーランケンを見るレンチョー。

「コイツ、元々はとある黒魔術士が死体を繋ぎ合わせて作った人造人間なんすよ!」

 ツモが図に乗った様子で説明する。

「だけど脱走して行方不明になっちゃって、その後はある貴族の下男として働いていたんですが、頭が悪過ぎて指示を理解しないからクビになったんです。それを俺達が拾ってきたってわけで」

 ロンが続ける。

「指示を理解できない? ウチの組織は私設軍隊だぞ。そんな奴使えんのか」

 レンチョーが疑問を呈す。

「いや、腕っぷしは強いですぜ。そのまま悪霊やモンスターにぶつけりゃいいんでさ」

 ツモが言う。

「ウー! フー!」

 フーランケンが興奮した様子で奇声を上げる。

「ホントに()えーのかコイツ?」

 再び疑問を呈すレンチョー。

「もちろん、戦わせて確認しました。おかげで仕事が楽でしたよ」

 ロンがドヤ顔で悪霊を封じ込めた『鎮霊石(ちんれいせき)』を手の中で転がした。

「なかなか手強い悪霊だったんですけど、悪霊をちぎっては投げ、ちぎっては投げ! こーんな巨大な岩を持ち上げて、投げつけたんですよ!」

 ツモが身振り手振りで説明する。

「ウーッ!」

 奇声を上げるフーランケン。

「おい、部外者を戦わすなよ。報酬の発生とかで揉めると後々面倒臭(めんどくせ)ぇんだから」

 期待していた反応をレンチョーから得られなかった上、思わぬ方向からの指摘を受け、渋い表情をするツモとロン。

「……それじゃあ、コイツとはさよならってことで」

 ツモが言い、ロンも「うん」とうなずいた。

「いや、待て……、強いんなら使えるから取りあえず雇っておこう。ガタイはいいからな。俺からウィーナ様に言っておく」

 レンチョーがフーランケンの体を上下まじまじと見ながら言った。


 数日後――。


「報告書が書けないってどういうことだよ!」

 戦闘員の事務所の一角。

 レンチョーが怒る。

「ウー! フー!」

 奇声を上げるフーランケン。

「ウーフーじゃねえよ! 報告書だ、報告書!」

「ホウ……コク……ショ……」

 虚空を見つめつぶやくフーランケン。

「まあ、それは俺達が書きますから」

 ツモがレンチョーをなだめるように、柔らかい口調で言う。

 フーランケンはツモとロンに率いられ、またもBランクの悪霊を退治してきた。

 任務達成の折には、組織公式の専用アイテム『鎮霊石(ちんれいせき)』で捕獲した悪霊をウィーナに浄化してもらい、加えて任務の内容・結果を報告書にまとめて提出しないと完了とはならない。

 しかし、フーランケンは字が書けなかった。読むこともできない。

「代筆は駄目だ。報告書も自分で書けんようでは話にならん!」

 レンチョーが怒る。相変わらずの沸点の低さに内心辟易するツモとロン。

「ま、まあまあ、しょうがないじゃないですか。ちょっとこいつ頭がアレなもんで。別に俺達で書きゃあいいじゃないッスか」

 ロンがにやけた顔で言う。

「駄目だっつってんだろうが。戦闘員個人個人がしっかり報告書を自筆で書いて提出し、それに応じて給金が出る。それがウチの大原則だ」

 レンチョーは譲らない。この上司は倫理観や社会通念などどこ吹く風の、ある種の反社会性人格を持った、異常者とも言っていい人物であるが、妙な所でルールに律儀だった。

「じゃあ報告書はいっか」

 ツモがロンに目を流す。

「ああ、こいつを雇ってた貴族なんてハエのたかった残飯食わせてたくらいだし。金がなくてもまぁ平気か」

 ロンもツモに調子を合わせる。

「そういうことだ! 頑張れよ! お前なら何だって生きていける!」

 ツモが大きな声でフーランケンの肩をバンバン叩き彼を励ました。ハハハと笑うロン。

 彼らは表面上では気さくでフレンドリーながらも、他人事で突き放した態度を取った。

「ウー! フー!」

 抗議するでもなく奇声を上げるフーランケン。その胸中は測り難いが、ツモやロンに馬鹿にされていることには気づいていなさそうだ。

「働きのあった者に対価を払わんわけにはいかん! ヴィクトの講習に出させて読み書きを覚えさせて報告書を書かせろ!」

 レンチョーが言い放った。

「ハ、ハイ!」

 小刻みに首肯(しゅこう)し、フーランケンを連れて出ていく二人。もちろん両者とも内心では面倒極まりない思いである。

 こういうところでもレンチョーは妙に律儀なところがあった。


 講習とは――。

 読み書きや簡単な計算など、最低限の教養を持たない戦闘員に対して、報告書が書けるぐらいには学ばせるのである。

 そうでもしないと、伝令をメモできなかったり、数の計算を間違えたりして任務に支障をきたすからであった。

 また、魔法を習得するにも、基本的な魔術書を読めないようでは、理論が頭に入らず感覚だけに頼ることとなり、大分不利である。

 講習の時間は三つあった。早朝、日中、深夜。

 早朝の講師はロシーボ、日中はシュロン、深夜はヴィクト。

 なぜ早朝と深夜になるのかというと、講師を担う彼らや、生徒となる戦闘員が任務に重ならない時間帯ということで、極端に早いか遅い時間になったのだ。

 講師を務める三人には、何の手当も出なかった。

 誰も首を突っ込みたくない仕事だった。

 幹部の中から講師役を選ぶとき、レンチョーはもちろん、ジョブゼ、ハイムらも嫌がった。

 ユノが「じゃあ自分がやるです」と志願したが、ウィーナは「お前はやらないでいい」と退けた。

 ユノが意外そうな顔をしたらウィーナは「逆になぜお前がそんな意外そうな顔ができるのか理解できない」と追い打ちをかけた。

 ハチドリは特に発言をしていなかったが、ウィーナから「お前やれ」と言われたら、二つ返事で「分かりました」と言った。

 ウィーナを狂信しているシュロンも嬉々として講師を引き受けたが、その後は我儘(わがまま)を言いだし、昼間の時間帯の担当に就いた。

 後は深夜だけだったが、幹部達に沈黙が走った。静寂の中、ユノが「だから僕がやるって言ってるです……」と愚痴ったが、全員が無視した。

 再び沈黙が戻った。

 誰も聞いていないのにレンチョーが「言っとくけど俺は絶対やんねーからな!」とキレ気味で言ったが、最初から誰も彼が引き受けることに期待していなかった。

 ややあって、ヴィクトが疲れた表情で「分かったよ。俺がやる……」と言い、ウィーナは「すまない」と応じた。

 こうして三名の講師が決まった。

 早朝は当初ハチドリが担当していたが、黒板に書く文字が小さ過ぎて生徒達から不評だったので、すぐロシーボに交代された。

 一応、ロシーボやシュロンが出られない場合はニチカゲが、ヴィクトが出られない場合はウィーナ自身が代理の講師を務めることとなっていた。

 


 ツモとロンはレンチョーに言われた通り、ヴィクトが講師を務める深夜枠への参加手続きを取ってやった。

 ヴィクトの講習は、日付が変わった瞬間、零の刻限から二の刻限(注:こっちの世界でいう24:00~2:00)まで割とみっちり行われる。

 そこからヴィクトや生徒達は睡眠を取り、任務を控えるものは朝から任務に就くのである。

「ウー! フー!」

 ウィーナの屋敷の会議室で講習は行われた。フーランケンはやけに元気だった。

 横長の机に座るのは、十数名の戦闘員達。ほとんどが組織に入ったばかりの新人平従者達だったが、中には管轄従者・ミレイも混じっていた。

 ミレイは猫の耳を頭から、加えて猫の尻尾を尻から生やした、小柄な銀髪の女性戦闘員である。

 辺境の地の、とある部族の出身で、戦闘時は軽装で身軽に動き回り、両手に装着したクローで敵を血祭りに上げる実力者だ。

 ヴィクトは黒板に冥界語の文字を書き連ね(注:冥界語の授業ですが、リアルさより分かり易さということで、ここでは便宜的に日本語に置き換えさせて頂きます。ご了承下さい by伊達サクット)、生徒達に向き直る。

「今日一日で、自分の名前を書けるようにはなろう!」

 ヴィクトが言うと、戦闘員達は「はい!」と返事をする。

「ウー!」

 意味を分かっているのか分かっていないのか、フーランケンも怪しげな返事をした。

 そんなフーランケンの様子を、ミレイは鋭い猫目で睨みつける。

「あ! い! う! え! お!」

 ヴィクトがチョークで青い掌を真っ白にし、一生懸命戦闘員達に冥界語を教える。

 ヴィクトの指示通り、必死に紙に冥界語の書きとりをする戦闘員。

「あ! い! う! え! お!」

 フーランケンだけがでかい声で復唱する。講義の主旨を理解できていない。

「真似しなくてもいいよ」

 ヴィクトがそう言ってフーランケンの前に歩み寄り、優しい手つきで、机のペンを彼に持たせた。

「ほら、みんなと同じように書いてみて。ほら、ペンはこう持つ」

 ヴィクトがフーランケンの、死体のように青白い大きな手をつかみ、ペンを持つ構えを作ってやる。

「作られた命のままなんて嫌だろう」

 伝わらないとは思いつつも、そうヴィクトは言った。

 無知の幸せとは不幸の同義語である。

 周囲の言ってることを理解できるようにならないと、ツモやロンを筆頭とする周りの人物が、自身を軽んじてることに気付けない。

 もし、フーランケンが人並みの知識を身につけたら、自分の生まれ方に疑問を持つだろう。

 自身を作った魔術士を恨み、自身をこきつかって残飯を食わせてきた貴族を憎むこととなる。

 何も知らない方が幸せだろうと言う者もいるだろうが、ヴィクトはそうは思わなかった。

 結果、それによって自身の身の上が不幸であることを理解することになってしまっても、知性がそこからまた選択肢を広げてくれるのだ。

「こうする」

 ヴィクトは熱を帯びた様子で、自分のペンを握りながら身振り手振りで演技指導するが、フーランケンは「ウー」と唸って、持っているペンを粉々に握りつぶした。

「肩に力を入れ過ぎだ。字はもっとリラックスして書かないと」

 ヴィクトが言う。馬鹿にするでも、嫌な顔をするでも、逆に憐れんだり過剰に優しくすることもなく、他の戦闘員達に教えるのと同じ態度で、ただ真剣に、フーランケンと向き合っていた。

「ウー……」

 どことなく悲しそうな顔をするフーランケン。

「ほら、これ」

 隣に座る平従者・マックが、自分の懐から一本のペンを取り出し、フーランケンに渡した。

 静かにそれを受け取るフーランケン。

 ゆっくりと、紙に対してペンを引き始める。それは文字の形を成していないが、偉大な一歩であろう。

「俺だって幼い頃から盗賊団に拾われて育った。読み書きはできねぇ。お前と一緒だ。ゆっくりやってこう」

 後ろに座る平従者・デスパもウインクしながらフーランケンに語りかけた。「うん、うん」とマック。

 その様子を見て、ひとまず胸を撫で下ろすヴィクト。

 そのとき、ヴィクトは隅に座るミレイのペンの持ち方が違っていることに気付いた。

「ミレイ、持ち方違う」

「やってられない!」

 ヴィクトがミレイに指摘すると、ミレイは突如机に両手を叩きつけた。

 一瞬で室内が緊張と静寂に包まれた。

「やってられない? 何が?」

 真顔で問うヴィクト。

「なぜこんなことしなければならない! 必要ない!」

 ミレイが猫目を尖らせ、ヴィクトを睨みつける。鋭く伸びた八重歯もむき出しになった。

「読み書きぐらいできた方がいい」

「私管轄従者だ! ウィーナ様に力認められて管轄従者になった。なぜこんな入ったばかりの奴らと一緒にされる?」

「この場では戦闘能力は関係ない。それぞれの到達度に応じた内容を教えるしかない」

「分からない! 私達の仕事戦うこと。こんな勉強必要ない。こんなのと同じにされる耐えられない!」

 ミレイは鋭いナイフのように美しく光る銀色の爪が伸びた、細長い人差し指をフーランケンに向けた。

「そんな言い方ないだろ! お前どういう意味で言ってんのそれ?」

 ヴィクトが厳しめの声を上げる。

 デスパやマックを始めとした周りの平従者達は、固唾を飲んでその様子を見守ることしかできない。

「この組織戦う力全て! 強い者が上に立つ! ヴィクト殿も私に『学』がないと馬鹿にするか? 私の部族、未開とか野蛮とか言うか!?」

「馬鹿にはしてない」

 ヴィクトは正直に言う。実際、彼はそんなことは一かけらも思っていないし、言ってもいない。

「フー!」

 ミレイの怒りに触発されたのか、フーランケンも興奮した様子で、意図を察しかねる発声をした。

「フニャーッ! うるさい!」

 ミレイはヒステリックに金切り声を上げ、ペンをフーランケンに投げつけた。

「ミレイ!」

 瞬間、ヴィクトは地面を蹴り、投げつけられたペンの先回りをして、フーランケンの寸前でペンをキャッチした。

 そして、ミレイの机の前まで歩みを進め、静かにペンを置いた。

 この暴挙で、ヴィクトは彼女が内心では自身の無学や出自に相当なコンプレックスを持っていることを察した。

 ミレイは悔しさを顔に滲ませ、そのまま会議室を出ていってしまった。

 ヴィクトは構わず講習を再開した。

「あ、い、う、え、お……」

 フーランケンは、一心不乱に、紙の上にペンを走らせていた。


 授業後、ヴィクトはデスパを手招きした。

「ちょっと」

「はい?」

「あまり脛に傷のある過去を言わない方がいい。そういうの嫌う奴も結構いるから」

「ああー……。分かりましたすいません」

 デスパは唇をすぼめ、小声で謝ってみせた。



 一ヶ月後――。


 いつの間にか、フーランケンは体格に合わぬピチピチの学ランを着て、学帽を被り、更には丸い眼鏡までかけていた。

 屋敷の裏門側で顔を合わせるのはヴィクト、レンチョー、そしてフーランケンの三人だ。

「ヴィクト殿、アテクシは、本日をもって、ワルキュリア・カンパニーを退職致しました。冥界近代文学論を本格的に学ぶため、高等学院に進みたいのです。この冥界の社会推移と共に、文学界における感受性と表現様式がどう変遷していったのかを」

「えぇ~……、き、君、飲み込み早いね……」

 予想外の展開に困惑するヴィクト。一体どうしてこうなったのか。全く不明だ。

「ふざけんなヴィクト! 勉強だけさせてやっと使い物になると思った矢先に辞めさせやがって! どんだけ教えたんだ!?」

 レンチョーがヴィクトに食ってかかる。

「いいいいいやいやいやいや、教えてない! 全然!」

 ヴィクトが首をぶんぶん振って否定する。

「基礎はここで学んだので、後は独学で何とかなりました」

 フーランケンが言う。

「独学で何とかなっちゃったの!?」

 驚くヴィクト。

「アテクシは更なる上のレベルを目指すため、ここは退職します。暴力は嫌いですから。それでは」

 フーランケンはヴィクトやレンチョーに一礼し、ドスドスと巨体を揺らし、その場を去っていった。

「ほら見ろ! やはり戦士に学問必要ない!」

 上から不意に女の声が聞こえた。

 ヴィクトとレンチョーが上を向くと、太い木の枝にぶらさがるミレイがいた。枝に尻尾をぐるぐると巻きつけ、逆さまになったまま腕を組んでこちらを見下ろしている。

「確かテメーも報告書書けなかったなぁ!?」

 レンチョーが売り言葉に買い言葉で怒鳴った。

「そんなの部下に書かす! 私は私のやり方でウィーナ様のお役に立つ!」

 そう捨て台詞を残し、ミレイは尻尾を揺らして自分の身を振り子のように反動をつけさせ、街路に並ぶ他の木へ飛び移った。

 そして、そのまま素早い身のこなしで木から木へと飛び移り、その場を去っていった。

 ヴィクトは視線を下に移し、頭を掻くことしかできなかった。


<Happy End>


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