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五章『私の力だけで勝てるんだから』

 平日は学校があるため放課後からコーチの仕事をすることになっていた。

 俺は今日も浜辺に顔を出していた。

 意外だったのが七海が練習に参加していることだった。相変わらず俺の言う事は聞こうとしないが。

「よし、白波。少しこっちに来てくれ」

 模擬戦を中断させて降りてくるように耳についたインカムから白波へと直接指示を送る。

 穹戯の珍しい点は他の競技と違って選手の他にセコンドという人物が試合に参加できる部分である。

 穹戯は空中で行われスポーツだが、選手が上下左右いろいろな方向に飛び回るため、試合中に選手が対戦相手を見失ないやすい。

 そのため相手を見失わないように相手が今どこにいるかを教えたり、作戦の指示を出したりする立ち位置だ。

 だから穹戯は選手個人の力だけでなく、セコンドと選手の二人の連携が大切だとも言われている。

 正直、七海が練習に参加してくれているのはありがたかった。

 穹戯は一人では練習できない競技だ。一人でする際はフィールドフライといった基礎体力作りが主になってしまう。

「お疲れさん。だいぶ良くなってきてるが、まだ飛ぶのが不安定だな。次はもっと無駄な力を抜くことを意識して飛んでみて」

 そう言って降りてきた白波にスポーツドリンクを渡してやる。

 穹戯は意外と体力を使う競技だ。それに海の上空で行っていると自分が脱水症状になっていることに気付きにくい。そのためこまめに水分を取っておく必要がある。

「すいません。教えてもらってるのに」

 白波が申し訳なさそうに謝るが俺は首を振る。

「いや、大したもんだよ。正直、ここまですぐに飛べるようになるとは思ってなかった」

 おそらく白波は実戦で強くなっていくタイプだろう。それも恐ろしいほどの速度で。

 多少ふらつきながらもだいぶ姿勢を安定させて飛べるようになってきていた。

 それにーー

 俺はちらっと七海に視線を送る。

 さすがと言うべきだろうか。七海は姿勢も安定していてフォームも申し分ない。だが、ブイタッチの際に速度が減速しすぎてしまっているきらいがある。

「なぁーー」

 七海にも声をかけようとするが。

「それじゃあ、私は帰るから」

 こちらを見向きもせずにそれだけ言うとさっさと帰って行ってしまう。

 どうしたもんかな……。

 がりがりと頭を掻くが、気を取り直して練習を続ける。

「それじゃあ、フィールドフライ始めようか」

「はい! よろしくお願いします」



「それじゃあ、そこまで!」

「ありがとうございました」

 今日のメニューが終わると二人並んでベンチに腰掛ける。

 初めの頃に比べるとフィールドフライが終わっても息が上がらなくなってきている。

「そういえば、何で白波はここに来ようと思ったんだ?」

「? 何でって?」

「最近、ここに越して来たんだろ? 普通はこんな田舎に来ないって」

「そ、そうですね……」

 白波は迷うようなそぶりを見せたが、ゆっくりと口を開く。

「小学一年生の時におばあちゃんに会いに来たことがあって」

「へぇー。この島の人だったのか……」

「はい。ちょうどその時に大会があったみたいで、その試合で中学生の男の人が楽しそうに飛んでる見たのがきっかけで飛んでみたいと思ったんです」

「戻ってからは練習したりしなかったのか?」

「家が都会の方だったし、近くに飛べるところもなかったのでここに来るまでできませんでした」

「確かに都会は建物とかが多くて飛行が禁止されてる場所が多いからなあ」

「それで、お父さんがこっちに転勤になるってなった時に無理を言って家族全員で引っ越してきたんです」

「そっか。いい両親だな」

 彼女の背中をポンポンと叩き、ニッと笑ってみる。

 つられたように白波も笑った。

「白波はいい選手になれると思うよ。俺が保証する」

「ほんと、ですか?」

「あぁ。本当だ」

 これだけ吸収力がある選手はそうそういない。

 試合を重ねるたびにこの子は強くなっていくだろう。

「あの……夕凪さん」

「うん?」

 優しげに垂れた瞳が俺を見上げてくる。

「もし良ければ、凛って呼んでくれませんか?」

「なんでだ?」

「呼んでください」

「いや、だからなんで……」

「呼んでください」

「お、おう……」

 瞳の奥に確固たる決意のようなものを感じて思わずあとずさる。

「り、凛……」

 そう言うと、凛は満足そうに唇を綻ばせた。

「……りん、……りん、……りん、……りん」

 そうして何度も口の中で転がすように自分の名前を繰り返す。

 いや、ほんとに何なんだよ……。

 まったく、小学生という生き物はよく分からない。



「よし、今日のところは終わろうか」

 俺はぐーっと伸びをすると、学園の方へと歩いて行く。

 そんな俺を凛は不思議そうに見つめた。

「あれ? すぐに帰らないんですか?」

 俺は凛に振り返る。

「あぁ、ちょっと待ち合わせしてるんだ」

 もちろん、待ち合わせなんかしていないし、する相手もいないのだが、彼女がそこで俺のことを待っているんじゃないかという気がしただけだ。



「よう、待ったか?」

 俺の声に鷺沢女学園の門柱の影がぐにゃりと歪む。

「なんで、待ってるってわかったの?」

「まあ、勘かな?」

「なにそれ、意味わかんない。ロリコンな上にストーカーも兼ね備えてるなんてとんだ変態ね」

「二つじゃなくて、三つになってるんだよなぁ……」

 なぜだかは分からないが、こいつ相手には口が軽くなってしまう。

 小学生のわりに大人びているからだろうか……。

「それで? 俺を待ってた理由ってなんなんだ?」

「凛はどんどん上手くなってるみたいね」

「そうだな」

「あなたの入れ知恵かしら?」

「どうだろうな。で? お前が言いたかったのはそんなことなのか?」

 七海は黒髪を翼のように翻すと指をこちらに突きつける。

「私と勝負しなさい」

「勝負?」

「試合で私が勝ったら、もう私に構わないで」

「俺が勝ったら?」

「あなたをコーチとして認めてあげるし。あなたの練習にも最後まで参加する」

「日程はどうする?」

「そうね。明日の夕方でどうかしら?」

「オッケー。セコンドは?」

「あなたのコーチとしての力を図るんだからアリでいいわ」

「それで? お前のセコンドはどうするんだ?」

「お前じゃないわ……」

「うん?」

「私にはちゃんと綾瀬 七海(あやせ ななみ)って名前があるの」

「それじゃあ、綾瀬のセコンドはこっちで用意してもいいか?」

「別に誰でもいいわよ。私の力だけで勝てるんだから」

「なら、試合は明日ということで」

「分かってるわよ。逃げるんじゃないわよ」

「分かってるよ」

 試合の日程が決まると、綾瀬は用は済んだとばかりに去って行った。

 俺は苦笑しながらその後ろ姿を見送ると、手元のスマホから電話帳を起動する。

「あ、もしもし。ああ、何とかやってると思いますけど。それで、明日のセコンドをお願いしたいんですけど」


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