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四章『ロリコン』

「では、こちらとこちらの書類にサインしていただければ手続きは完了です」

 翌日。俺は再び理事長室へ訪れていた。

 無論、コーチを引き受けるためだ。

 俺が理事長室へと入ってくると鷺沢さんはパァッと花が咲きそうな笑顔を浮かべた。

「それでは、今日からコーチの件よろしくお願いしますね」

 初々しく頭を下げられる。

「この時間でしたらみなさん、浜辺の方にいらっしゃると思いますので」

「聞き忘れていたんですが、俺が受け持つ生徒ってどのくらいなんですか?」

「全員、小学生ですよ」

「は? 小学生?」

「それを夏の大会までにベスト八ぐらいに入ることができるように鍛えてあげて下さい」

「いやいやいやいや」

 俺は首を振る。

「小学生って最近飛び始めたばかりじゃないですか」

 フライングシューズの使用には年齢制限が設けられている。

 十歳以上。小学四年生の誕生日を迎えれば自由に飛ぶことが許されるのだが、初めは指導員が付いて教えることになっている。

 フライングシューズが配備されている地域では大体の生徒がこの指導員の資格を取らされることになるのだが、初心者が安定して飛べるようになるまでは最低でも三ヶ月くらいかかる。

 ほぼ素人、穹戯に関してはずぶの素人と言っていい小学生を夏の大会までにベスト八まで勝ち抜けるレベルまで鍛え上げるというのは難しい話だ。

「こちらからは何も言いませんので、あなたが思う通りに鍛えてください」

「それでいいんですか……」

「私はあなたを信頼していますから」

「その信頼は一体どこから来てるんですか」

「ふふ、内緒です」

 鷺沢さんがはにかむ。 

「まあ、やれるだけのことはやってみるつもりですけど……」

 出来ればもっと時間が欲しいところだが仕方ない。

 そうと決まればすぐにでも練習メニューを組まなければならないが、その前にやらなければいけないことがある。

「それじゃあ、行ってきます」

 ため息混じりにそう言うと、俺は重い足取りで浜辺へと向かった。



 フライング部の部員は二人だけと聞いていた。

 俺は鳶沢女学園が保有している浜辺まで来ると、確認するように辺りを見回す。

 理事長の話によると中等部、高等部は夏の大会に向けて合宿中らしい。

 だから浜辺は貸切状態だった。これならウォーミングアップで島の周りを一周するフィールドフライも出来るだろう。

 浜辺に着くと、もうすでに通学用のフライングシューズを起動させて軽い模擬戦をしている二人の影が見えた。

「飛べてはいるが、まだ多少の体の芯にグラつきがあるな……それならまずは基本的な体力作りから……」

 模擬戦を見ながらぶつぶつ呟く。

 穹戯は反重力粒子(アンチグラビトン)の発見と研究とともにフライングシューズを用いた新たなスポーツとして急速に発展していった。

 空中に浮かぶ四百メートル四方のブイに囲まれた中で十分間の制限時間内でより多くの得点を得た選手が勝者となる。

 得点を取る方法としては相手の背中に触ることでポイントを獲得するドッグファイトやフィールドの四方に置かれたブイを触ることでポイントを獲得するブイタッチがある。

 空中で行われる特殊な鬼ごっこみたいな感じだ。

 穹戯を行う際は万が一、落ちても怪我をしないように危険が少ない海の上で取り行われる。

 そのため海がある沿海部でしか行われていないためプロを目指して都会から沿岸部の地域まで選手が来るケースもある。

 選手の試合はドローンを使って中継され、まだ数こそ少ないが地方のケーブルテレビで放送されているところもあるぐらいだ。

 とーー模擬戦を終えたらしい二人が浜辺まで戻ってくる。

 そのうちの一人。優しげな瞳をした少女が俺の顔を見るなり、声を上げた。

「夕凪さん!? なんでこんなところにいるんですか?」

「白波じゃないか……。白波もフライング部に入ってたのか」

 白波は恥ずかしそうに頬をかくと、

「初めて飛んだ時のことが忘れられなくて、入っちゃいました。今も七海(ななみ)ちゃんと一緒に練習してたんです」

 えへへ、と優しげに垂れた瞳で俺を見る。

 知っている顔がいるなら幾分かやりやすい。

「そういえば、理事長が新しくコーチを雇うと言ってたんですが、それって」

 白波は不思議そうに首を傾げながら俺を見つめる。

 俺はうなずく。

「夕凪さんがコーチになってくれるなら、わたしは嬉しいです」

 白波がまたぞろ優しげな笑みを浮かべていると。

「ちょっと、あなた。凛とどういう関係なの?」

 氷のような視線が俺を刺す。

「ちょっ、ちょっと、七海ちゃん……。夕凪さんに失礼だよう……」

 白波の隣にいた七海と呼ばれた少女がよく手入れがいき届いた黒髪を翼のように(ひるがえ)す。

 可憐な少女の言葉からは敵意がこもったトゲのようなものが感じられる。

「どうと、言われてもな……」

 俺はがりがりと頭をかく。

 偶然知り合ったにすぎない、一緒に飛んだだけの関係である。まあ、正確には一緒に飛んだのは岬なんだが。

 俺が返答に困っていると心配したのか白波が助け舟を出してくれる。

「家のカギをなくしちゃった時に助けてくれたんです」

 七海は詮索するように瞳を細める。

「本当にそれだけ? まだ何かあるんじゃないの?」

「うーん、とね」

 白波は首をひねると、はっと何か思い出した表情をしたが、慌てたように顔を両手で隠す。

 だんだんとその顔がりんごのように赤く染まっていくのが見える。

「やっぱり、まだなにかあるんじゃない! なんなのよ、いいなさいよ」

「う、うん……」

 観念したのか恥ずかしそうにぼそぼそと喋り始める。

「えっと、えっとね。あとは……下着をちょっぴり見られた。かな……」

「「はあっ!?」」

 一方は驚愕のもう一方は軽蔑の感情が混じった声がそれぞれの口から発せられる。

「はっーー!」

 白波はいまごろ自分が何を言ったのかに気付いたのか、慌てて口を両手でふさぐ。がーー時すでに遅し。

 俺は弁明するように首を振る。

「いや、違うんだ。あれは事故というか、なんというか……うん、ほんとにすまん」

「いや、いいんです。わかってますから……」

「レディの下着を見るなんてサイテーね」

 白波は誤魔化すように笑ってくれたが、七海はゴミでも見るような眼を向けてくる。

「このロリコン……」

「俺はロリコンじゃねぇ」

「ロリコンはみんなそう言うの……」

「反論のしようがないんだよなぁ」

 俺は諦めに近いため息を吐く。

 何こいつ? ロリコンに親でも襲われたの?

「それじゃあ、私は帰るから」

 七海は踵を返すとフライングシューズの電源を入れる。

「おい、練習はどうするんだよ?」

 こちらを振り返るとそのままの勢いで、びしりっ! と人差し指を突きつけられる。

「いい? 私はあなたをコーチとして認めた覚えはないから。私は一人でも上手くなれる。だから余計なことしないで」

 そう言い残すと、そのまま飛んでいってしまう。

「ど、どうしましょう」

 白波が困惑したように二十センチ下からこちらを見上げてくる。

「ま、いいんじゃないのか? そう言うなら好きにやらせておけばいい」

「いいんですか?」

 俺は首を振る。

「ポット出のコーチに突然従えと言われても無理があるだろうしな」

 俺はまたぞろため息を吐く。

「まったく、先が思いやられるな……」

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