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二十三章『他人の意思』

 鷺沢女学園、理事長室である。

 そこで俺は理事長と対峙するように椅子に座りながら来客用の紅茶をちびちびと飲んでいた。

 ここに来るのもなんだか懐かしい。

 改めて彼女たちの穹戯のコーチを引き受けた以来だ。

「それで、要件というのはどういったことでしょう?」

 目の前にいる女性はいつもと変わらない様子でこちらを見つめている。

「お久しぶりです鷺沢さん。急にお呼びたてしてすみません」

「いいえ、いいんですよ。最近、私がお座なりにされていたような気がしますし。こうして夕凪さんと話すのは楽しいですから」

 彼女に軽く会釈をすると、俺はカップから口を外してさっそく要件を切り出す。

「コーチの件なんですが。すいません、辞退させてもらえませんか」

「そうですか……」

 理事長は大して驚いた様子もなく先を促すような視線を送る。

「今回の合宿で思ったんです。俺は彼女たちのコーチとして相応しくない。たとえ夏の大会で入賞できたとしても、それから先のことは今の俺には教えることができないと思うんです」

 俺の未熟な力では彼女たちの才能を伸ばしてやることはできない。最悪、彼女たちの才能を摘みとることになりかねない。

「そうですか……」

 鷺沢さんはどこか淋しそうな瞳をしていたが、それもすぐにいつもの表情に戻ると。

「それで……白波さんと綾瀬さんは夏の大会でベスト八に入れるぐらいのレベルにはなりましたか?」

「まぁ……はい。上位入賞できるレベルにはなっていると思いますけど……」

 初めは依頼された通りにベスト八に入れるぐらいのレベルにと考えていたが、七海の親父さんとの一件があってからは三位以内に入るべく練習メニューを変えたりもした。

 突然の質問に首を傾げていると。

 一枚の封筒がカップの間を縫うように差し出される。

「依頼は完了していらっしゃるみたいですので。こちらが報酬になりますね」

「あ、あの……」

 意味がわからず唖然としていると鷺沢さんは困ったようにはにかむ。

「安心してください。依頼以上に働いて下さったのでしっかりと元の報酬額より金額を上乗せしてありますので」

「いや、そういうことじゃなくて」

「もしかして、ご不満でしたか? それでしたら上乗せの金額を倍プッシュさせてもらいますが」

「いやいやいや、待ってください」

 テーブルに差し出されたもう一つの封筒を遮るように封筒を二つとも押し返す。

「俺は依頼を途中で破棄したんですよ? それなのに報酬はもらえません」

 辞退すると決めた時点で報酬を貰うつもりなんてさらさらない。

 だが、理事長は不思議そうに首を傾げる。

「いえ、これは正当な報酬ですよ? だって夕凪さんはしっかりと提示された仕事をこなしてるじゃないですか。単に仕事が終わるのが早かっただけのことです」

「そう、なんですかね……」

「そうです。というか、受け取ってくださらないと私が契約を違反していることになりますし。受け取ってくださらないと私が困るんですが……。ですので夕凪さんは報酬を受け取る権利があるんです」

 今度は出された封筒を返すことができなかった。

 俺は諦めたようにため息を吐く。

「納得はできてないですが、ご好意に甘えていただいておきます」

 そう言って理事長室から退出しようと振り返ったら。

「ですが、夕凪さん」

 背中越しに声がかけられた。

 理事長は真っ直ぐに俺を見ると。

「夕凪さんの意思も大事ですが。白波さんや綾瀬さんの意思も尊重してあげてくださいね」

 ゆったりとした口調でそう言うと優しそうにはにかんだ。

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