二十二章『どうしてそうしていられるのか分からない』
俺はただその試合を茫然と眺めていた。
「…………」
フライングシューズの羽の形をしたオブジェクトから発せられるプリズム が青い空へと高く高くどこまでも登っていく。
「まだまだ、わたしはやれます」
「きみを選んだ理由が少しずつ見えてきた気がするよ」
ときおり、耳元に付けているインカムから凛と佐藤さんの会話が聞こえてくる。
俺は凛の試合が終盤に差し掛かってから適切な指示を送れずにいた。
佐藤さんと戦う凛の姿が昔の俺と重なっていたから。
だが、凛は俺の指示が無くとも試合が進むごとに格段に動きが良くなってきていた。
初めこそ佐藤さんの瞬発力に翻弄されて後をついていくことも難しかったが、今は何とかギリギリのところでついていけている。
そのことは佐藤さんも感じているはずだ。
凛の試合経験を積み重ねることによる超絶的な成長スピード。
それがあったからこそ、前の七海との試合も勝つことができたし、七海との関係を保つことができた。
だが、その成長速度を持ってしても未だに佐藤さんからは一ポイントも取れていない。
それほどまでに凛と佐藤さんの間には絶対的な差がある。
だけれど凛は佐藤さんと試合をすることによってその差を少しずつ埋めている。
自分ではわかっていないと思うが凛は今なら夏の大会でトップを取ることも可能なはずだ。
佐藤さんとの試合を見ながら俺の心の中に疑問が生まれる。
その眩しいほどの才能を俺は育てきることができるのだろうか?
「いや、そうじゃないか……」
俺は考えを否定するように首を振る。
俺が引き受けたのは凛と七海のレベルを夏の大会までにベスト八に入れるまで上げることだ。
それに今は七海の父親から七海を三位以内に入賞させることもあるが、夏の大会の使用上、同学校から出場している選手とは決勝までブロックが違うのでどうにかなるだろう。
夏の大会以降は俺の仕事には含まれていない。
今のレベルなら凛と七海は三位以内に入ることも可能なはずだ。
視線を試合に戻す。
嫌な思い出がよみがえる。
穹戯の選手を引退する前の佐藤さんと試合をした時のことだ。
怪我をして身体が万全ではなかったとはいえ、俺は中学最後の大会で佐藤さんに敗れた。
本人は満足していないようだったが勝負の世界は結果が全てだ。
俺の敗北は新聞にも取りざたされた。そして周囲からの期待に押しつぶされて俺は飛ぶことを諦めた。
なのに、俺はまたこうして穹戯の世界に戻ってきた。
「なんでだろうな……」
ため息とともにそう呟く。
そうして顔を上げると。
「なんでだよ……っ!」
その光景を見て唇を噛み締める。
目の前では佐藤さんと凛の試合が続いている。
その試合の中で凛は楽しそうに笑っていた。
まるで負けていることを気にしていないように。
俺はプリズム の軌跡を隠すように手を掲げて空を見上げる。
「なんで、負けてるのにそんなに楽しそうに笑っていられるんだ。悔しくないのかよ……」
口から無意識に言葉が溢れる。
俺にはどうして笑っていられるのか、その感情がわからない。
「すいません、負けちゃいましたね」
試合が終わり凛がはにかみながら浜辺へと戻ってくる。
試合は結局、0対五で凛の敗北となった。
同じく戻ってきた佐藤さんがこちらに視線を向ける。
「きみがこの子を選んだ理由。なんとなく分かった気がするよ」
「……そうですか」
その時どんな顔をして答えたのかは覚えていないが、横で聞いていた七海が心配したような表情をするぐらいにはきっと酷い表情をしていたのだろう。
「ねぇ……あなた、どうしたの……」
「いや、なんでもない」
「なんでもないこと、ないじゃない! そんな今にも消えてしまいそうな顔してーー」
「すまん、少しのあいだ一人にしてくれないか」
俺は七海の言葉を遮ってそれだけの残すと踵を返して一人で合宿所へと歩いて行った。
合宿所へと帰るまで足がまるで鉛のように感じられた。
その後、佐藤さんと九条さんに挨拶をして。
バスに乗って鷺沢女学園まで帰った足で俺は理事長室へと向かった。




