幕間『試合前』
試合が始まる少し前。
わたしはスタートラインに立つと先に来ていた佐藤さんにお辞儀をします。
「あ、あの。今日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしくお願いするよ」
「この試合、胸を借りるつもりで当たらせてもらいます」
佐藤さんはこちらにチラリと視線を流すと。
「僕も楽しみにしていたんだ。彼が選んだきみとこうして戦うことを」
「彼、ですか?」
「別にわからなくてもいい。この試合で、どうして彼がきみを選んだのか、その理由を確かめさせてもらうよ」
佐藤さんは首を振ると、正面に向き直ります。
彼ががわたしを選んだ理由とは、一体どういうことなんでしょう?
だけど、そのことについて考える時間はありませんでした。
「セット!」
開始前の合図と同時にわたしは雑念をはらうために頭を振ります。
そして身体を前に屈ませてスタートの体勢に入ります。
わたしが今やるべきことはひとつだけ。この合宿で学んだことを全力をもって佐藤さんにぶつけるだけです。
今のわたしが最強の選手にどれだけ通用することができるのか、考えただけでもワクワクが止まりません。
わたしは気分の向上を抑えるため深呼吸をすると、試合開始の合図に備えました。
試合開始早々。わたしは自分の目を疑いました。
「えっ……これは、どういうことなんですか?」
「これは、完全に舐められてるな」
戸惑うわたしにインカムから夕凪さんの声が聞こえます。
佐藤さんがブイタッチで先制した後、そのまますごい瞬発力でわたしを抜いてサードブイにタッチ。
そしてドッグファイトを仕掛けるべくサードラインにショートカットしたわたしに佐藤さんはフォースブイにタッチしにいくわけでもドッグファイトを仕掛けるでもなく、ただサードブイの上空で漂うようにしてわたしを見下ろしています。
「何のつもりですか?」
わたしの問いに佐藤さんはゆっくりとわたしの目の前まで近付いて来ると。
「このまま、スピードに任せて点をとってもいいけど、それじゃあきみたちの練習にならないよね」
「それで、どうするつもりなんですか?」
「ドッグファイトに付き合ってあげようかなって」
「あげよう、ですか」
「そう。あげよう、だよ」
気持ちが悪いほど人の良さそうな笑みを浮かべます。
明らかにこちらを挑発しているのが嫌でもわかりました。
だけど、わたしの心の中ではむしろありがたいといった気持ちが多くを占めていました。
だって、初めから胸を借りるつもりで挑んでるんです。それを相手からそれも国内王者の選手が借させてくれるなんてこんなのは滅多にないはずだから。
インカムから夕凪さんの声が聞こえてきます。
「凛。落ち着いて挑発にのれ」
「どういう、ことですか?」
「身体は熱く、頭は冷たくって意味だ」
「よくわかりませんが、とりあえずドッグファイトをしていいってことですね」
「まぁ、そういうことだ」
佐藤さんがわたしを見て口を開きます。
「相談は終わったかな」
「はい!」
わたしは勢いよく返事を返すと。
「では、いきます!!」
佐藤さんにドッグファイトを仕掛けに行きます。
あとは、全力でぶつかるだけです。




