二十章『合宿編PART5』
「夕凪、さん……」
「ねぇちょっと、人の話。聞いてる?」
凛と七海の訝しげな声で現実に引き戻される。
そういえば、今日は合宿の最終日である。
昨日は、あれからふらつく足で合宿所に戻って……それからのことはいつ寝たのかさえよく覚えていない。
「……あ、いや。悪い……。で? なんだっけ?」
聞き返すと、七海は呆れたようにため息を吐く。
凛と七海はどちらも穹戯用のフライングスーツに身を包んでいた。今日のために川崎さんに無理を言って早めに作ってもらった特注品だ。
凛の方は白の生地にところどころにピンクのラインが入っていて、逆に七海は黒を基調とした生地に黄色のラインが入っている。
フライングスーツは風の抵抗を受けやすくするため腕の下にムササビみたいな膜が張られている。これを用いることで空中で自在に移動ができるというわけだ。
凛は少し気恥ずかしそうに身体ををよじる。
「それにしても、これ。身体にぴっちりフィットしてて水着より恥ずかしいです」
「スピードを落とさないように身体に対する風の抵抗をなるだけ受けないようにした設計だからな。ところで、なにか用か?」
「なにって、対戦カードのことよ」
話を戻して七海は組み合わせが書かれたボードを指差す。
「そういえば、七海の対戦相手は岬だったな……まあ、勝てなくもない相手だとは思うが何か問題があるのか?」
「私の相手は問題ないわ。むしろ望むところよ」
だが言葉に反して七海は首を振る。
「問題は凛の対戦相手よ。何よあれ、くじ運悪すぎでしょ」
言われて手元の端末から凛の対戦相手を確認する。
「あぁ、さすがにくじ運悪すぎだな。まさか、絶対王者の佐藤さんと当たるとは……」
「まさか、今まで気付いてなかったの?」
「悪い。他のことを考えてた」
「まったく、しっかりしなさいな。穹戯はセコンドとプレイヤーの二人の関係が大事な競技なんでしょ。セコンドのあんたがそんなボーッとしててどうするのよ」
「悪い悪い。さて、佐藤さんと試合するにあたってなんだが」
そう言って七海の隣であわあわしている凛に視線を向ける。
「どどど、どうしたら、いいんでしょう」
予想以上の慌てっぷりだな。
こんな凛は久しぶりに見た気がする。
俺は優しく凛の背中を叩いてやる。
「そんなに緊張するな。元から勝てる確率は少ないんだ。胸を借りるつもりで挑んでこい。合宿でどれだけ力をつけたか俺に見せてくれ」
「は、はい。が、がんばります」
まだ緊張はしているようだが、初めよりは幾分かましになった。
俺はそう言うと九条さんたちの方へと歩いていく。
そんな俺を七海が呼び止める。
「どうかしたの? もうしばらくで試合が始まるけれど」
「なに、ちょっと確認したいことができただけだよ。すぐ戻る」
それだけ告げると俺は九条さんたちの方へ歩いていった。
「これはどういうことですか?」
「どうとは? 一体、なんのことかな」
「対戦カードのことですよ」
詰め寄る俺に佐藤さんは涼しい顔でそう答える。
佐藤さんの横で九条さんが呆れたように肩をすくめる。
「だから言ったのですわ。これはあまりにも無理があると」
「九条さんも知ってたんですか?」
「え、ええ……」
申し訳なさそうに顔をしかめる九条さんの横で佐藤さんは眉根を寄せた。
「すまないね。あまり九条くんを責めないでやってくれるかな。彼女に無理を言ったのは僕なんだ」
「なんで、こんなことをしたんですか」
問いに佐藤さんは真剣な眼差しで俺をまっすぐ見やると。
「それはね。きみを確かめるためだよ」
「俺ですか?」
「きみが再び穹戯の世界に戻って来たのはおそらく彼女が関係しているんだろう」
さっきまで俺がいたところで七海と話している凛を指差す。
「だから僕は無理を言って九条くんに無理を言ってこの対戦カードを組んでもらった。きみの意思を知るために」
「七海と岬の対戦カードもそうなんですか?」
俺の指摘に佐藤さんは首を振った。
「いや、七海くんと岬くんのカードは公平な抽選のもとで決められたカードだ。そこに僕の意思は介入してないから安心してくれていい」
俺たちの話に九条さんが首を傾げる。
「あの、佐藤部長。さっきから一体、なんの話をしてますの?」
「そういえば九条くんには言ってなかったね」
言葉を区切ってちらりと佐藤さんが俺を見る。
「夕凪くんが昔、僕が憧れていた選手なんだ」
「どういうことですの?」
ぽかんと、口を開けて呆気に取られている。
「夕凪さんは穹戯の選手ではないではありませんか」
「いまは、そうだね」
佐藤さんの含んだ言い方に俺はため息を吐く。
「昔、俺も穹戯の選手だったんですよ。今は引退しましたが」
「でも、部長が憧れるほどの選手だったあなたがどうして穹戯をやめてしまわれたんですの?」
「それは……」
質問に俺が答えられずに黙っていると。
佐藤さんが張り詰めた空気を壊すようにパンパンと手を叩いた。
「九条くんが気になるのもわかるけど、もうすぐ試合が始まるからね。九条くん白鷺高校のセコンドをお願いできるかな」
「は、はい。分かりました」
佐藤さんに促されるように九条さんはインカムをつけて所定の位置に走っていく。
その後ろ姿を見送ると。
「じゃあ夕凪くん。僕たちも戻ろうか」
佐藤さんは人の良さそうな笑みを浮かべると、選手用の待機所へと歩いていく。
俺は考えを紛らわすように顔を振る。
やることは決まっているはずだ。凛と七海を大会で入賞できるレベルまで育ててそれからーー
そこまで考えて、唐突な疑問にぶち当たる。
それから。俺はどうするのだろう……。




