十七章『合宿編PART2』
「ここが今日から一ノ瀬高校と鷺沢女学園の皆様に泊まっていただくお部屋ですわ」
九条さんの高らかな声とともに虎が描かれたふすまが勢いよく開かれる。
「広々としてますね」
「そうだな」
凛の言葉に適当に相槌を打って俺はぐるりと部屋を見渡す。
二十人くらいは泊まれそうな大部屋だ。テレビなどは見当たらないが部屋には畳が敷かれおり畳特有のイグサの落ち着く香りがほんのりと鼻をくすぐる。
これならゆっくりと身体を休めることができるだろう。
「ここが女性陣に使っていただく部屋になりますわ」
俺の部屋割りはというとーー『年頃の男女を同じ部屋で寝かせるわけにはいかないですわ! 何か間違いがあったからでは遅いのです』とのことで部屋は別にあるらしい。
凛はふぁー、っと声を吐きながら興味深そうに辺りを見回す。
「ここで寝泊りするの楽しみです」
「あくまで合宿に来てるんだからな。目的を忘れるなよ」
「わかってますよぉ」
凛は俺の言葉など尻目に部屋の中を散策しだす。
「ほんとにわかってるのかねぇ」
その姿を横目にため息を吐くと、その光景を手間のかかる子供を見守る母親のように見つめていた九条さんが苦笑する。
「まあまあ、夕凪さん。今日のところはこれでいいじゃありませんか」
「でも、合宿に参加させてもらっている身として悪いですよ….…」
「今日はみなさんの親睦を深めることが主になってますのでこれくらいがちょうどいいでしょう」
「九条さんがいいんでしたら、まぁ……」
九条さんは気にしていないように首をふるので、俺も彼女に苦笑を返す。
だが、俺は自分の仕事をしないといけない。鞄からノートを取り出すと。
「今後の日程はどうしますか?」
「そうですわね。今日は残りの施設を紹介した後に、離れにある食堂でみなさんで夕飯をいただいて。二日目からみなさんを交えたランニングやフィールドフライや簡単な模擬戦をして」
「ふむふむ」
俺は頷きながら続きを促す。
「三日目にはチームに分かれて試合形式で試合をしてもらおうかと考えてはいますが……」
九条さんはすこし困ったような表情になると、申し訳なさそうに口を開いた。
「練習量に関してなのですが彼女たちには事前に通達していた通り別に練習メニューを組んでもらいたいのですけれど」
おそらく凛と七海のことを言っているのだろう。
高校生と同じ量のメニューをこなすのは難しいと考えているのだろう。だけれどもーー
「いや、同じメニューでやらせてあげてください」
俺は首を振る。
今日のために体力作りをメインにした練習をしてきたわけだ。それになによりーー
いつの間にか部屋の中を散策していた凛と七海がこちらに来ていた。
それぞれ、違う感情を宿した瞳でもって九条を見上げている。
『わたしやってみたいです!』
『上等じゃない!』
だから俺も彼女たちの意思を尊重してやりたかった。
「というわけなんで、よろしくお願いします」
「本当によろしいんですの?」
「はい。大丈夫です。この日のために練習してきましたから」
九条さんはしょうがないといった風にため息を吐くと。
「それでは明日からの練習は厳しくいかせてもらいますので覚悟しておいて下さいませ。それから今日のところはゆっくりと羽を伸ばして下さいな」
そう言い残すと今後の予定を伝えるため九条さんは一ノ瀬のマネージャーであるまどかの方へ歩いていく。
そうして九条さんの背中を見送ると凛と七海がこちらに顔を向ける。
「で? 一体、何を話してたわけ」
「なんの話をしてたんですか?」
「知らずに言ってたのかよ……」
怪訝そうにこちらを下から覗き込んでくる凛と七海にため息を吐くと俺はまたぞろ首を振る。
「他には明日の予定の話をしてただけだよ。それより今日は親睦会を兼ねた催しも行うみたいだから楽しみにしとけってさ」
「仲良しごっこはしないって言ったはずよ」
七海は言うと相変わらずそっぽを向くが、
「わたし、みなさんのお話聞きたいです。ね、七海ちゃんも一緒に行きましょうよ!」
「ちょっ、引っ張らないでよ」
凛にぐいぐいと手を引っ張られる。
「ねーねー。七海ちゃんも一緒に行こうよ!」
「はいはい。分かった、分かったから行けばいいんでしょう。だから早く手を離しなさいな」
「わーい。ありがとー。七海ちゃんだーいすき!!」
手が離れたかと思うと今度はぎゅうぎゅうと身体をよせる。
「ちょっ!? 今度は引っ付かないでよ暑苦しい。あっちに行きなさいよ!」
七海はそう言って凛を引き剥がそうとするがそこまで嫌そうには見えない。
その光景を見て七海もちょっとは変わってきたのかもしれないなと思った。
「そうだ。夜からは自由時間らしいから好きにしてもいいってさ」
その言葉を聞いて凛はパッと顔を輝かせる。
「なら、七海ちゃん。一緒にお風呂行きませんか?」
「なんで、私が……って、どうせ断っても連れて行くつもりなんでしょう。いいわよ、行ってあげる」
「わーい、それじゃあ一緒に入りましょう」
凛は両手を上げて万歳のポーズをする。
七海はその様子にため息を吐くと、ちらっと俺を見る。
「ところで、アンタは自由時間なにするの?」
「そうだな、とりあえず練習メニューの見直しだな。今後の練習に活かせるものがあるかもしれない」
七海が呆れたようないっそ感心したような視線を向ける。
「ほんと、アンタって真面目よね」
「そりゃあ、お前らのコーチだからな」
「ま、それじゃあ私たちはお風呂を楽しんでくるとするわね」
そう言い残すと七海は凛と部屋から出て行った。




