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十五章『休日の過ごし方』

 翌日は雲ひとつなく、よく晴れた青空だった。

 遠くの空では夏の暑さを告げるがごとく入道雲がもくもくと自身の存在を主張するようにもくり立っていたが、商業施設のなかではその暑さも支障ない。

 このまえ、凛たちとともに来たショッピングモールの三階である。

 腕時計が示すのはちょうど昼の二時。

 俺は生あくびをしながら、腕組みしていると、弱々しくかかる声があった。

「こ、これ……」

 横の試着室のなかから、凛が顔を出す。

 オレンジのカーテンの隙間に埋まるようなその幼いピンク色の頰は、今はカーテンの色よりよっぽど赤い。

「こんなのを本当に着るんですか?」

「こんなのって、どんなのだ。普通によくある服だと思うが」

「だ、だって、ひ、ひらひらで、ふりふりすぎます……」

「べつに年齢相応なんじゃねぇのか。まぁ、俺にファッションはわからん。どうしても無理なら返品するが?」

「……そこまでは、い、言ってないですけど」

 凛は黙りこくった。自分の好みと変な遠慮とのあいだで、板挟みになっているらしい。もう充分だ。

「いいから見せてみろ」

 天岩戸といつまでも付き合ってはいられない。十数分以上も閉ざされ続けたカーテンを実力行使で開けると、

「きゃあああああっ!?」

 いつもの声質よりずっと高い悲鳴とともに、凛が外に転がり落ちてきた。

 俺の胸に額をぶつける。

「はあん、これは確かに」

「み、見ないで、下さい!」

 ひらひらの真っ白ブラウスに桃色スカートにレース付きのハイソックス。

 甘ロリコーデというんだかフェアリー系というんだか、現代ファッション用語はいまいちわからないが、なかなか攻めたファッションだ。

 こういうベクトルの服は、ハンガーにかかった状態で見るよりも、袖を通したモデルといっしょに捉えたほうが視覚情報は多い。

「ふむふむ、いや、なるほどなるほど」

「……み、見な……う……」

 あまりまじまじと眺めすぎたのか、凛はついに黙りこんだ。そのままぷちぷちとブラウスのボタンを外しだす。いやいやなにやってんの? 事案なんだが?

「うう……だってぜったい似合ってない……」

 手を押さえこんで、下着がこんにちわするのを何とか防ぐ。

 俺はこりこりと首をかいた。

「まあ、なんだ。おまえのママの思いは汲んでやれ。自分の母親が子どもに悪ふざけをすると思うか?」

「それは……」

「単純に、おまえに新しい服を着てもらいたいんだろうよ」

「……うん……」

 凛は口ごもって何度か瞳を瞬かせた。

 自分のひらひらのフリルを軽くつまみ、恐る恐る左右に引っ張っている。

「夕凪さんは、これ、似合うと思いますか?」

 弱い音吐で、小さな唇をそろりと動かす。

「どうだろうな、いやそうだな……悪くない、と思う」

「何か濁された感じがします」

 凛は不満げにぺしぺしと俺の胸をはたく。

「今度はなにを着せるつもりなんですか?」

「いや知らんがな。俺はメモに従っているだけだ」

 凛のママさんから凛を通して渡されたメモは、今もズボンのポケットに入っている。

 曰くーー『娘にぜったい似合う服リスト』

 ガーリッシュなブランドのみならず、ここのショッピングモールに入っているテナントの名前が所狭しと並んでいる。

 そしてその裏には小さな文字で『娘の服を正直な感想で褒めてほしい』と書かれてある。

 なぜこのような状態になっているのかというと。

 凛はそれほどファッションに興味がないらしく、それを見かねた凛のママさんがこの機会に自身が選んだ娘に似合う服を事前に金を払って商品を取り置き、俺たちが回収する、という仕組みを実践しているのである。

 その際、俺が感想を言うことによって少しでもファッションに興味を持ってもらおうという作戦である。

 おかげで俺は、ガーリーな格好をした女子小学生と、もみくちゃになり、何とかブラウスの隙間から下着がこんにちわするのを防いでいるわけなのだが。

 さて、夏休みのそれも休日の昼下がりとくればショッピングモールに多くの学生が訪れるのは明白であるわけで。

 また、そこに知り合いが訪れることがないこともないわけだ。

「えっ、渚? こ、こんなとこで、何やってんの?」

 ところで。

 一般的に、衣服の乱れた女子小学生と、そいつを無理やり押さえつける男がいた場合、往来を行きかう人々がどのように判断するかしらん?

 答えは明白である。

「あん?」

 呼ばれた声に振り返ると。

「…………」

 岬が俺たちの後ろでまるでヤバいものでも見てしまったかのように硬直していた。その手に握られているのは緊急通報用のスマホである。

 いや、待ってくれ。話せばきっと分かり合える。だから頼むお願いだからそのスマホをどけてくれ。



「うん。なんとなくだけど、事情は分かったわ」

「そうか……ならよかった」

「でも、納得したわけじゃないからね」

 場所は変わってショッピングモールの一階にあるフードコートである。

 そこで俺はコーラをちびちび飲みながら岬に先程について事情を説明していた。

「それにしても、渚が教えていた子がまさか凛ちゃんだったとはねー」

「わたしも汐山(しおやま)さんが穹戯をやってただなんて知りませんでした」

「これから合宿もあるし一緒にお風呂でも入ろうねー」

「はい! 入りましょう」

 俺の隣で凛と岬がきゃいきゃいと女子トークに花を咲かせる。てかおまえら仲良いな……。いつからそんな仲良くなったんだよ。自分と岬の間に圧倒的なコミュ力の差を感じていると、岬が俺の顔を見る。

「で、これからどうするの?」

「まだ回らないといけない店が残ってるからな。そこを見て回らないと」

 ちらと脇に置かれた紙袋を見やる。

 そこには先程、凛が試着していた服が詰めこまれている。誤解を招く前に岬に説明する必要があったためそれしか買えなかったのだ。

 紙袋に視線を落としていると、

「そうだ。なら、私も手伝ってあげる」

「正直ありがたいが、いいのか? 何か用事があるんじゃないのか」

「いいのいいの。ぶらぶら見て回ってただけだから。それにもう一人女の子がいた方が誤解は起こりにくいでしょ?」

「そうだな」

 さっきみたいな事案を他の学生にでも見られたりしたら俺の学生生活が終わりかねないからな。むしろ見られたのが岬でラッキーだった。

 岬はズボンをはたいて席を立つと、

「それじゃあ、凛ちゃんの服を見に行きましょうか」

 目を爛々と輝かせながら歩きはじめた。

 いつもと違ったテンションの高さに俺は少しばかり不信感を覚える。まあ、昼モードの岬だからなのかもしれないが。

 そして俺はすぐさまその不信感の正体を知ることになる。



「いいよいいよー。凛ちゃん可愛いよー。こっち向いてー」

 店内に岬の嬉々とした声が響にわたる。

 スマホを構えた岬の手からフラッシュが焚かれまくる。

 岬の凛を見る目が危ない。変態不審者のそれである。女子高生がそんな顔をしちゃいけない。

 俺たちは三階にある水着売り場まで来ていた。なぜか?

 その原因は数十分前に遡る。


 あらかたリストに載っていた服を引き取り終えた時である。

「凛ちゃんがファッションに疎いとは知らなかったにゃー」

「家でも基本は動きやすい服で生活してるんです」

「そう言えば合宿に行くんだし水着は持ってるの? って、小学五年生なんだし流石に持ってるか。スクール水着ってわけにもいかないもんね」

「いえ、持ってないですよ?」

 岬の表情がぴしり、と固まる。

「え。去年はどうしてたの?」

「去年は友達と市民プールに行きましたけど。スクール水着で行きました」

「…………」

「おい? どうしたんだ岬」

 岬の肩が小刻みにぷるぷると震えている。

 勢いよく顔を上げると凛の肩をがしりと掴む。

「だめだよ! 女の子なんだからもっと見た目に気を配らないと」

「でも、スクール水着の方が動きやすいですし……」

「それじゃあ私が凛ちゃんに似合う水着を選んであげる」

 ……というわけなのである。

 こいつの方がロリコンなんじゃねぇのかと思いつつ。

 そうして今は岬セレクションのもと選び抜かれた水着を凛が試着していっているのである。

 フリルのあしらわれたビキニすがたの凛。少し大人なパレオすがたの凛。幼さの残るワンピースすがたの凛。さながら小学生の水着ファッションショーである。

「これ、へ、へんじゃない……です、か?」

 そうしてまたぞろ開かれたカーテンの向こうには。

 派手なフリルであしらわれた水着ラインだけが、おっかなびっくり、大事なところをカバーしていた。

 確かにちょっとおしゃまなセパレートタイプではある。

 幼い含羞(がんしゅう)に染まる目元が、ちらりと俺を見上げた。

「に、に、あってる……?」

「似合ってるよ」

「そっか、そっかぁ……よかった。えへへ、えへへへ!」

 凛は顔をくしゃくしゃにして笑った。年相応の幼い笑顔だ。

 水着のフリルが小さく飛び跳ねるたび、水着ようにまとめられた髪もまた、ぴょんこぴょんことご機嫌に揺れる。

 凛は恥ずかしそうに水着の裾を引っ張る。

「決めました。これにします」

「そうか。なら、買って帰るか」

 着替えるために凛がカーテンの奥へと消えると、岬が不満そうな声を上げる。

「ええー。まだ半分ぐらい残ってるのに。全部着てみようよー」

「だめだ。とっとと帰るぞ」

 岬はぶぅーとふてくされた声を漏らす。

 こいつ、凛を着せ替え人形にして楽しんでいる節がある。

 その姿を見て七海とは相性が悪いかもなと思った。

「お待たせしました」

 試着室のカーテンから凛が出てくると。

「ほら、行くぞ」

 俺は水着を持ってレジへと向かった。


 それから、それぞれの帰路につき。

 俺は枕を高くして寝て起きて朝から凛たちの体力づくりのトレーニングをして面倒を見て夜は次のトレーニング内容を考えて寝て起きて見て寝て起きて見て寝て起きて見て寝て起きて見て寝て起きて見て寝て起きて見て寝て起きて見て寝て起きて見て寝て起きて見て、月日は百代(はくたい)の過客にして矢の如し速さで過ぎ去って……

 気がつけば、合宿当日となっていた。

 

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