ワックス
のんび~りと。
「うわー。雨止みそうにないなー」
教室からグランドに目を向けると、シトシトと地面に雨が打ち付けられて、校庭に水溜まりが何個も出来ている。椅子に座りながらぼやく。雪矢も同意するように頷く。
「もう梅雨入んのかもしんねーな」
「ジメジメするし髪がウネるから嫌だなー」
「女子か! 秋人って癖ッ毛だったっけ? 割とストレートじゃね?」
「それは並々ならぬ努力をしているからだよ? 雪矢君」
そう、たゆまぬ努力をした結果、ストレートっぽくなっているだけだ。普段は櫛で髪をとくだけで真っ直ぐになる。ちゃんと言うことを聞いてくれる物分かりのいい子達なんだ。なのに、雨―――梅雨のシーズンは思い思いの方向に矛先を向けるので、ほんと困った子達だ。
やっぱり湿気が大敵なのだろうか。春は花粉で悩まされ、梅雨は髪の毛に悩まされ、夏は暑さに。秋は食欲、冬は寒過ぎる……俺、日本に棲めなくない? 日本が俺に追い付いていないのか、俺が適応出来ていないのか。悩ましい所だが、一つ言えるのは、四季があって楽しいけど生活するには割と苦労する。
日本を飛び出す事も視野に入れなくちゃいけないかと焦った。日本でこれなら、海外の自由さと銃乱射やデモ行進、テロが多くある生活には適応もできなければ生きてもいけないだろう。
何の話をしていたんだっけ? ああ、そうそう。梅雨の話から髪の毛の話題になったんだよね。
「そんなもんか。俺はワックスでガッチガチに固めちゃうからウネるとかよくわかんねーな」
そんなことより、ニカッと笑うの止めて欲しい。眩しいのなんの。男の俺でさえ、クラっときてしまいそうだ。新たなステージになんて登りたくない。
「雪矢ってワックス上手いよね」
「あー、姉貴に練習台にされてな。見苦しかったらしい。寝癖つけて学校に行く姿が。んで、毎日弄られるの面倒だから、自分で覚えた。寝癖も直るし楽だぜ?」
「へえ。水穂さんに習ったのか。確かに水穂さん気にしそうだね」
「秋人もどうだ? 俺も自己流入ってるから姉貴から習った方がためにはなると思うしな」
「そうだね、じゃ―――」
言いかけた言葉は最後まで発せられることはなかった。またもや、背中にムニュッとした感触が広がった。厳密に言うと後頭部に広がった。遅れて2秒後、熱と現実味を帯びる。
「うわ!! ふ、二葉さん!」
また、後ろから抱き締められたと慌てる。何が可笑しいのかクスクスと笑いながら更に密着度を上げてくる。何処とは言わないが、ものすごく当たってます!! 有り難うございます!
「何? 何の話し?」
「えっと……雨で髪がウネるから雪矢のお姉さんにワックスの付け方教えてもらおうと思って―――」
「駄目だよ」
「うん、そう。駄目なんだよ―――え? 駄目?!」
「うん。駄目」
「ど、どうして?」
なんで?! 今まで突拍子もない行動はあったかもしれないけど、言動まではなかったよ!?
「だって、それってワックス習いに一条の家に行くって事だよね?」
「まあ、そうなるね」
「お姉さんから習うんでしょ? だから、駄目」
「え? なんで?」
「駄目なものは駄目」
あっかんべーって……可愛いかよ。語彙力無くすわ……じゃなくて、全然理由になってない! 雪矢は腹抱えて笑ってるし、もしかして理解してないの俺だけ? 何処に理解できる要素あったんだよ。ほんと教えてほしいわ。
次の授業が始まるからと2人とも自席へと戻っていく。去り際、雪矢が「愛されてんなー」って耳打ちしてきたけど、ほんとに意味がわからない。どちらかというと、二葉さんはあなたの事が好きだと俺は践んでるんだからね!
二葉さんも二葉さんだよ。もっとわかるように説明してくれないと。少しプリプリしてますオーラを出していると、背中の方で服を引っ張られる感覚がした。振り向くと、いつも通り二葉さんのドアップ。もう距離感! って咎める目を二葉さんに向けると、そこには不安そうな二葉さんがいて―――。
「絶対、行かないでね? ワックスなら私がやってあげるから」
俺の返答を待たずに小走りで去っていく。二葉さんの姿を目で追うことなく、体を反転させて、机に肘を置き、頭を垂れる。
なんなの、あれ? マジで。ただ一つ声を大にして言いたいことがある。――――可愛いかよ!!! 可愛いすぎだろ。あんなの反則だ!
授業そっちのけで先程までの二葉さんとのやり取りを頭の中でリピートする。ほんと可愛いすぎて語彙力無くすわ。
絶対、雪矢ん家行かないと固く心に誓うのだった。
基本、20:00投稿にしています。そこを目安に見られたら最新話が恐らく見られます。ですが、通勤や休憩の片手間に読んで頂けたら嬉しいです。