図書委員
続きまーす。
「秋人、何かあったか?」
「……え? 別に何もないけど」
僅かな緊張と悟られまいとする感情で、頭がごちゃごちゃだ。相変わらず、やけに鋭い部分があって変に緊張する。何もないと返答すると、雪矢は首を捻りながらそれならいいと納得はしていなくても、引き下がってくれた。
あの日の放課後の出来事が頭を過る。
「何? 三隅、他に好きな人でも出来た?」
「いや……そういうわけではないんだけど―――あの、二葉さん」
二の句は言わせてもらえなかった。軽い調子で返される。
「わかった。別れよっか、私達」
「あ……うん」
あの日―――二葉さんに別れを切り出すと、思いの外あっさりと二葉さんも同意してくれた。拍子抜けするくらい引き留められもしなかった。少しでも引き留めてくれるんじゃないか、別れたくないって言ってくれるんじゃないかと期待した自分が恥ずかしい。
あれ以来、二葉さんは挨拶だけはしてくれる。もともと授業中に目が合って照れるとか、デートをしてきたラブラブカップルではないからこれが普通なのかもしれない。
二葉さんは、以前俺にカップルに夢を見すぎだと言った。本当にそうなのかもしれないと改めて俺の認識の甘さに人生経験が足りないと感じた。
俺と違って二葉さんはとてもモテる。こう言ってしまうと、男のプライドが皆無と笑われてもしょうがないけど、本当にそうなのだ。俺がずっと片思いしてる間、放課後や昼休みに呼び出されて告白されてると何度か雪矢から聞いた。
当時は無理だと諦めていたけど、二年生になって二葉さんから告白されて―――雪矢じゃなく、俺を選んでくれたと舞い上がったっけ。
それが、どうだ。たったの2ヶ月弱で付き合って、別れて……最終的にただのクラスメート。せめて、友達に。とも望んだが、やはり雪矢と違って俺にはそんなポテンシャルは備わっていなかったようだ。
結果、とてもよそよそしい。雪矢が気に掛けるのも頷ける。よく、世の中の男性は浮気されると、浮気した女性を責めると言うが、それもわからなくもない。雪矢には何もかもが完敗で責める気にもなれない。
二葉さんの気持ちが最初から俺に向いていなかったのだから雪矢に矛を向けても意味はないのだが、雪矢が二葉さんをけしかけなければ俺も二葉さんもこんな思いしなくてもすんだはずだ。まあ、思いのベクトルが違うのだけど。
気持ちを切り替えようと頬を軽く両手で叩く。今週で学校も終わり、夏休みがやってくる。教室という檻から解放されれば少しは気持ちの整理も出来るだろう。
雪矢に海に誘われているし、バイトも始めようかなと画策している。雪矢のお姉さん―――水穂さんが働いているカフェのお手伝いだ。水穂さんは大学生で、夏休みの短期募集に俺を誘ってくれた。知り合いということで、軽い面接で良いと聞いている。
「三隅。今日放課後、図書委員の仕事頼めないか? 今日担当の隣のクラスの子が風邪で休みなそうなんだ」
「はい。大丈夫ですよ」
「おお! そうか。今日の担当のもう一人は5組の子だったはずだから伝えておくな。じゃあ、宜しく」
「はい。わかりました」
またも委員会の仕事が入ってしまった。別にやることがないので、そのことになんら不満はない。あるとすれば、毎度担任の声が大きい事だ。あり得ないくらい響く。体育教師だからって無駄に肺活量使わなくてもいいのに。変に目立ちそうで嫌なんだけどな。
確か、5組の図書委員って四宮夏希―――寡黙というより大人しいタイプ。だが決して威圧感があるわけではなく、『図書室の妖精』とか言われている。図書室の妖精って―――。誰が付けたんだよ、その恥ずかしいあだ名。絶対本人知ったら悶絶するやつじゃん。
黒髪清楚で優しい雰囲気を纏っている彼女は、確かに妖精な気もしなくもないが……俺、あんまり話たことないんだよね。同じ図書委員だから何度か他愛もない話を二、三度しただけで、同じ日に組んだ事がない。
基本、図書委員は1組、2組がペア。3組と4組、5組と6組……という風に決まっている。因みに俺は3組なので、5組の四宮さんとは一緒の日にならない。なので、初めて組むということで若干動揺している。冷や汗が止まらない。大丈夫、これは武者震いだと信じこませる。
放課後、HRが終わってその足で図書室へ向かう。扉を開くと、そこには―――信じられないくらい多くの人でごった返していた。え……何これ? めっちゃ多くない? うちの図書室こんなに人多かったの見たことないんだけど。
焦りつつ、周囲を見渡す。カウンターで焦った声が聞こえる。近付くとより密集度があがり、ある意味軽く恐怖を抱いた。だって、全員男だったから。
声がどんどん大きくなる。おいおい。図書室は静かに利用しましょうって聞いたことないのかと叱責したい。何が起きているのかわからないので状況確認してからじゃないと無理な話だが。
「いいじゃーん。夏希ちゃん、今フリーでしょ? そんな取って食うわけでもないし、遊ぶだけだって」
「あの……他の人の迷惑になるので……」
「えー? いいじゃん。みんな夏希ちゃん目当てだって。だからさ、俺がこれ以上騒ぎにならないように誘ってんじゃん。逆に感謝されたいくらいよ」
「えっと……」
カウンター周りで四宮さんを取り囲むように男共が埋め付くしている。当の本人の姿は屈強な男共のせいで見えないが、見えなくてもその中心地に四宮さんがいることはすぐに断言出来る。
なんだ、これは? 特にしつこいのがあのチャラけた服装でチャラけた喋りをする奴なのだが、周りも周りだ。蹴落とす為かヤイヤヤイヤと横槍を入れている。それでもめげることなく喋り続けるあのチャラ男はすごいけどね。
ふと、男共の隙間から四宮さんの横顔が見えた。オドオドしているけど、何か言おうと必死に考えながら良い案が見つからない。そんな表情をしていた。すると、自然と足が一歩、また一歩と前に出て行く。垣根を掻き分け、チャラ男と四宮さんの間に立つ。
チャラ男を見上げながら……悔しい事に奴の方が身長が高い。
「女の子にしつこいと嫌がられますよ」
体が勝手に動く。ほっとけないから助ける―――それは、決して間違いではないはずだ。そう信じ、生まれて初めて他人の会話に割って入った。
新キャラ出ました。さて、どうなっていくのでしょう? 作者もわかりません 笑




