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リンカとの生活


 空は青く、森には可愛らしい小鳥の囀りが響き渡っていた。

 時折現われる切り立った断崖にさえ気を付ければ、この森の危険は少ない。


「これで終わりか……」


 背嚢ザックを背負ったロイドは、手にした石板から顔を上げた。

 石板の上に光が走り、これで全ての点と線が結びつく――これにて現在請け負っている地形調査マッピングの依頼は完了であった。


 正直なところ、地形調査などといった依頼は、あまりに退屈で冒険者界隈ではあまり人気が無いのは確か。

しかし先日ギルドへ向かったところ、今のロイドが受注できる日帰りの仕事はこれぐらいしかなかった。だけどもこれぐらいの仕事が、今の環境には丁度良かった。


(さて、帰るか)


 日も傾き始めている。完成した地図マップの提出は明日に回そうと、踵を返す。

ここ最近の彼の足取りは凄く軽やかだった。

それは久方ぶりに“帰る家があるため”か、はたまたは別の理由か。


 暫く歩いて森を抜けると、小さく森が開けた。

 青々としたステップが地面を覆い、野草の花の類が穏やかな風を受けて、ゆらゆらと揺れている。


 ロイドは穏やかな陽だまりの中に佇んでいた、可愛らしい小屋へと向かっていく。


「ただいま。戻ったぞ」


 ドライフラワーのリースが掲げられれた扉を押し開けて、ここ最近でようやく言い慣れた決まり文句を響かせる。

 奥からぱたぱたと足音が聞こえてくる。そして家主のリンカがひょこり顔を出し、帰宅したロイドを笑顔で迎えた。


 お帰りの返答は無い。それを望むのは声を失ったリンカにとって酷なこと。それは彼女も承知している。だから帰宅すると、返答の代わりに必ず姿を見せ、笑顔を贈ってくれる。そんなのが日課になっていた。 


「きちんと勉強してたか?」


 扉を締めつつ聞くと、質素なシャツとホットパンツ姿のリンカはもじもじと身体を揺らしながら、小さく首を縦に振る。

その様子はまるで小さな子供のようで、彼女が稀代の大魔法使い“リンカ=ラビアン”であるなど、誰が想像できようか。

 

 リンカに先導され、質素なリビングへ向かっていく。

そして早速、机の上に広げた大きな羊皮紙を見せてきた。


 ロイドが地形調査をしている間に、リンカには神代文字の課題を与えていた。


 今日の課題は神代文字の基礎中の基礎――“ひらがな五十音”全ての書き取りであった。


 ほんの一時期、魔法学院で神代文字の教鞭を執っていたロイドは、リンカの書き取り成果に視線を落とす。

そして、頭を痛めた。


 とりあえずは書けてはいる。「え」は克服できたようだ。「す」は“十の字を書いて、真ん中辺りにちょこんと半円が乗っているだけだし”「を」は形が明らかに崩壊している。


 羊皮紙の向こうではリンカがちらちらと、蒼い瞳でロイドを覗いている。

きっと“頑張ったことを褒めてほしい”のだろう。


「まぁ、なんだ……頑張ったな。「え」は良くなっている」

「!!」


 満面の笑顔。さすがにこの顔をされて「す」や「を」の酷さを指摘するのは憚られた。


(あとでしっかりと教え直さないとな……)


 そんなことを考えていると、美味しそうな匂いが鼻を掠めた。

 気が付くとリンカは奥の台所から、鉄なべを持ってきていた。名シェフ様は、鍋の蓋を開けて、自慢げに胸を張る。

鍋にはほかほかと温かい湯気を上げるシチューがたっぷりと仕込まれていた。


「旨そうだな。いつもありがとう」


 リンカはにっこりと笑顔を浮かべて、ロイドは席に着く。

彼女は手早く食器を用意し、シチューをよそって、バゲットの配膳をしてゆく。

 更に彼女自身は一滴も飲まない葡萄酒を樽から注ぎ、カップで差し出してくる。


 今でもこの至れり尽くせりの対応はこそばゆい。

だからといって自分で動こうとすると必ず、リンカが肩を押さえつけて座らされる始末。

無理に何かをしようとすれば、不安げな視線をよこしてくるので、もはや自分で食事の支度をすることは諦めていた。


「精霊の御心と今日の恵みに感謝を――いただきます」

「!」


 ロイドの祝詞に合わせて、リンカは恭しく食事に頭を下げた。

早速匙を手に取り真っ白なシチューを一口……やはりいつものように少し塩気が足りない。

 リンカはいつものように真剣な眼差しを送ってきている。


「今日も旨いよ」


 リンカは顔を綻ばせ、彼女自身も食事にありつく。今日も塩は足さない方が良さそうだった。


 食事の最中もリンカは終始、ロイドのことを気にかけ、カップが空になれば葡萄酒を注ぎ、バゲットが無くなれば切るかどうかナイフを片手に首を傾げる。


 だいぶ慣れたとはいえ、それでもリンカのきめ細やかな対応へは、妙なくすぐったさを感じる。

 一応、ロイドはリンカに“雇われている身”なのであるが……


(これじゃまるで俺がリンカを使用人として雇っているみたいだな)


 しかし雇い主殿が進んで家事をして、満足をしているなら仕方がない。


「ありがとう」


 リンカが差し出してきた食後のお茶を、素直に口にするロイドなのだった。


 これが今の彼の日常であった。パーティーを組んでからそろそろ一か月が経とうとしていた。

しかし今のところ、二人でどこかへ赴くことは無く、こうして静かに暮らしている。


 きっとリンカ自身も色々とあったために思うところがあるのだろう。もしかすると冒険というものに嫌気がさしているのかもしれない。だからこそロイドは彼女の好きなようにさせ、自分もまた極簡単な依頼のみにとどめて、日没前にはリンカの家へ帰るようにしていた。


 本当に穏やかで、のどかな日々。


 危険な冒険者生活とは程遠い、のんびりとした日常。


 リンカと出会わなければ、こうした日々を送ることなど無かっただろう。


 これはこれで悪くない。ロイドはそう思う。


 そんな中、玄関戸を誰かがノックしていた。


 ロイドは立ち上がり、リンカはいつものように苦笑いを浮かべて、申し訳なさそうに頭を下げる。

声の出ないリンカよりも、来客対応はロイドの仕事。

さすがのリンカもそれは分かっているようだった。


「どちら様?」

「あっ、先生!」


 知り合いの弾むような声が聞こえ、ロイドは警戒心を解いて扉を開ける。


 長い銀髪の間から長耳を覗かせた美しい魔法使い――リンカの魔法学院時代の同級生で、ロイドの教え子でもあったSランク魔法使いの【サリス】 いつもは飄々として表情に余裕が感じられるのだが、今日はいやに焦っているように見受けられた。


「どうした? 何かあったのか?」

「先生、リンカ助けて! オーキスたちが迷宮ダンジョンで行方不明になっちゃったみたいなの!!」





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