第一章 07 ノアタムアの精霊と魔物
07 ノアタムアの精霊と魔物
「まず、お前のポーチを開けて『蓄光石』を取り出してみろ。銅貨と同じ色に光っているからすぐにわかるはずだ」
私はナイフを鞘に収め、腰のポーチの蓋を開ける。すると確かに、銅の輝きを放つ物が目に入った。取り出してみると、親指と人差し指で作った輪ぐらいのサイズの平たい石で、真ん中に小指の先ほどの穴が開いている。そこにひもが通っていた。
「さっき、こんなのあったかなあ」
「財布を出したときは光っていなかったから気づかなかっただけだ。それは蓄光石といってな、魔物狩り屋の必需品だ。無くさないように首から掛けて服の内側に垂らしている者が多いな。シンもそうするといい」
その石に通っているひもは、確かに首に掛けるのにちょうどいい長さだった。私はその石を首から下げる。
「で、これは何なの?」
胸元で光る石をつまみながら私はノアタムに尋ねた。
「今の戦闘はそれほど疲れなかっただろう。町に向かいながら説明しようか」
ノアタムはひれで町の方向を示す。私はうなずき、ゆっくりと泳ぎだした。
先ほどと違い、海底近くを泳ぎながら私はノアタムの説明を聞いた。
「蓄光石について説明するには、まず、この世界の魔法や魔物について説明しなければならんな。
この世界には、こういう伝承がある。
『はるか昔、精霊と人魚は契約した。
精霊、それは世界を構成するエネルギー。
人魚は、その力を意のままに操ろうとした。
精霊も、自分達の力が世界に満ちるのは喜ばしいと、人魚との契約に応じた。
しかし精霊は言った。
お前達、人魚に自由に使われてやる代わりに、同じだけの災厄を人魚にもたらすぞと。
そうして数々の魔物が生まれた。
この、ノアタムアの世界に……。』」
「ゲームのOPで流れる、世界観の説明のナレーションみたいな奴だ」
「うむ。この伝承は神話でも何でもなく、現在も有効だ。
この世界には精霊がいる。それは珍しい存在ではなく、町に行けば簡単に出会えるぞ」
「へえ、そうなんだ。『精霊』……。アラジンの魔法のランプから出てくるような奴?」
「いろいろだ。精霊は人魚に魔法を使えるようにさせたり、人魚の生活に役立つアイテムを作ったりする。
だが、ただ便利に使われているだけではない。人魚が精霊を使った分だけ、この世界には魔物が生まれてくるのだ。
お前が今倒したザーコウオ、あれは、人魚に使役される精霊のストレスが具現化した存在なのだ」
「ほう」
私はうなずいてノアタムの話の続きをうながす。
「伝承にあるように、精霊は世界を構成するエネルギーだ。もっと詳しく言うと、世界のエネルギーを、人々の生活に役立つ形に切り取って具現化させた存在が、精霊なのだ。だから常に精霊は人魚に協力的だ。
だが、精霊が人魚に便利に使われれば使われるほど、精霊のストレスは世界を構成するエネルギーの中に蓄積していく。その、マイナスのエネルギーが具現化した存在が、魔物だ」
「へえ……。ってことは、人間、じゃないや、人魚が精霊を使わなければ魔物は生まれてこないの?」
「うむ。だが、魔物が生まれてこないのが良いというわけでもなくてな。
人魚にとって便利だから『精霊』、人魚にとって害があるから『魔物』と、人魚が分類しているだけで、精霊も魔物も、『世界のエネルギー』という意味では同じなのだ。
精霊がプラスなら、魔物はマイナス。
等式で言うなら、人魚が何もしなければそこに波は立たず、等式の左右はどちらもゼロだ。
だが人魚が精霊を100使えば、マイナス100の魔物が生まれる。等式の片方はゼロだが、等式のもう片方は、100マイナス100になる。
0=0。
0=100-100。
どちらも式としては正しいが、後者の方が、数字に動きがあるだろう。
世界のエネルギーが、ゼロのまま動かないよりも、プラスとマイナスという形であっても躍動した方がいい。精霊自身もそう思っているのだ。
伝承の、『精霊も、自分達の力が世界に満ちるのは喜ばしいと、人魚との契約に応じた。』の部分だな。だから魔物が生まれるのは悪い事ではないのだ」
私は頭の中でノアタムの話を整理する。
「ええっと、つまり、停滞してるよりは波風が立った方がいいってこと? ずっとゼロのままより、結果的にはプラスマイナスゼロでも、その過程で山あり谷ありだった方がいいってこと?」
「うむ。最初から最後まで何も起こらない物語より、波瀾万丈の物語の方が面白いだろう。最終的に大団円になるのなら、後者の方が楽しいはずだ。
人魚が精霊を便利に使い、それによって魔物が生まれることで、世界のエネルギーは活発に循環する。だから精霊も喜んで人魚と契約したのだ。人魚の行動によって、言ってしまえば、無から有が生み出されるわけだからな」
「なるほどねえ……。
あれ? でも、精霊って、さっきあんたが『世界のエネルギーを、人々の生活に役立つ形に切り取って具現化させた存在』って言ってなかった?
人魚と契約する前から、精霊はいたってこと? 精霊は人魚が具現化させたんじゃないの?」
「ん、おお、確かにな。冷静な疑問だ、いいぞ。
今、町にいる精霊達は、人魚の『魔法を使えるようにしてほしい』『こういうアイテムを作って欲しい』などの要望の元に、人魚によって具現化させられた存在だ。
だが、人魚の手に寄らなくても、精霊が自然に具現化することがあったのだ。
いわゆるパワースポットのような、世界のエネルギーが集中する場所で、集まったエネルギーが自我を持ち、自らを形作って動き出したのだな。
その精霊は、人魚のために現れて来た存在ではないから、人魚に常に協力的なわけではなかった。だが、自我を持ち、意思の疎通が可能だったので、人魚との契約に応じることにしたのだ。
そして、人魚にとって常に協力的な『精霊』と、その反動で人魚に敵対心を持つ『魔物』が新たに生まれてくることになったのだ。
『世界のエネルギー』という意味では同じだが、伝承に語られている精霊は、今、町にいる『精霊』よりも、もっと原始的な存在ということだな」
「うーん……」
私は腕を組んで考え込む。が、腕を組むと泳ぎのバランスが取りにくいのですぐに元に戻した。
「なんか、精霊精霊で混乱してきた……。あんたの話、わかったようなわからんような……」
「言葉だけの説明ですべてを理解するのは難しいだろうな。これから町へ行って、実際に精霊を目にすればだんだん理解してくるだろう」
「そうだね。あっそれで、このアイテムは結局なんなの?」
私は首から下げた石をもう一度つまみ上げた。
「うむ。では次に蓄光石について説明しよう」