第一章 02 人魚の財布
02 人魚の財布
「ほんとだー! いろいろ置いてあるー」
私はまず服を手に取る。黒っぽいタンクトップと、厚手の茶色のスカートだった。タンクトップは普通に着れば良かったが、スカートは、爪先から履く要領で尾ひれの先から通そうとしたが、慣れないので少し手間取った。だがなんとか体に通すことが出来た。
スカートのウエストにはひもが入っており、ひもを絞って腰に安定させる。スカート丈は、人間で言えば膝上ぐらいだろうか。先ほど下着と言われた巻きスカートがちょうど隠れて見えなくなる。
タンクトップもスカートも、サイズはあつらえたようにぴったりだった。これも神の力か。
それから、ベルトで腰に着ける、鞘付きのナイフがあった。刃渡り三十センチほどで、包丁より大きい。腰に着けるとしっかりとした重みがあり、鞘から抜いてみるとキラリと光った。ドキドキする。
そして、ベルトで腰に着けるポーチと、両肩に背負うリュックサックがあった。
「これには何が入ってんの?」
「ポーチには財布やハンカチ、リュックには下着の替えとかいろいろな。中身は必要になったら随時説明してやろう。
そうだな、とりあえず今は通貨の説明だけしておくか。ちょっとポーチから財布を出してみろ」
ポーチはかぶせ蓋をボタンで止めてあるタイプだった。私はボタンを外し、ポーチの中を探ってみる。すぐに、ずっしりした重みのある小袋が見つかった。
「これかな? 結構入ってるね」
「ちょっと、そこに中身を出してみろ」
財布は長方形の袋の口をひもで縛ったような形だった。ひもをほどき、地面の岩の平らなところに中身を全部出す。さまざまな大きさと色の硬貨がそこに現れた。
「この世界の通貨の単位は『テニエル』という。1テニエルは日本円の十円ぐらいの価値だ。金貨と銀貨と銅貨がある。
金貨は、大小二種類。大金貨が10,000テニエル。小金貨が5,000テニエル。
銀貨も、大小二種類。大銀貨が1,000テニエル、小銀貨が500テニエル。
銅貨だけは、大中小の三種類。大銅貨が100テニエル、中銅貨が10テニエル、小銅貨が1テニエル。
銅貨は、日本人にとっての小銭のような物だから、1テニエル銅貨、10テニエル銅貨、100テニエル銅貨という呼び方が一般的だな。それぞれ十円玉、百円玉、千円札、のような感じだ。
銀貨は、一万円札と五千円札に相当するから、ちょっとした大金という感じだな。
金貨は、十万円と五万円に相当するから、日本の通貨に存在しない貨幣なので、かなりの大金! という感じがするだろう」
私は広げた財布の中身を種類ごとに並べてみようと思った。
「ねえ、これ、アラビア数字が書いてあるように見えるんだけど」
「お前には人魚の言語が日本語訳されて届くように設定したと言っただろう。通貨の文字も翻訳されているのだ」
「でこぼこになってる文字まで変換されて目に映るんだ。すごいなー」
だが、その方が見やすいことは確かだった。私はすぐに硬貨を順番に並べることが出来た。
1テニエル銅貨が、十円玉より小ぶりの大きさ。
10テニエル銅貨が、百円玉ぐらいの大きさ。
100テニエル銅貨が、千円札、ではなく、五百円玉ぐらいの大きさ。
小銀貨は100テニエル銅貨よりやや大きく、小金貨は小銀貨より更に大きかった。
大銀貨は千円札を四つ折りにしたぐらいの楕円形で、大金貨は大銀貨より一回り大きい楕円形だった。
金貨は各一枚ずつ、銀貨は二枚ずつ、銅貨は三枚ずつあった。
「合わせて1,8333テニエルだ。日本円でいうと十八万と三三三〇円。所持金として、これだけあればひとまず困らんだろう」
「そうだね。それに金貨とか銀貨とか、異世界に来たって感じ!」
私はそれらを手に取って重みを確かめる。RPGでは『しょじきん』の欄の数値が増減するだけだが、これはリアルに存在している貨幣なのだ。それを堪能する。
「で、これが財布だよね。なんか変な形じゃない?」
先ほど通貨を取り出した袋を私は手に取る。中身を取り出したので、今はふにゃっとしている。
長方形に近いが、短い方の辺はどちらも、内側に三日月のようにくびれている。底の方がくびれが深く、くびれの浅い方が開く形の袋だ。
ひもは上下四つの三日月の頂点から出ており、先ほどはこのひもで袋の口を縛っていた。
「それか? それは『人魚の財布』だ。日本語でそういう言葉を聞いた記憶はないか? ナヌカザメの卵をそう呼ぶのだ。ここは異世界なのでナヌカザメそのものはおらんが、せっかく人魚が持つ財布を設定するのだからな。『人魚の財布』と呼ばれるナヌカザメの卵を模した財布を設定したのだ」
ノアタムは自慢げに説明した。
「へー。こんな形の卵があるんだー」
「うむ。実際の卵よりは大きくして、通貨がたくさん入るようにはしたがな。それと、ひもは本来は卵を海藻に固定するための物だが、布でそれを模した財布を設定するに当たり、ひもは中身が飛び出さないように、袋の口を縛るために使うことにした」
「うーん、でもさあ、これ、使いづらくない?」
得意げだったノアタムは水を差されたような顔をした。私は構わずに続ける。
「だってさー、財布だよ? お金の種類ごとに分けて入れられないと不便だよ。十万円の金貨と百円玉みたいな銅貨が巾着みたいなただの袋に全部入ってるなんて。
それにこれ、巾着ですらなく、いちいち袋の口を手で絞って、ひもをぐるぐる巻きにして縛らないといけないでしょ? お金使うときに毎回それやるの超めんどくさいよ」
ノアタムはしばらく黙った。
「……確かにそうだな。『人魚の財布』という響きにばかり気を取られて、使い勝手のことを忘れていた。……うむ、お前にはそういう指摘をしてもらいたいのだ」
ノアタムはダメ出しされてちょっとショックを受けたようだが、気を取り直したようだ。
「ひもじゃなくてさ、ファスナーとかないの? お金とかナイフとか、あとベルトにバックルも付いてるし、海底でも金属の加工はできるんだよね?」
「うむ。海底にも金属の鉱脈はあるし、魔法の炎が使えるから鋳造も出来る。だがファスナーはちょっと構造が複雑だから、中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界観には合わんな。
……ファスナーでなく、がま口ならどうだ」
「がま口の財布でもいいけど、中世ヨーロッパにがま口ってあったっけ?」
「地球の中世に存在したかどうかは問題ではない。このノアタムアの中で、不自然でないかどうかが重要なのだ。
財布をひもでいちいち縛るのは面倒、と考えるのは人として自然なことだ。だから開閉が便利な財布の需要が発生する。
金属の口金ならファスナーほど難しい構造ではないから、誰かがその形を思いつけば、がま口の財布が作られてもおかしくないはずだ」
「なるほどねえ。この世界で矛盾してなければいいんだ」
「使い勝手のいい物だから広く普及しているだろうし、お前が持っていてもおかしくないな。ちょっと、もう一度ポーチを探ってみろ」
「え? でも、この『人魚の財布』が私の財布なんでしょ? がま口の財布の設定は今あんたと話して決まったんだし、それがこの中に入ってるなんてことがあるの? 欲しいものが何でも出てくるなんて、このポーチ、四次元にでもつながってるの?」
私はポーチとノアタムを見比べる。
「そうではない。お前は先ほど、ポーチの中を隅々まで調べたわけではないだろう。つまりさっきの岩陰と同じく、ポーチの中身はまだ未確定なのだ。『さっきは気づかなかったが、がま口の財布も中に入っていた』ことにすれば、そのポーチの中からがま口の財布が取り出せるはずだ。ポーチの容量を超えない範囲であればそういうやり方が使える」
「へーっ! 便利だなー。じゃあ、『そのがま口の財布は中に仕切りがあって、小銭を分けて収納できる』ってことにもできるの?」
「そのぐらいの要素なら何の問題もなく追加できるぞ」
「わあ。じゃあそういう財布を出してみよっと」
私は欲しい形をイメージしてポーチを探った。すぐに、イメージ通りの使い勝手の良さそうながま口の財布が見つかった。
「ああ、ほんとに中に仕切りがあるよ。あんたの力ってすごいんだねえ」
「神だからな。だが、そっちの財布はもう使わないんだな」
ノアタムはまたどや顔になりかけたが、『人魚の財布』を見て少し寂しそうな顔をした。
「あー……。じゃあ、金貨だけ『人魚の財布』の方にしまっとくよ。五万円と十万円に相当だっけ? そんな大金、頻繁に出し入れしないでしょ。ひもで縛る財布に入れてもいいや。がま口には銀貨と銅貨を入れることにするわ」
ノアタムは嬉しそうな顔をした。
「おお、そうするといい」
喜ばれてこちらも悪い気はしない。私は二つの財布にお金を整理して入れ、ポーチにしまった。




