7 学校の怪談
相手が完全に立ち止まってしまったため、風太は相手を必要以上に怖がらせてしまったことに気づき、ニッコリ笑って詫びた。
「ごめんよ、慎之介。何でもないんだ、気にしないでくれ」
教師は少しホッとしたように、「気にするよー」とぎこちなく笑い、再び歩き始めた。
「おれは中学に上がる前にこっちに引っ越したから詳しくは覚えてないけど、風太ん家って、なんかお祓いみたいなことする家だったろう。だから、風太も霊感とかあるんじゃないのかと思ってたんだよ」
横を歩きながら、風太は苦笑した。
「近所の子供たちはみんな、そんなこと思ってたんだな。だが、安心してくれ。ぼくには一切霊感はないからさ」
逆に、教師は少しガッカリしたように「へえ、そうなんだ」と言ってから、少し含羞んだように笑いながら「実は、ちょっと期待してたんだよね」と付け加えた。
「どういうことだい?」
教師はハッキリ説明した方がいいと覚悟を決めたらしく、再び立ち止まった。
「気を悪くしないでくれよ。風太を呼んだのは、もちろんパペットのショーを子供たちに見せるのが目的なんだけど、もし、風太に霊感があったら、校内で起きてる変な現象の原因がわかるかもしれない、と思ってさ。さっき言ったウサギやニワトリの件以外にも、おかしなことが、色々起きた、いや、起きているんだ」
「ふーん、そうか。じゃあ、ぼくも慎之介には、ハッキリ言っておこう。霊感がないのは事実だけど、いわゆる魔界のことは少しわかるし、実は、そういう仕事もしてる。まあ、平たく言えば、家業を継いだってことかな」
教師の顔がパッと輝いた。
「そうか、そうなんだな! 助かったあ。ここは学校だから、変なことが起きても、拝み屋さんには頼めないし、困ってたんだ。風太が幼なじみで良かったよ」
風太はワザと呆れたように、「なんだよ、最初からタダ働きさせるつもりだったな」と教師に文句を言った。
教師は困ったように頭を掻いた。
「すまん、やっぱり本当は謝礼って高いんだろうな、こういう仕事って。学校からはお金は出ないけど、なんならおれがポケットマネーで」
風太は笑いながら「冗談さ」と言った。
「慎之介からお金は取らないよ。その代わり、地元の美味しいものでも教えてくれればいい。もっとも、パペットパフォーマンスの料金は、ちゃんといただくよ」
「ああ、それはもちろんさ。ちゃんと学校の催事費から出るよ。それより、校長をあまり待たせられないから、別件の方は、挨拶が終わってからゆっくり話そう」
途中、動物を飼っていたらしい小屋の前を通った時、風太のショルダーバッグの中身がモコモコと動いたが、風太は小声で「わかっているよ」と囁いて、バッグの上からポンポンと軽く叩いた。
授業中とはいえ、校舎のある辺りには活気がなく、子供の話し声などまったく聞こえてこない。静かというより、まるで誰もいないかのようだ。
校舎の中に入り、一階の廊下を奥に進むと、突き当りの左側のドアの上に【校長室】というプレートが出ていた。
教師は先に立って校長室のドアをノックした。
「横尾です。今よろしいでしょうか? 今日、人形劇をやってもらう友人を連れて来ました」
中から「どうぞ」という声がした。高齢の女性の声だ。
横尾と名乗った若い教師は「失礼します」と言ってドアを開けた。その背中越しに、風太にも室内がチラリと見えた。色々なスポーツ大会の優勝トロフィーが、たくさん並んでいるようだ。
横尾に続いて風太が室内に入ると、校長らしき人物は立ち上がり、こちらに向かって歩いて来た。六十歳手前ぐらいの痩せた女性だ。ほぼ真っ白な髪をベリーショートにし、地味な色調のスーツを着ていた。いかにも鬼教師というような厳しい顔をしている。その視線は、真っ直ぐ風太の髪型に向かっていた。
怒りだすのかと思いきや、何故かフッと表情が和らぎ、片手を差し出した。
「初めまして、半井さま。わたくしが、当矢窯小学校の校長を勤めさせていただいております、大志摩弥生と申します」
「こちらこそよろしくお願いします。半井風太です。風太と呼んでください」
風太も普通に右手を出し、大志摩校長と握手を交わした。
一秒、二秒、三秒と時間が過ぎ、無言のまま、なかなか双方とも手を離さない。十秒ほど経ったところで、どちらからともなく手を離した。
校長はニーッと笑い、横尾に「それでは、詳細は飯田先生と相談してください」と指示した。
校長室を出て職員室に向かいながら、風太のバッグの中身はずっとモゾモゾと動いていたが、風太は自分の考えに沈み、もはや気にしていなかった。
横尾が職員室のドアを開け、「飯田主任、お話していた友人を連れて来ました」と告げると、中から「おう」と返事があった。
横尾の後ろから中に入り、待っている飯田という教師を見て、風太はギクリとした。
校門の前にいた、あの体育教師だった。