5 発見されなかったもの
風太のショルダーバッグから、ヒョイとパペットが顔を出した。
「若、油断召さるな! こやつ、人間ではありませぬぞ!」
ほむら丸に警告されるまでもなく、こんなことができる人間はいないだろう。
正体がバレて開き直ったのか、体育教師はカメレオンのような舌をヒラヒラさせながら、ただでさえ横長の口をギューッと横に開き、グロテスクな笑顔のパロディのような表情になった。
風太はアルカイックスマイルを浮かべ、視線は体育教師から逸らさぬまま、「ほむら丸、友達の猫叉は大丈夫かい?」と訊いた。
「それは心配ござらぬ。変身ではなく憑依でござりますれば、殻を失っただけのこと。近くに隠形しておる気配がござりませんので、驚きのあまり、本来の殻に戻ったのでしょう」
体育教師の姿をした化け物は、「人形と何をゴチャゴチャ話しているのだ。おまえのような不審者は、絶対、中には入れんぞ」と言って、ケケケというような耳障りな声で笑った。
その時、校内から「おーい、風太じゃないかー!」という声がして、ほんの一瞬、風太が視線を外した間に、体育教師の姿は消えていた。
「逃げたか。というより、偵察に来ていただけかな」
「何ブツブツ言ってんだ?」
校門の近くまで走り寄って来た男にそう言われ、風太は苦笑して首を振った。
「いや、何でもないよ。それにしても、すっかり先生の顔になったなあ、慎之介」
慎之介と呼ばれた若い教師は、少し照れたように笑った。
「そうかな、自分じゃまだ半人前と思うけど。ああ、それより、早く中に入ってくれ。校長に紹介するからさ」
若い教師は、校門の横の小さな通用口を開けて風太を招き入れた。
並んで校庭を歩きながら、横目で自分の髪型をチラチラ見られているような気がして、風太は訊いてみた。
「この髪型じゃ、マズかったか?」
教師は慌てて否定した。
「いや、マズくはないさ。芸人さんだから、目立つ格好をしないとね。ただ、そのう、校長がわりと身なりにうるさい人でさ、ビックリするかも。それにしても、ずいぶん思い切った髪型にしたよねえ」
風太は「まあ、いろいろ事情があってさ」とだけ答えた。
「それより慎之介。ぼくなんかが小学校でパフォーマンスすることを、よく許してもらえたね」
「それはおれというより、学年主任の飯田先生のおかげだよ。伝統芸能がどうやって現代に継承されているのか子供たちに見せたいって言ったら、即決してくれたんだ。学生のころ落研(=落語研究会)に入っていたそうで、そういうことに理解があるんだ」
「まあ、ぼくの芸は、伝統芸能なんてそんな大したものじゃないけど」
「いいんだ、いいんだ。おれが今言ったのは表向きの理由さ。本当は子供たちを笑わせて、元気づけてやりたいんだよ。実は」
教師の顔が急に曇った。
「どうした、学校で何かあったのか?」
「ああ。最近、学校で飼っていたウサギやニワトリが次々に噛み殺されちゃってさ。野良犬なのか、野生のイタチなのか、犯人はわからないんだけど」
「ほう」
「それだけじゃなくて、近頃どうもおかしなことが続いて、子供たちも元気がないんだ。気のせいかもしれないけど、葦野ヶ里遺跡に遠足に行ってから、どうも校内の様子が変なんだよ」
「葦野ヶ里といったら、確か古代の環濠集落の跡地だよね。実は、ここが本当の邪馬台国かもしれないとか言われてるって、ニュースで見た記憶がある」
「そうなんだ。学校から近いし、毎年遠足で行くんだ。特に、今年は変わった甕棺が発見されて話題になったからさ、子供たちも喜ぶだろうと思ったんだけど」
「変わった甕棺?」
「そう。甕棺というのは、大きな素焼きの甕を二つ合わせて棺にしたものだけど、今年発見されたのは、普通のものの何倍も大きくて真っ黒で、何か宗教的な儀式に使われたものらしいんだ」
風太は思わず「もしかして、繭かな」と呟いた。
「え? 何だって?」
「あ、いや、何でもない、ちょっと思い出したことがあって、独り言だよ。で、その甕棺は見れたのかい?」
「見れたには見れたんだけど、みんなちょっとガッカリしたよ」
「何故?」
「発見された時から、合わさっている二つの甕がどうしても外れなくて、中に宝物でも入っているんじゃないかと思われていたんだけど、おれたちが遠足に行った前の晩に独りでに開いちゃったらしいんだ」
「なにっ! 中に何があったんだ!」
教師は風太の剣幕にたじろいだ。
「ど、どうしたんだ。脅かすなよ。別に何もないよ。空っぽさ」
風太は滅多に見せないような厳しい表情で、「遅かったか」と呟いた。