3 炎の剣
「ほむら丸、鬼火を細長く、棒のような形に出せないか?」
風太に言われ、ほむら丸は「このように、でございますか」と、パペットの口から1メートルほどの細い炎を吹き出した。
「いや、もっと長くだ。一間(=約1.8メートル)ぐらいに」
炎がビューッと倍ぐらいに伸びた。
風太は炎の出ているパペットの体に右手を添えて、刀のように左右に振ってみた。
「よし、これでいい」
風太の目が細められ、炎の剣を中段に構えた。メラッと気合いが漲る。言葉遣いも変わった。
「いざ、参れ!」
その時にはもう、瞼のないような真ん丸な目をした集団は、すぐ近くに迫っていた。
風太は大きくジャンプし、「破!」と叫ぶと、彼らの頭上で炎の剣をまず水平に大きく左に振った。振り切ったところですぐに右に返して、反対側に振り抜いた。
中腰の体勢で地上に降りるのと同時に、「ほむら丸、鬼火を止めよ!」と命じた。
炎が消え、風太が腰を上げると、襲いかかって来ていた集団に異変が起きていた。みな普通の目に戻り、立ち止まってザワザワと私語をしている。中には、風太を見て首を傾げている者もいた。
風太はニヤリと笑って「さあ、みなさん、こっちを見て!」と右手の人差し指を上に伸ばした。注目が集まったところで、指をゆっくり左右に振る。みなの目がトロンとなった。
「いいですか、ぼくが三つ数えて指を鳴らしたら、今の出来事は忘れ、みなさんそれぞれのやるべきことに戻ります。三、二、一、はい!」
パチンという指の音とともに、何もなかったように全員三々五々散って行った。
ほむら丸が「若、お見事!」と褒めると、風太は苦笑した。
「玲七郎の真似をしただけさ。彼も頭上の何かを切っていたからね。それが、ほら、これさ」
風太は手のひらで、上からフワフワと落ちて来る蜘蛛の糸のようなものを受け止めた。
「いわゆるエンゼルヘアーだ。彼らは、文字どおりの操り人形だったのさ」
風太の横で成す術もなく唸っていただけの猫叉は、「感服いたした」と感嘆の声を上げた。
「是非とも、おぬしの手でこの異様なる敵を退治てくりゃれ」
風太は笑って「そうできればね」と応えたが、「あ、しまった!」と頭に手を当てた。
「せっかく人が集まったのに、道を聞く前に解散させちゃったよ」
猫叉が「どちらへ参られる?」と訊いた。
「そうか、きみはこの辺りに土地鑑があるよね。矢窯小学校って知らないか?」
「知るも知らぬも、現在の吾が主人の通うておる学校じゃ。案内しよう。とりあえず、人目につかぬ生き物に憑依する故、しばし、待たれよ」
その時、風にヒラヒラと舞うように、小さな蝶が飛んでいるのが見えた。羽根にオレンジ色がチラチラと見えるから、ベニシジミであろう。
「おお、あれなる蝶が好かろう。ついて参られよ」
猫叉の姿がフッと消え、風太の前にベニシジミが飛んで来た。
「なるほど。粋な道案内だね。よろしく頼むよ」
風太はパペットをショルダーバッグにしまうと、ベニシジミの後をついて行った。
大通りから細い路地に入り、何度か角を曲がると、小学校らしき建物が見えて来た。門柱に【矢窯小学校】というプレートがある。すでに授業が始まっている時間なので、校門は閉まっていた。
校門の横に、ジャージの上下を着た、体格のいい男が腕組みをして立っていた。体育教師のようだ。遅刻してくる児童を見張っているのだろう。
その顔を見て、風太はギクリとした。極端に黒目が小さな三白眼をしており、唇の薄い口が異様に横に長い。
薄気味が悪いが、ひとまず、この教師に話しかけるしかないようだ。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
体育教師は顎を突き出し、「ああん、何だ、おまえは?」と訊いてきた。
失礼極まりない態度だが、自分の髪型や服装で不審者と勘違いされているのだろうと、風太はなるべく愛想よく見える笑顔で説明した。
「聞いていらっしゃると思うのですが、こちらに勤めている教師、横尾慎之介の同窓生で、半井風太といいます。今日、子供たちの前でパペットショーをやせていただく者です」
だが、体育教師は、にべもなく断った。
「おれは聞いとらん。素性のわからん者を通すことはできん!」
風太が困っていると、痺れを切らしたのか、猫叉の憑依しているベニシジミが、グルグルと体育教師の周りを飛び回った。
と、それを横目で見ていた体育教師の口がパクッと開き、細長い舌がピューッと伸びて、アッという間にベニシジミを絡めとって食べてしまった。