エピローグ
県庁所在地とは思えないほど鄙びた駅の一か所に、人が集まっていた。狭いコンコースの中で、その一角だけは聖域であるかのように、通行人が皆避けて行く。
その集まりの中心に、ボワッと膨らんだアフロヘアーの若い男が立っていた。デニムのオーバーオールを着て、肩に布製のショルダーバッグを掛けている。まるで、教育テレビに出て来るキャラクターのような格好だ。
傀儡師の風太であった。
「一応、周囲に結界を張りましたので、この場では何を話されても大丈夫です。改めまして、総支配人、三日間、本当にお世話になりました」
仏像のような静かな笑顔で頭を下げた。
ちょうど向かい合わせの位置にいた、黒いドレススーツを着た有魅が、真っ赤なルージュを塗った唇の両端をキュッと上げて微笑んだ。
「うちのホテルなら、あと何泊してもらっても良かったのに」
「あ、いえ、もう体調も戻りましたし、あんまり居心地が良過ぎて、仕事したくなくなってしまいますから」
すると、有魅の横に立っている、真っ白なベリーショートの髪に合う地味な色のスーツを着た弥生が、「風太さん、もう仕事に戻るの?」と尋ねた。
「はい、校長先生。おかげさまで、他の学校からも引き合いが来ました。飯田先生によろしくお伝えください。それから、慎之介、いや、横尾先生にも」
「わかったわ。でも、あんまり無理はしないでね。それから、皐月が是非また来て欲しいと言っていたわ。どうも、あなたを気に入ってしまったみたいよ」嬉しそうに笑った。
それを聞いて、隣の頭一つ背の高い玄田が「残念っす」と言うと、並んで立っていた相原がエルボーをお見舞いした。
「浮気者!」
二人のやり取りを微笑ましい目で見ていた風太が、「慈典によろしく伝えてね、相原さん」と頼んだ。
「はい。お見送りに来れなくて、広崎先輩も残念がっていました。でも、以前と違って、今はとても仕事が楽しいんだって言ってましたよ。あ、すみません、総支配人」
相原がペコリと頭を下げると、有魅は真っ赤な唇で苦笑した。
「謝るのは、こちらの方よ。ダゴンがいる間は、嫌な思いをさせて、本当にごめんなさい。でも、残党は全て、大先生と若先生が綺麗にしてくだすったわ。もちろん、警察や市役所もね。ねえ、若先生?」
玲七郎は、相変わらず黒いシャツのボタンを一番上まで留め、我関せずという態度で立っていたが、「まあな」と頷いた。
「殆どは親父のやったことだけどよ。葦野ヶ里遺跡からこっちの市街地まで、徹底的にクリアにした。但し、今回は伝統的な妖怪たちの生活の場は荒らさないように気をつけたらしい。その代わり、いつもより疲れたから温泉に入りたいって言って、この先の有名な温泉地に行っちまった。そんなの、遊ぶための口実さ。おれは、まあ、ホテルと学校を、ちょこちょこっとやったくらいだな。大したことはしてねえよ」
風太は「ありがとう、玲七郎さん」と頭を下げた。
「ふん。礼を言うなら、麒麟に言いな。親父も言ってたが、もし、あいつが来てくれてなかったら、マジでヤバかったぜ」
「それはもちろんですが、今回は全員が力を合わせたからこそ、強敵を倒せたと思っています。おお、一番の功労者が来ましたよ」
皆が風太の視線を追うと、駅のコンコースとアーケード街を繋ぐ通路から、黒い仔猫が歩いて来るところだった。
黒猫が風太の傍らまで来ると、ショルダーバッグから、ピョコンと男の子のパペットが顔を出した。
「火傷はもう良いのか?」
ほむら丸の問いかけに、猫叉は「肉体が焼けたわけではないから、じきに回復はするであろう」と答えた。
「やはり、ギリギリまで粘ったのだな、猫叉?」
「ふん。吾輩が少しでも逃げる素振りを見せれば、ナイアルラトホテプも逃げておっただろう。場合によっては、共に死ぬ覚悟はしておったよ。いや、あやつは死なぬから、共に灰になる覚悟だな。おかげで本体の方はだいぶ焼かれた。それを癒すため、一度は解放してやったこの殻に、舞い戻るしかなかった」
「すまぬ。こちらも、少しでも手加減していれば、逃げられてしまう可能性が高かった。だから、全力を出さざるを得なかった」
「ふむ。それでよかったのだ。まあ、一万年もすればどこかで蘇るのだろうが、幸い、吾輩とて、そこまでの寿命はないからな」
「確かに。われも自分が短命のような気がしてきたぞ」
これを聞いて、風太も苦笑した。
「千年以上も生きてるほむら丸にそう言われちゃうと、ぼくらは蜉蝣みたいなもんだね」
玲七郎もニヤリと笑い、「長さの問題じゃねえさ。一期一会と言うしよ。だが」と、風太に向き直り、手を差し出した。
「傀儡師、おめえとは、また会う気がするぜ」
風太もニッコリ笑って、その手を握り返した。
「ぼくも、そんな気がします」
そのまま、猫叉を含むその場の全員と握手を交わし、風太は改めて別れを告げた。
「それじゃ、いつかまた、お会いしましょう」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
この作品は、タイトルだけが先に決まり、ほとんど見切り発車でスタートしました。
ストーリーを交互に進めるということも、最初から考えていたわけではありません。
結果として、すべての歯車がうまく噛み合い、理想的な結末を迎えることができました。
これもひとえに、風太を始めとするキャラクターたちの協力のたまものです。心から拍手を送りたいと思います。
さて、次回のお話をいつごろお届けできるのか、それもまた、風太たち次第です。なるべく早くその日が来ますよう、わたしも心待ちにしています。
それでは、また。




