表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/44

41 窮余の一策

 ルルイエのやみを、ほむら丸のほのおが照らしている。普段はもう少し青白い色をしているが、怒りのためか真っ赤に燃えていた。

 その赤い光の中で、風太は、人間の町娘まちむすめ姿になったつむぎに支えられていた。体力の消耗しょうもうはなはだしく、一人では立っていられないようだ。

 その風太の目の前に、異様な形のものが立っていた。広崎そっくりであった体に、つむぎによって無数の穴がけられたナイアルラトホテプである。変形すれば元の形に戻れるはずだが、その余裕がないのか、あるいは、親友の無惨むざんな姿を風太に見せつけていやがらせをしているのかもしれない。

 そのグロテスクにゆがんだ顔で、ナイアルラトホテプは勝ちほこったように笑った。

「グッフッフッ、随分ずいぶんつらそうじゃないか。まあ、無理もない。おれだって大祭司だいさいしさまのおそばにいるだけで、生気せいきを吸い取られて閉口へいこうしたものだ。だが、おまえの式神しきがみたちがここまでりて来たところをみると、さしもの大祭司さまも麒麟きりんにはかなわなかった、ということだな」

「麒麟?」

「そうさ。親切はしておくものだな。ちゃんとおまえに恩返しするために来てくれたぞ。もっとも、大祭司さまをたおしても、あいつは図体ずうたいがデカ過ぎて、ルルイエまでは入って来れないのさ。残念だったなあ」

 わざとらしく同情するような表情を浮かべ見せたが、我慢がまんしきれなくなったのか、また、グフフと吹き出した。

 風太は気力をしぼって、言い返した。

「それでわかったぞ。きさまはここに逃げて来たのだな」

「フフン、まあ、そういう理由も、あるにはある、な。だが、卑怯ひきょうというのは、われわれグレートオールドワンにとっては美徳びとくでね。自分の力を過信して焼きがされるなんてのは、おろか者さ。おっと、口がすべった。頼むから、今おれが言ったことは、だまっててくれないか。ホンの一万年の間でいいからさ」

 自分の冗談ジョークにウケて、ナイアルラトホテプはまた一頻ひとしきり笑った。

 風太は、苦々にがにがしい顔で相手をにらんだ。だが、このままでは打つ手がなく、折角せっかく追いめた古きものグレートオールドワンの最後の一匹を、みすみす逃がしてしまうことになる。

 その時、上空から「風太どのーっ!」という声が聞こえて来た。

 ハッとして風太が見上げると、黒龍こくりゅうとなったみずち姫が人間をかかえてりて来ていた。その後を、ぬかり坊がドタドタと空中を走っている。

「あれは、慈典しげのり?」

 風太がつぶやくと同時に、その人間はみずち姫の体からダイビングするように飛び出し、クルリと空中で一回転すると、風太のかたわらに降り立った。

遅参ちさんいたした」

 そう言って片膝かたひざをついた。

「おまえ、もしかして、猫叉なのか?」

「いかにも吾輩である。風太どののご友人に憑依ひょういした」

 すると、ナイアルラトホテプがグフグフと笑った。

「おいおい、多勢たぜい無勢ぶぜいとは言うが、式神が何体来ようが、雑魚ざこ妖怪ようかいが何匹来ようが、おれは少しも恐ろしくはないぞ。大祭司さまがえみがえられるのを、ここで気長きながに待つだけさ。おお、そうだ。おまえたちもみんな、ここでおれと共に一万年過ごしてみないか?」

 そう言うと、ナイアルラトホテプは体中の穴をふさぎ、猫叉が憑依している本来の広崎と同じ姿になって、また笑い出した。

 しかし、猫叉の方の広崎もニヤリと笑い、「風太どの、例の術を頼む!」と叫んだ。

 一瞬、風太は、何を言われているのがわからないようだったが、「ぼくの術?」とつぶやいて、自分の指を見た。

「そうか」

 風太はナイアルラトホテプに向かって、「これを見ろ!」と叫んで、人差し指を立てた。相手の目が指をとらえた刹那せつな、ゆっくり左右に動かした。

「何を、馬鹿ばかげたことを、やって、いる、の、だ……」

 広崎の姿をしたナイアルラトホテプの目がトロンとなった。

 それを見届けると、猫叉は「いざ、参る!」と告げた。その途端とたん、本来の広崎はカクンとひざを折って、その場に倒れた。目をこすり、「うーん」とうめいている。

 その様子を見ているにせの広崎の方は、一旦真顔まがおに戻ったが、すぐに「うっ」と顔をしかめた。

「吾輩の力では、長くはおさえておけぬ。みずちの姫、ぬかり坊、風太どののご友人を立たせてくれ!」

 上空にいた二体の式神は、下に降りるとそれぞれ人間の姫君ひめぎみ僧侶そうりょの姿になって、倒れた広崎を左右からかかえ起こして、もう一人の広崎の前に立たせた。

「よし! やるぞ!」

 ナイアルラトホテプに憑依した猫叉はそう宣言したが、なかなか思うように体が動かせぬようで、ブルブルと腕をふるわせて、指先をなんとか本来の広崎の額に持って行くと、ピタリと押し当てた。

 もどかしい数秒が過ぎた。

 ついに、猫叉は指をはなし、「で、できたぞ!」と叫んだ。

 本来の広崎は、みずち姫とぬかり坊に支えられながらも、「あれ? おれがもう一人いる!」と驚いた顔で後退あとずさった。

 が、次の瞬間、そのもう一人の広崎であった姿は風太になり、次に相原に変わり、今度は玄田の顔になりと、目まぐるしく変身をり返した。

「ぐーっ、抑え切れぬ!」

 猫叉は、最早もはや誰かもわからなくなった顔を苦痛にゆがめていたが、「犬神いぬがみ! このままこの体を焼け!」と叫んだ。

「し、しかし、それではおぬしが」

 躊躇ためらうほむら丸を、猫叉は叱咤しったした。

「今こやつをがせば、また風太どのをねらうつもりだぞ! 吾輩のことは気にするな! 焼け! 灰も残すな!」

「よし! 行くぞ!」

 原形をとどめぬほど変身を繰り返しているナイアルラトホテプに向かって、真っ赤な火球となったほむら丸が体当たりし、紅蓮ぐれんの炎が燃え上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ