38 リーサルウェポン
弥重郎と有魅を乗せた車が葦野ヶ里遺跡歴史公園に付設されたパーキングエリアに入ったところで、大音響と共に公園を覆う結界が崩壊した。
さすがに、普通の人間である渋谷にもこの音は聞こえ、「え? なんですか、この音? 何か爆発したんですか?」と不安がった。。
「あなたは気にしなくいいわ。車の中で待っていてちょうだい」
有魅は渋谷にそう告げると、弥重郎に「急ぎましょう」と声を掛けて先に車を降りた。
「うむ。派手にやっておるな。だが、手前の川も様子がおかしいようだ」
パーキングエリアと歴史公園を隔てる田手川に異変が起きていた。水面にブクブクと泡が立ち、黒い塊のようなものが次々と流れて来ている。それらが水面から浮き上がると、鱗に覆われた頭部が現れ、瞼のない真ん丸な目を見開き、裂けたように横に広い口から尖った無数の歯を覗かせた。インスマス人である。
「こやつらはわしが片付ける。化け猫、おまえは早く中へ行け」
「ありがとうございます」
小走りに『天の浮橋』を渡る有魅を見送ると、弥重郎は懐から鉄扇を取り出し、この状況を楽しんでいるかのように笑った。
「参るぞ、雑魚ども!」
弥重郎は鉄扇を刀の柄のように握ると、続々と田手川から浮橋に上がって来ようとしているインスマス人を、見えない刀で斬って斬って斬りまくった。
一方、公園内に入った有魅は、あまりの臭気に顔を顰めた。まるで、腐った魚をそこら中にぶちまけたような臭いが充満している。
さらに進むと、ヌメヌメした巨大な触手がうねうねと蠢くのが見えてきた。それに向かって大きな火球と小さな無数の狐火が飛んで行ったが、次々と触手に叩き落されてしまった。
「義姉さん!」
有魅は思わず叫んだが、声が届くはずもない。
だが、再び火球と狐火が攻撃を始めたのを見て、有魅はまた走り出した。
前方に大勢の蜥蜴のような人間が見え、さらに彼らによって何人かの普通の人間が取り囲まれているのも見えて来た。その中に皐月の姿もあった。
「皐月ちゃん!」
皐月も気がつき、「叔母さん、ここは危ないわ!」と警告した。
その言葉どおり、有魅の方にも蜥蜴人間たちが向かって来た。有魅は、指先から鋭い鉤爪を出し、目を光の渦のようにして迎え撃った。
だが、化け猫とはいえ人間の血が混じり過ぎている有魅は妖力が弱いらしく、数人がかりで襲って来る蜥蜴人間に次第に追い詰められ、怯えたように身を竦めた。
と、後方から、「待て待てーっ!」と声がし、漸く追いついて来た弥重郎が、鉄扇を縦横に振るった。蜥蜴人間たちは、絶叫しながら緑色の体液を飛び散らせて倒れ、地面に吸い込まれるように消えた。
「先生、ありがとうございます」
「礼など後でよい。わしは玲七郎たちを救いに行く。おまえはここで待っておれ」
暗に、おまえは足手纏いだと言われたということは有魅にもわかり、悲しげに微笑んで頷いた。
「わしが戻るまで、決して動くなよ。よいな」
「はい」
走り去る弥重郎の背中を見ていた有魅は、「あ!」と声をあげて空を見た。
「これはトッカータとフーガかしら。なぜバッハの曲が」
弥重郎にはその音楽は聞こえず、ひたすら蜥蜴人間たちを斬り伏せながら、玲七郎たちに近づいて行った。ついに玲七郎の姿を視野に捉え、声を掛けようとしたところで、弥重郎も西の空から飛来してくる光に気がついた。
「あれは、まさか」
光は明滅しながら、近づくにつれて大きさを増し、円盤状の形もハッキリ見えてきた。公園の真上に来た時には、信じられないほどの巨大さで空を覆った。その位置でホバリングしつつ、明滅は次第に早く激しくなり、眩しさで直視できないほどになった。
上空に停止した円盤状の光は、徐々にその形を変えていった。下部に四本の突起が伸びて足となり、円盤の上の一部が迫り出して龍のような顔が現れた。それ以外の部分も丸みを帯びながら前後に伸びて胴体となり、全体的に鹿を思わせるような体型となった。それは、伝説の麒麟の姿であった。
弥重郎は大声で「皆聞け! 己の目を覆って伏せるのだ!」と叫び、自身もガバッと地面に倒れ込んだ。
その直後、麒麟の口から太いビーム状の光が、真下のクトゥルフのいる辺りへ向けて発射された。それがクトゥルフに届いたと思われる瞬間、ドーンという爆音と共に周辺は目も眩むような光に包まれた。
同時に、クトゥルフのものらしい胸が悪くなるような長い断末魔の叫びが、公園中に響き渡った。
「グドゥルギガグゲフグムグアンガアアアアアーッ!」




