2 傀儡師と陰陽師(その2)
目的の駅に着いて列車を降りる際、玲七郎は無意識に風太の姿を探したが、県庁所在地とは思えないほど鄙びた駅なのに降車客が多く、見失ってしまったようだった。
「まあ、そのうち会うだろう」
そう呟くと、玲七郎は商店街側に面した駅の南口から出た。
すぐに、車寄せに停まっているオリオン座ホテルのロゴが入った乗用車を見つけた。運転席では、太った中年の男が口を開けて寝ている。
玲七郎は軽く舌打ちした。
「これだから田舎は嫌いなんだよ」
窓ガラスを指の第二関節でコンコンと叩くと、中年男はハッと目を醒ました。
慌ててパワーウインドーを下げたが、自分を起こしたのが見知らぬ若い男とわかると、露骨にイヤな顔をした。
「え? なに? この車はタクシーじゃないよ」
玲七郎はまた舌打ちした。
「おい、あんた、おれのお迎えだろ。今日は親父が来れないから、代わりに来てやったんだぞ!」
中年男の態度が豹変した。
「こ、これは、失礼いたしました。斎条流の若先生でしたか」
そう言うと運転席から飛び降り、後部座席のドアを開いた。
玲七郎は不機嫌そのものの顔で乗り込むと、腕組みをして目を閉じた。
運転席に戻った中年男は、ルームミラー越しに玲七郎を見て、困った顔になった。
「あの、すみません、十分くらいで着きますので」
「知ってる」
それ以上答える気のない様子に、中年男は小さく溜め息を吐いて車を発進させた。
だが、目を瞑りながら、玲七郎は感覚を研ぎ澄まして街の様子を探っていた。
(おかしい。全く魔界の存在の気配がしねえ。普通、こういう古い城下町には、細々した雑魚みてえのがウジャウジャいるもんだぜ。まるで、でっかい掃除機で全部吸い取っちまったようじゃねえか)
車が停まると、中年男が遠慮がちに「着きました」と告げた。
玲七郎が目を開けると、それを待っていたように外側からスッとドアが引かれた。
「お待ちいたしておりました、斎条玲七郎先生」
ドアの外に立っていたのは、頭に白いものが目立つ、初老の痩せた男だった。掴みどころのない、死んだ魚のような目をしている。
「宿泊部長の龍造寺と申します。お迎えに何か不手際がありましたようで、大変失礼いたしました」
玲七郎は車を降りると、皮肉な笑みを浮かべた。
「いや、いいんだ。急に来れなくなった親父が悪いのさ。おれが代役ですまねえな」
龍造寺は、口角だけをキュッと上げた。
「いえいえ、グループホテルの堂本総支配人から、かねがね玲七郎さまのお噂は伺っておりますよ。お父さま以上の逸材だと」
「ふん、そいつはありがとよ」
「では、お食事をご用意いたしておりますので、こちらへ。追っつけ、総支配人の大志摩も参りますので」
「ああ」
三段ほどのステップを上がって、飾り気のない玄関を入ると、ロビーの突き当りが一面ガラス張りになっており、その向こうの濠が自然と目に飛び込んでくる。城郭そのものはもう残っていないようだが、濠を上手く借景に利用していた。
左手のフロント前を通り過ぎようとした時、龍造寺が「すみません、少々お待ちを」と断って、カウンターの中のフロントクラークに小声で何か尋ねた。思ったような返事ではなかったらしく、低い声で「準備しとけと言っただろが!」と叱責した。
玲七郎の元に戻り、「失礼しました」と頭を下げた。
「事件のあらましをレポートに書くよう申し付けておりましたのに、まだ、できておりませんでした。堂本総支配人のホテルから短期の交換研修に来ている広崎という者ですが、チェックアウトが混んでいたとか言い訳ばかりで。ああ、すみません、内輪の話をお聞かせしてしまいました。ささ、レストランはこちらでございます」
突き当りのガラス張りの手前を左に曲がり、短い階段を上がったところがレストランの入口のようだった。しかし、その手前の踊り場に飾ってある絵に、玲七郎の目は止まった。縦横一メートルほどの大きな油絵だ。赤と黒を基調とした暗い感じの色彩で、異国の風景を描いている。その空の部分に、見たことのない何か異様なものの姿が浮かんでいた。
玲七郎は背筋が薄っすら寒くなるのを感じた。
(こいつは、ちょっと用心した方がいいな)
立ち止まってしまった玲七郎を、龍造寺が促した。
「さあ、どうぞ中へ。血の滴るような、美味しいステーキをご準備しましたので」