37 総力戦
「結界を突破した! 必ずや若を救い出すぞ!」
火球と化したほむら丸の檄に、青い稲妻となったつむぎと、黒龍に変化したみずち姫が、「応!」と続いた。
上空から見るとゾウリムシのような形をした葦野ヶ里遺跡の、ゾウリムシなら口に当たる中央部に『北墳丘墓』がある。その展示室の中から、今しも異様なものが姿を現しつつあった。
それは、ヌメヌメとした光沢を放つ触手の塊のように見える。だが、その大きさたるや、それが這い出て来た展示室すら超えていた。触手に続いて、ズルリと巨大な頭部が出て来た。蛸のようでもあり、烏賊のようでもあるが、ギョロリとした血走った眼玉には、計り知れない知性と邪悪な意思が感ぜられる。
ほむら丸の火球に顔が生じて全体に細長く伸び、燃え盛るオオカミの姿に戻ると、嫌悪感を露にした。
「あやつが敵の首魁のクトゥルフとやらであろう。確か、火を苦手としていたはず。われと白狐たちで少し炙ってやろう。その間に、つむぎは若を探せ。みずち姫はぬかり坊と共に、皐月どのや若のご友人たちを助けてくれ」
つむぎは「承知!」と一言告げるや、一条の青い光となって『北墳丘墓』へ飛んだ。
みずち姫は、「仕方あるまいの」とやや不満げながら、ぬかり坊の援護に向かった。
「白狐たちよ、われに続け!」
そう叫ぶと、ほむら丸は真っ直ぐクトゥルフの眼に向かった。狐火となった白狐たちも、その後を追う。
だが、ゆったりした動きしか見せていなかった触手のうち、一本がヒュンと空気を切る音を立てて高速で伸びて来て、ほむら丸の胴の辺りをバチンと叩いた。ほむら丸を弾き飛ばすと、そのままのスピードで次々に狐火を叩き落した。
ほむら丸たちはすぐに反撃に出たが、また叩かれる。それを何度も繰り返した。消耗戦の様相を呈してきたが、明らかにこちらのダメージが大きく、クトゥルフ本体は少しも傷ついているようには見えない。力の差は歴然であった。
一方、ぬかり坊とツァトゥグァが闘っている場に急行しつつあったみずち姫は、葦野ヶ里遺跡の横を流れる田手川に異変を感じた。ブクブクと泡立ちながら、黒い塊のようなものが次々と流れて来ている。それらが水面から浮き上がると、鱗に覆われた頭部が現れ、瞼のない真ん丸な目を見開き、裂けたように横に広い口から尖った無数の歯を覗かせた。インスマス人である。主であるダゴンを失い、こちらに合流しようとしているようだ。
みずち姫は一瞥しただけで、先を急いだ。
「ふん。雑魚どもめ。おまえたちに構っておる暇などないのじゃ」
集結しているのはインスマス人だけではなかった。それまで観光客や公園スタッフを装っていたらしい蜥蜴人間たちが、主のツァトゥグァを助けようと、続々と集まって来ていた。
皐月の周辺の敵をほぼ斃した玲七郎は、それを見てウンザリした顔になった。
「また新手が来たぜ。きりがねえな」
「あ、でも、こっちも援軍が来たっす!」
玄田が見上げる方向から黒龍の姿のみずち姫が飛んで来たが、そのまま頭上を通り過ぎ、未だに決着のつかないぬかり坊とツァトゥグァのところへ行った。
「ぬかり坊! 一度そやつから離れよ! おまえは早く若君を探しに行くのじゃ!」
「おばばか! 頼む!」
バッとぬかり坊が離れた瞬間、みずち姫の体がツァトゥグァに巻き付いた。
「ぐはっ!」
「若君が心配故、手加減する余裕がないのじゃ。覚悟せよ!」
ギリギリと締め上げているみずち姫のところへ、集まって来た蜥蜴人間たちがわらわらと襲い掛かって来た。
「ええい、邪魔じゃ! 早うこやつを始末して、犬神を助けに行かねばならんのじゃ!」
遠目でその様子を察し、玲七郎が「ふう、仕方ねえ。もう一暴れしてくるか」と駆け出そうとした、その時。
「ああっ、聞こえるっす。あの音楽っす!」
突然、そう叫んだ玄田が、西の空を指した。
「なんだと。おれには何も聞こえねえぞ!」
立ち止まってそう言い返した玲七郎も、空を見て「うっ」と息を呑んだ。
西の彼方から、物凄いスピードで飛来する、光る物体があった。
「ありゃ何だ? UFOか?」
「違うっす。助けに来てくれたんすよ!」




