36 アフターフォロー
弥重郎を乗せた車が矢窯小学校に着くと、校門の前で有魅が待っていた。弥重郎は窓を下げ、冗談めかした口調で「わざわざのお出迎え、痛み入る」と軽く頭を下げた。
すると有魅は真っ赤な唇でニッと笑った。
「斎条先生をそのままお通ししては、折角張り巡らせた結界がズタズタになりますわ」
「うむ。随分厳重だな。もし、これが半魚人のような魔物対策なら、すでにわしが始末したぞ」
有魅は口を押えてオホホと笑った。
「さすが、斎条先生。それなら話は車の中でいたしましょう」
「車の中?」
「はい。このまま葦野ケ里遺跡へ参ります」
有魅は運転席に向かい「渋谷、お願いね」と命じた。
「あ、はい」
降りて来ようとする渋谷を手で制し、有魅は自ら後部座席のドアを開けた。
「それじゃ、先生、失礼します」
遠慮なく隣に乗って来た有魅に、弥重郎は苦笑した。
「わしは構わんが、葦野ケ里にはもう何体も妖怪が飛んで行ったようだぞ。それに、恐らく息子の玲七郎もそこにおるはずだ」
「はい、そのはずです。わたくしの義姉も飛んで行きましたわ。でも、わたくしは飛べませんので」
「おお、そうだったな。おまえさんは化け猫といっても半妖。だいぶ人間の血が混じっておる。わしが霊視しても、ほぼ人間と変わらんよ。すき好んで妖怪同士の争いに関わることもあるまいに」
有魅の柳眉が逆立った。
「いやですわ、先生。あんな連中と一緒にしないでください。わたくしたちは、この日の本に根を持った存在。あやつらのような他所者とは違いましてよ」
弥重郎は悩ましげに自分の顎を撫でた。
「うーむ。やはりそうか。すると、わしの処置が拙かったのだな」
有魅は再び如才ない笑顔に戻って、小さく首を振った。
「いえいえ、わたくしたちにとっても想定外でしたわ。とにかく、お客様のクレームを早く何とかしたい、としか考えておりませんでしたから。それにしても、今回は玲七郎さんにお任せになる、とおっしゃっていらしたのに、何故先生自ら御出馬ですの?」
弥重郎は苦笑して、今度は自分の額を撫でた。
「姪に頼まれたのだよ」
「姪御さん?」
弥重郎は、「ああ」と頷いて話し始めた
わしの姪は、堂本総支配人のホテルでコンシェルジュをやっておる。昨晩、その姪が可愛がっている部下から長電話があったらしい。その娘はおまえさんのホテルに研修に来ておるのだが、どうも『観える』体質らしく、おまえさんのことも化け猫と見抜いていたそうだ。それだけでなく、部長が半魚人で、良く来るアフリカ系外国人の客が不定形の怪物だと言ったらしい。
そこで、わしはおかしいと思ったのだ。
そもそも、おまえさんのホテルの騒霊現象は、狐狸の類いや魑魅魍魎が原因だった。皆小物だし、大した力も持ってはおらん。手っ取り早く、斎条流のお祓いでホテルとその周辺を除霊した。ちょっと綺麗になり過ぎたかもしれんがな。
一週間後に、もう一度だけ様子を見ようと思っておったが、別件で手が離せず、再確認程度だから息子に任せることにした。ところが、行ったきり何の連絡もない。まあ、元々自分勝手なところがあるから、早く片付いて羽根を伸ばしておるのかと思っていた。
そこへ姪の電話だ。
おかしいと感じたのは、息子はともかく、その件に関しておまえさんから何も言って来ないことだった。
おお、そうか。わしに連絡するなと言われていたのだな。そんなことだろうと思ったよ。
わしは、とりあえず、何体か式神を送ってみた。ところが、一体も戻って来ん。これは、この目で確かめる他ないと来てみれば、この有様だ。
おまえさんがどう感じているのかわからんが、少しでも霊感のある人間なら、まずこの街には立ち入らない。臭いのだ。街全体が腐り果てたような、反吐の出そうな臭いが充満している。おお、おまえさんも多少感じるのか。
臭気の原因は、明らかだった。わしが対症療法的に近辺の魔界を綺麗に掃除したことにより、別の勢力に入り込まれたのだ。これは、わしのミスだ。すまぬ。
「あらあら、そんなことはありませんよ、先生。わたくしたちだって、自分たちが支配されるまで、古きもののことなど、考えたこともありませんでしたわ」
執り成すように有魅にそう言われ、弥重郎は苦笑いした。
「まあ、わしにできることは何でもしよう。アフターサービスだ」
弥重郎はそう言って声を出して笑ったが、「お!」と声を上げた。
「始まったな」
普通の人間である渋谷には何も聞こえなかったようだが、弥重郎と有魅には、ドーンと腹に響くような衝撃音が聞こえて来た。
ほむら丸たちが、敵の結界を破ろうと、攻撃を始めたのであった。




