34 斬霊剣
県庁所在地とは思えないほど鄙びた駅に、仕立ての良い上品な和服を着た男が降り立った。極端に短くした白髪交じりの髪を、ピッタリ撫でつけている。一見柔和な表情だが、眼つきは鋭い。若い頃にラグビーかレスリングでもやっていたのではないかと想像させるような、分厚い胸板をしていた。
「まあ、そのうち会うだろう」
そう呟くと、男は商店街側に面した駅の南口から出た。
すぐに、車寄せに停まっているオリオン座ホテルのロゴが入った乗用車を見つけた。運転席では、太った中年の男が口を開けて寝ている。
窓ガラスを指の第二関節でコンコンと叩くと、中年男はハッと目を醒ました。
慌ててパワーウインドーを下げたが、自分を起こしたのがその男とわかると、「あっ、これは大先生。昨日は失礼しました!」と悲鳴のような声を上げた。
「いやいや、恐縮することはない。昨日は、解決の目途が立たない仕事を抱えていたために、急遽わしの代わりに息子を寄越したのだ。勿論、大志摩総支配人も了解されておったし、能力的には問題なかろうと今でも思っている。ただし、態度が悪いやつだから、もし、何か無礼なことをしていたら、お詫びする」
男は、頭を下げた。
「あ、いえ、どうかお気になさらずに」
男は渋谷の態度を見て、苦笑した。
「やはり何かあったのだな。すまぬ。ところで、今日来たのは、この斎条弥重郎道節の一存だ。今一度、総支配人に直接お会いして確かめたいことがあってな。そこで、誠に申し訳ないが、渋谷さんがどなたかVIPのお迎えなどでなければ、わしをオリオン座ホテルまで乗せてもらえないだろうか?」
「ああ、それはもう、喜んで。いや、実はですね、総支配人のご命令で、うちのスタッフの女の子を葦野ケ里遺跡まで連れて行ったんです。そしたら、その娘が、すぐにホテルに戻らない方がいい、なんて言うんで、ちょっと時間を潰してたんですよ」
弥重郎の眼が一層鋭くなった。
「ほう。葦野ケ里遺跡ねえ」
「あ、そうだ、肝心なことを忘れてました。総支配人は今、義理のお姉さまの学校にいるはずです」
「お義姉さんの学校?」
「はい。矢窯小学校です。ちょっと電話してみますね」
返事も待たずに、渋谷は携帯電話を掛けた。「本当なんです。大先生が」などと喋っているのが、弥重郎にも聞こえた。
「総支配人が、できれば小学校の方へお出でいただきたい、と申しておりますが?」
「おお、それは無論。その方が落ち着いてお話しできるかもしれん」
「では、どうぞお乗りください。北口側に回りますが、距離はホテルと同じぐらいですから」
車に乗り込もうとした弥重郎は「うっ」と呻いて頭を押さえた。
「どしたんすか?」
渋谷が覗き込むと、弥重郎は顔を顰めている。
「うむ。少し遠いが、東の方に強い力を感じた。恐らく」
そこまで言いかけた弥重郎は、「ん?」と空を見上げた。視線が西から東へ何度か動き、「ほう」と感心したように笑顔になった。
「暫く任せておくか」
「大先生、大丈夫ですか?」
「ああ、何でもない。お待たせした」
弥重郎が車に乗り込むと、渋谷はぐるりと駅を迂回し、住宅街に面した北口側に出た。だが、すぐに道を塞ぐように大勢の群衆が集まっているために、前に進めなくなった。
「あれ? 今日は何かイベントがあったっけ?」
渋谷は首を傾げ、クラクションを鳴らすべきか、躊躇っている。
すると、弥重郎はニヤリと不敵に笑い、「少し、待っていてくれ」と告げると、車を降りた。
群衆は一斉にこちらを見た。皆、瞼のないような真ん丸な目をしている。
弥重郎は懐から鉄扇を取り出すと、左から右にスーッと水平に線を描くように動かした。
たったそれだけのことで、群衆の目は普通の状態に戻り、夢から醒めたように三々五々散っていった。すると、その後ろに、死んだ魚のような目をした痩せた男が一人だけ残っていた。龍造寺である。
弥重郎は再びニヤリと笑うと、鉄扇を刀の柄のように両手で握った。
「斎条流斬霊剣、参る!」
弥重郎が駆け出すと同時に、龍造寺もこちらに向かって来た。走りながら龍造寺の体が膨れ上がり、顔に鱗が浮き出て来た。
殆どぶつかりそうな程に両者が接近したところで、「破っ!」という気合と共に弥重郎の鉄扇が袈裟懸けに振り下ろされた。
「ぐぎがああっ!」
目に見えない刀に断ち斬られたかのように、絶叫しながら龍造寺の体が真っ二つになり、ドロドロした緑色の体液が溢れたが、そのまま地面に吸い込まれるように姿が消えた。
「ふん。おまえに相応しい場所に戻るがいい」
弥重郎はそう言い捨てると、車に戻り、「待たせたね」と笑顔を見せた。




