33 暗黒問答
体験コーナーで勾玉を作り終わり、外に出た途端、玲七郎が「うっ」と呻いて頭を押さえた。
「どしたんすか?」
玄田が覗き込むと、玲七郎は脂汗を流しながら、顔を顰めている。
「な、なんか、メチャメチャ強え魔力を持ったヤツの波動を感じるんだ!」
「え、どこすか?」
玄田がキョロキョロと見回しても、何も見えない。
「違えよ! あっちだ!」
玲七郎は北の方を指差した。
それは、発見された巨大甕棺が展示されているという『北墳丘墓』の辺りであった。
その『北墳丘墓』の近くで、風太は一気に大勢の蜥蜴人間たちに取り囲まれ、相原がどうなったのかもわからぬまま、手足の自由を奪われていた。さらに、頭から袋を被せられ、目も見えず、耳も聞こえぬ状態で、その場から連れ去られた。
それほど遠くない場所で建物に入った気配があり、ドサリと床に降ろされ、乱暴に袋を外された。
急に光に曝され、風太は目を擦った。そこは、発掘現場をそのまま再現した展示室のようであった。周囲を見回したが、すでに蜥蜴人間たちの姿はない。
「こ、ここは……」
風太の視線が正面で止まった。目の前にある展示スペースに、真っ黒で巨大な甕棺が陳列してあった。本来なら合わさっている二つの甕が、左右に分けて置いてある。そこまでは想定内だったが、その間に、異様なものが見えていた。
風太は最初、壁に直径1メートルくらいの丸い穴が開いているのかと思った。しかし、それは明らかに壁より手前にあった。念のため、視線を左右にズラしてみたが、同じ位置に丸い穴が見える。謂わば、球形の穴が浮かんでいるのだ。
「人間というのは、愚かなものだな」
その声は、風太の真後ろから聞こえて来た。
ギクリとして振り返ると、いつの間にか広崎が、いや、広崎の顔をしたナイアルラトホテプがそこに立っていた。
「どういう意味だ?」
風太の質問に、ナイアルラトホテプは鼻先で笑って答えた。
「言ったとおりの意味さ。パンドラの箱と同じだよ。開けたら中に何かいいものが入っていると思い込んでやがる。だが、中にあったのはこの穴だけさ。但し、次元と次元を繋ぐ穴だから、平面ではなく立体だがね」
「そうか。この穴からクトゥルフが降臨するのだな」
身構える風太を、ナイアルラトホテプは声を上げて嘲笑った。
「逆さ。おまえが大祭司さまの御前に行くのだ!」
言うや否や、ドンと背中を押され、風太は球体の穴に吸い込まれた。
「うわああああーっ!」
漆黒の闇の中を、風太は落ちて行った。
不思議なことに、暗闇の中でも風太の体だけは、ぼうっと光って見えている。しかも、物凄い速さで落ちていたはずが、周囲に見えるものが何もないため、本当に落ちているのか、わからなくなって来た。
だが、その闇の中でも、また、霊感が全くない風太でも、『それ』がすぐ近くにいることは、ありありとわかった。『それ』は、息苦しくなるほど圧倒的な、邪悪な波動を身に纏っていたのだ。
「ク、クトゥルフなのか?」
風太の問いかけへの返事は、直接頭に響いて来た。
(きみがそう呼びたければ、それでよい)
意外にも、穏やかな思念であった。
「何故こんなことをするのだ?」
(理由などない。わたしは、ただ存在しているだけだ)
「人間の世界を侵略しているじゃないか!」
(侵略などではない。わたしの配下の者たちが、わたしに良かれと思って色々とやってくれているようだが、わたしが望んだ訳ではない。そもそも、わたしには何も欲望がないのだ)
「嘘を吐くな! おまえからは、とても邪悪な気配がするぞ!」
(そうだとすれば、それはわたしのせいではない。わたしを崇拝する者たちの抱く、欲望・怒り・憎悪・恨み・妬みなどの感情が蓄積し、わたしの体を覆っているのだよ)
「おまえを崇拝する者とは、ダゴンやツァトゥグァのことか?」
(いやいや、普通の人間たちだよ。きみはわたしが邪悪な存在だと思っているようだが、どうしてどうして、人間だって随分悪いことをするではないか。人間の歴史が始まって以来、戦火が絶えたことはない。盗みや殺人が無くなったこともない。わたしはそうした者たちが望む時に、力を貸しているだけだよ。もっとも、わたしの力を利用した者は、その報いとして相応しい姿に生まれ変わることになる。インスマス人や蜥蜴人間にね)
「そんな人間ばかりじゃないぞ! 善人だってたくさんいる! おまえこそ悪魔だ!」
(おお、きみからその言葉が出るとは思わなかったよ。残念だが、それは間違っている。悪魔というのはわたしのような存在ではない。亜人種なのだ)
罠かもしれないと思いながら、風太は好奇心に駆られた。
「どういう意味だ?」
(大昔からいる人間の亜種でね。色々な特徴があるが、一番わかりやすいのは、角が生える、ということだ)
「何っ!」
(そうだよ。きみにもあるだろう。したがって、きみも悪魔の末裔なのだよ)
「嘘だ!」
(嘘ではない。あ、いや、一つ、嘘を吐いていたな。欲望はないと言ったが、わたしも生きている以上、食欲はある。しかも、グルメなのだ。普通の人間では、わたしの口には合わない。しかし、悪魔というのは極めて珍味なのだよ)
その瞬間、ヌメヌメした触手が風太の体に巻き付いて来た!




