28 偽りの父子
操り人形のような警官たちと違い、インスマス人は凶暴であった。鱗だらけの太い腕を振り回して、打撃を加えると共に、水掻きのある手で飛び掛かる猫を捕まえようとする。果敢に攻撃する猫たちに、少しずつダメージが蓄積されていた。
依然として妖しい雨が降り続いており、それが一層インスマス人のパワーを高めているようだった。
猫たちの中でも、最も善戦していた黒い仔猫が、ついにその手に掴まれた。インスマス人の口がパックリ開き、ビッシリ生えた尖った歯が見えた。その口へ、掴んだ黒猫を持っていこうとしている。
何とか龍造寺から広崎を引き離そうとしていた有魅がそれに気づき、「猫叉! 離脱して疾く逃げよ!」と叫ぶ。
黒猫に憑依している猫叉は「この仔を死なす訳には行かぬのじゃ!」と応え、何とかインスマス人の手から逃れようと必死でもがいた。
最早仔猫の命運尽きたかと思われた時、曇天を切り裂くように現れた青い小鳥のつむぎが、颯の如く急降下するや、そのインスマス人の目を衝いた。
「グエエエーッ!」
堪らず、握っていた仔猫を放り投げた。
投げられた仔猫は、空中でクルリと回転し、何とか着地した。
一旦離れたつむぎはUターンし、容赦なく次々と他のインスマス人たちの目を狙って飛び回った。
勝利を確信し、広崎を連れ去ろうしていた龍造寺は、「おのれ! 見ておれ!」と叫ぶと、再び呪文のような言葉を唱えた。
すると、先程に増して濠の水が泡立ち、ボコッ、ボコッと青黒い頭部が水面から顔を出した。
有魅が「くそっ、新手を呼んだか」と焦りを滲ませた。
と、敵も味方もその場にいた全員が、言い知れぬ寒気を感じた。その周辺の気温が下がっているのだ。急激な温度変化のため、パキーンというような音が、あちらこちらから響く。それだけでなく、濠の水の上に薄く氷すら張っている。その氷を突き破るようにして、水中から深緑の塊が幾つも幾つも出現した。巨大な亀の甲羅のようだ。そこから緑色の手足がニュッ、ニュッと突き出し、最後に皿のある頭部が出て来た。河童である。
河童たちは出現するや、今まさに上陸しようとしていたインスマス人に襲い掛かった。
河童の中でも一際立派な体格をした者が水中に立ち、大声で叫んだ。
「義によって助太刀致す! 水の中なら、わしらに一日の長があるぞ! さあ、今こそ風太殿より受けし恩を返す穐じゃ。者ども、奮え!」
確かに、やや小柄ながら河童たちの方が動きが速く、新手のインスマス人の上陸を阻止している。
援軍を呼び損ねた龍造寺は、舌打ちすると、広崎の手を引いて逃げ出した。
「させるか!」
有魅が追ったが、走りながら龍造寺は徐々に巨大化し、顔や手に青黒い鱗が出現してきた。着ていた服がビリビリと破れ、さらに体が大きくなると、連れていた広崎を脇に抱え上げ、東へ向かっているようだ。身長はすでに人間の倍以上になっており、追いかける有魅を次第に引き離しつつある。
だが、市庁舎近くまで走ったところで、龍造寺は見えない壁にぶつかったように、ドーンと跳ね返された。抱えられていた広崎は弾みで落とされ、「うっ!」と呻いて動かなくなった。気を失ったようだ。
龍造寺は、いや、すでに巨大な半魚人のような本性を露にしたダゴンは、「何者の仕業か!」と誰何した。
「それは、こちらの科白じゃな」
そう言いながら、黒い大蛇の姿をしたみずち姫が立ち塞がった。
ダゴンは、水掻きのある両手に力を籠め、長い鉤爪をむき出しにした。
「邪魔だ。痛い目を見たくなかったら、そこをどけ!」
「わらわの半結界を抜けられるものなら、やってみるがよい」
「小賢しい!」
勢いをつけてさらに見えない壁に体当たりした。が、再び弾かれ、とても乗り越えられそうにない。
逆に、みずち姫は黒い大蛇の姿で半結界を通り抜けると、ダゴンの体に巻き付き、ギューッと絞めあげた。ダゴンの口から断末魔のような呻き声が漏れた。
「グオオオオーッ!」
その時。誰かの叫ぶ声がした。
「頼む、おれの父を殺さないでくれ!」
それは、気絶から目醒めた広崎であった。




