1 傀儡師と陰陽師(その1)
目的の駅に着いて列車を降りる際、風太は無意識に玲七郎の姿を探したが、県庁所在地とは思えないほど鄙びた駅なのに降車客が多く、見失ってしまったようだった。
「まあ、そのうち会うだろう」
そう呟くと、風太は住宅街側に面した駅の北口から出た。
すぐに立ち止まり、ズボンのポケットからくしゃくしゃになった手書きの地図を取り出した。
「慎之介の学校はどっちかな?」
地図がわかりにくいらしく、風太は誰か通行人に尋ねようとして、フッと笑った。
「ただ訊くだけじゃ効率が悪いし、つまんないな。ちょっとパフォーマンスして人を集めてからなら、一石二鳥だ」
風太は人通りの邪魔にならない位置に立つと、マジックを交えたパペットパフォーマンスを披露したが、通行人の反応はイマイチだった。チラっと見はするのだが、立ち止まらずに行ってしまう。ある程度人が集まると雪だるま式に見物客が増えるものだが、そうなる前に人の流れが途絶えてしまった。
こういう路上ライブに慣れていない土地柄かもしれない、とも思う。
「場所を変えるてみるかな」
風太が候補地を考えていると、左手にはめていた男の子のパペットが、グイッと向きを変えた。勝手に口がパクパク動き、しゃがれた声で話し始めた。
「久しいのう、猫叉」
パペットの顔が向いている何もない空間から、微かな返事があった。
「お、おぬしは、犬神か?」
「左様。いかがした、猫叉。大層慌てておるようだが?」
見えない相手は警戒しながらも、薄く実体化した。山猫のような姿で、尻尾が二つに割れている。その尻尾がピンと立って、ブルブル震えていた。
妖が人前で実体化するなどということは滅多にあることではない。犬神のほむら丸と親しげな様子から、風太を常人ではないと判断したのだろう。
いや、それ以上に、もはや細かいことを気にしていられないほどパニックに陥っているらしく、風太を無視してほむら丸に呼び掛けた。
「大変じゃ、おぬしも早う逃げよ!」
その時、風太がアルカイックスマイルを浮かべて、猫叉に話しかけた。
「どうしたの? ほむら丸の知り合いなら、ぼくが力になるよ」
猫叉が警戒して再び姿を消したため、ほむら丸が紹介した。
「心配することはない。こちらのお方は、半井流傀儡術第十八代宗家、風太夫定理さまだ」
風太は苦笑して「風太でいいよ」と告げた。
猫叉は尚も躊躇しているようだったが、「致し方あるまい」と観念し、また実体化した。先ほどより、幾分姿が濃いようだ。
「非常の際であるが故、多少の無礼は許せ。先日、吾輩は捨て猫に憑依したところを人間に拾われ、今は人里に住んでおる。それでも、たまには息抜きに肉体を離脱して散策するのだが、今日久しぶりに近所を見て回ったところ、この古い城下町にワサワサとおった魑魅魍魎どもの姿が消えておる。どうやら、近くの古代遺跡の辺りに、大きな力を持った魔物が出現したことが原因のようだ。吾輩も長く生きておるが、初めて感ずる波動であった。あまりにも異質で、理解不能だ。恐らく、通常の魔界の存在ではあるまい。侵略者かもしれぬ。おぬしたちも関わらず、早う逃げた方がよいぞ」
だが、風太は苦笑して「そうは行かないみたいだよ」と通りの向こう側を手のひらで示した。
先ほどまで全く人気のなかった場所に、大勢の人間が集まり、徐々にこちらに向かって歩いて来ていた。主婦、サラリーマン、学生と雑多な集団だが、不思議なことに誰も一言も喋っていない。
そして、全員が瞼のないような、真ん丸な目をしていた。
ほむら丸が冗談めかして「また出ましたな。ちょっと鬼火で炙ってやりましょうか?」と言う。
「ダメだよ、ほむら丸。元は普通の人間だ。今は操られているだけさ」
そこまで言って、風太はハッとしたように「そうか操り人形か、だとしたら」と頷いた。
その間にも、無言の集団は益々接近して来ていた。最初はゆっくりだった足取りが早まり、今はもう駆け足に近い。
迫って来る感情のない魚のような顔が、一層不気味だ。
それを見て、猫叉が毛を逆立てて唸っている。
ほむら丸も警告を発した。
「若、このまま囲まれると危険ですぞ!」