27 物見櫓の上で
弥生時代をそのまま切り取ったような風景の中を、案内役の皐月を先頭に風太たちは歩いて行く。
「あの高い建物が『物見櫓』です。上まで登ってみましょう」
狭く急な階段を上がると、展望所があり、園内が一望できる。
「わあ、なんかスゲエっす!」
一人で燥ぐ玄田の横で、玲七郎はウンザリした顔で立っていたが、西の空を見て、「ん?」と顎を上げた。雲一つない快晴であったのに、そこにだけ黒い雲が固まっているのだ。
「あれは普通の雲じゃねえな」
風太に告げるべきかと見回すと、ちょうど別の方向を見て皐月と話しており、玲七郎は舌打ちして、「ま、いいか」と諦めた。
だが、その雲を気にしている人物が、もう一人いた。広崎である。
「まずいな。ダゴンの旦那、焦ってやがる。こっちも急がなきゃ」
コッソリそう呟くと、広崎は努めて表情を明るくし、「あのさあ」と声をあげた。みんなの注目を集めたところで、「折角だから、勾玉づくり体験というのをやらないか」と提案した。
玄田は「いいっすねえ!」と喜んだが、振り向いた皐月が首を傾げた。
「それはどうでしょうか。勾玉づくり体験のコーナーは『南のムラ』というエリアで、わたくしたちが行こうとしている方向と逆になりますが」
広崎はニヤリと笑った。
「それじゃ、別行動にしようよ。勾玉組と甕棺組に別れればいい」
玲七郎は鼻で笑い「おれはどっちでもいいぜ」と風太の方を見た。
風太はアルカイックスマイルで、「ちょっと待って」と言うと、窓の外を向いて「つむぎ! 戻っておいで!」と呼びかけた。
すぐに鳥の羽ばたくような音がし、半透明の青い小鳥が飛んで来た。チョコンと窓枠に留まり、「若さま、ざっと見て来たよ」と告げる。
「どうだった?」
「怪しい人間は何人かいたけど、大物の気配がしないよ。蛻の殻って感じ」
風太は笑顔を消し「遅かったのか」と自問した。
つむぎは、「それよりさ」と続けた。
「気になる雲が出てたからついでに見て来たけど、街の方に敵の水妖が現れたみたいだよ」
「何!」
すると、横から皐月が不安げに「小学校の方ですか?」と尋ねた。
「違うよ。お濠のある方だよ。化け猫たちと争ってた」
風太のショルダーバッグがモコモコと動き、女の子のパペットが顔を出した。
「若君。蛇の道は蛇というではないか。水妖ならば、わらわが行ってみよう」
風太は珍しく悩んだ。が、すぐに顔を上げ、「そうだね」と頷いた。
「こちらをサッと見て回ったら、ぼくらも合流しよう。とにかく、一般の人に危害が及ばないように、急いでくれ」
「心得た。念のため、例の者たちに助っ人を頼むぞえ」
「ああ、そうしてくれ」
「では、参る」
女の子のパペットから、半透明の黒い大蛇が抜け出し、ズルズルとうねりながら、階段から消えて行った。
少し離れたところに立っていた広崎は小さく舌打ちし、「それ見たことか」と呟いた。
風太が窓枠に留まっているつむぎに「おまえも行ってくれ」と告げると、「あいよ」と応えて飛び去った。
玲七郎が風太に「おいおい、こっちが手薄になり過ぎるんじゃねえか?」と疑問を投げた。
風太は再びアルカイックスマイルに戻り、「一般の方の安全が優先です」と答えた。
「それに、葦野ヶ里遺跡にはもう留守番役程度しか残ってないようですから、ざっと確認だけして街に戻りましょう」
「おれはどっちでもいいけどよ」
二人のやり取りを聞いていた玄田が、「じゃあ、やっぱり手分けしましょうよ。その方が全体を見れるっすよ」と喜んだ。
広崎が再びニヤリと笑った。
「それがいいよ。おれは勾玉づくりは他所でやったことがあるから、玄田くんと斎条さんは勾玉づくりに行ったらどうだい?」
「いいっすね!」
「おいおい、物見遊山じゃねえぞ」
玲七郎は苦々しげにそう言ったが、逆に風太は踏ん切りがついた顔になった。
「そうだね。逆に、人が集まりそうなところは、一応見ておいた方がいいかも知れない。斎条さん、お願いできますか?」
「おれはいいが、そっちは大丈夫なのか?」
「ええ。万が一の時は、ぼくと皐月さんで慈典を護りますから、玄田くんの方は頼みます」
「ふん。おれはこいつの子守りじゃねえぞ」
言いながら、玲七郎は密かに広崎の様子を見たが、まるで無表情であった。
皐月が「それでは、三十分後に出口付近で待ち合わせましょう」と言った。
玄田と玲七郎が先に降り、皐月と風太が続いた。
最後に残った広崎は、ポケットからヤモリのような生き物を出し「ツァトゥグァさまにお知らせしろ」と命じると、床に離した。
「怪我の功名ってのは、このことだな」
サササッと這って行くヤモリを見ながら笑う広崎の口は、耳元まで裂けていた。




