25 敵地侵入
結局、歴史公園に入る前に、駐車場横のカフェコーナーで一旦お茶にしようということになった。奢るという広崎の申し出を断り、風太は注文だけ済ませてトイレに向かった。
その後を追うようにして付いて来た玲七郎が、小声で風太に囁いた。
「おい、あの広崎とかいうホテルマンだが、あいつちょっと変じゃねえか」
「変、とは?」
「おれだって昨日ちょっと話しただけだが、あんなに陽気な奴じゃなかっただろう」
「そうかな。ぼくが知ってる慈典は、あんな感じだよ。まあ、いつもより口数が多いけど、職場のストレスから解放されて燥いでるだけじゃないかな」
「ふん。霊感の鈍い人間は、これだから困るよ。とにかく、あいつに油断するなよ」
半ば怒ったように玲七郎が出て行くと、風太のショルダーバッグがモゾモゾと動き、町娘の姿をしたパペットが顔を出した。
「なんだったら、あたいが少し突っついて、若さまのダチ公が憑依されたりしてないか、確かめてやろうか?」
風太は苦笑した。
「よしてくれよ。豆狸の件で懲りなかったのかい?」
「あれは向こうが悪いんだよ」
「それはそうだけどさ。まあ、いいや。それより、先にちょっと空から偵察しといてくれ。あ、でも、何か見つけても絶対にちょっかいを掛けるなよ」
「あいよ!」
町娘のパペットから、スッと青い小鳥のようなものが抜け出し、飛んで行った。
ショルダーバッグの中身がまたモゾモゾ動いたが、「おまえたちの出番はまだだよ」と風太が上から撫でると、静かになった。
風太が席に戻ると、皐月が葦野ケ里歴史公園の説明をしているところだった。
「ですから、このカフェを含む歴史公園センターと公園の本体部分である『環濠集落跡』は、細い田手川によって隔てられているんです。その間を繋ぐ『天の浮橋』を渡り、『南内郭』から『北内郭』を経て、『甕棺墓列』の横を通って、『北墳丘墓』まで行きましょう。発見された巨大な黒い甕棺は、そこに展示されていますわ」
玄田が「知らない言葉がいっぱいで、クラクラするっす」と頭を押える真似をした。
ニコニコ笑って話を聞いている広崎を気にしながら、玲七郎が「一気にそこまで行って、大丈夫なのか?」と皐月に尋ねた。
皐月も首を傾げ、「どうなんでしょう?」と、逆に風太に訊いた。
「そうですね。様子を見ながら、五人で固まってゆっくり行きましょう。危険そうだったら、何時でも引き返すつもりで。ああ、それから、念のため、ぼくと慈典、斎条さんと玄田くんは常にペアで動きましょう」
何か言いかけた玲七郎は、「ふん。まあ、いいか」と自分のコーヒーを飲み干した。
玲七郎の不満がどこにあるのか気づかぬまま、玄田が「あ、でも」と手を挙げた。
「男同士でペアでもいいんすけど、そうすっと、皐月ちゃんがボッチで可哀想じゃないすか?」
風太の考えとしては、一般人である広崎と玄田を自分と玲七郎が護るというつもりだったのだろうが、そう言われて頷いた。
「そうだね。じゃあ、皐月さんには、御守り代わりにこれを預けておこう」
そう言って、ショルダーバッグから僧侶の姿をしたパペットを出して、皐月に渡した。
「あら、ありがとうございます」
皐月の手の上で、僧侶のパペットから「ぬかり坊にござる。よしなに」と声がした。
「あ、腹話術、すごいすね」
感心する玄田に、風太は苦笑して「式神だよ」と教えた。
「え、シキガミって。ああ、思い出したっす。ほま、じゃないな。ほみ、も違う。あれ? ほめら麿でしたっけ?」
さすがに風太も皐月も吹き出してしまったが、広崎の笑顔が凍りついたように動かないことを、玲七郎だけが気づいていた。
カフェを出ると案内役の皐月が先頭に立ち、玄田、玲七郎、風太、広崎と続いて天の浮橋と名付けられている橋を渡った。それだけで、タイムスリップしたかと錯覚するほど周囲の風景が変わる。
皐月が振り向いて説明した。
「子供たちが遊べる遊具などがある西口と異なり、東口側は忠実に弥生時代の生活が再現されています。入口の広場を抜けて、一先ず南内郭まで行きましょう」
玲七郎が風太にだけ聞こえるように囁いた。
「周りを見てみな。いくら平日だからって、客が少な過ぎるぜ。それに、その少ない客も、何となくこっちの様子を窺ってるみてえじゃねえか」
風太は黙ってアルカイックスマイルを浮かべた。




