23 遺跡で待つもの
翌朝は、焼き魚の切り身、納豆に生卵、梅干しと焼き海苔、そして、薄揚げと豆腐の味噌汁という、これぞ旅館の朝食というスタイルだった。
納豆をかけた御飯を美味そうにバクバク食べる玲七郎の横で、玄田は目の下に隈ができた顔でぼんやり座っている。
「どうした? 納豆は苦手か?」
玲七郎に聞かれ、蚊の鳴くような声で「いいえ」と答えた。
向かい側に座っている風太が、「もう忘れた方がいいよ」と玄田を慰める。
そこへ日本茶を持って皐月が入って来た。玄田の顔を見て、少し顔を赤らめながら、頭を下げた。
「玄田さん、昨夜は本当にごめんなさい。あなたを怖がらせた豆狸はきつく叱っておきましたから、どうか、もうお気になさらずに」
玲七郎がニヤリと笑い、「まだ気にしてんのか。忘れろ」と玄田の背中を叩いた。
玄田は目をウルウルさせながら、頭を振った。
「みなさん、忘れろ、気にするな、とおっしゃいますけど、本当に怖かったんすよ。しかも、夜のトイレっすよ。自分だって、この年齢でお漏らしするなんて」
玲七郎が両手を挙げ、「やめろ、おれが悪かった。こっちは飯食ってんだぞ」と顔を顰めた。
風太はアルカイックスマイルで皐月から日本茶を受け取りながら、「逆に、豆狸くんは、大丈夫ですか?」と尋ねた。
「風太さんの式神の青い小鳥のつむぎさんから、随分突っつかれてしまったようですが、自業自得ですわ。わたしが玄田さんと仲良く話していたのにヤキモチを焼いて、あんな嚇かし方をしたんですもの」
風太の笑みが苦笑に近いものに変わった。
「こちらこそ、すみません。玄田くんの悲鳴を聞いて、てっきり敵の手の者が襲って来たのかと勘違いして、一番動きの速いつむぎに頼んでしまいました。あの娘は、手加減ということを知らないので」
にこやかに談笑する二人を見ていた玄田は、両手で自分の頬っぺたを叩いた。
「もう、いいっす。焼け食いするっす!」
玄田はそう宣言し、あっという間にガツガツと、朝食を全て平らげてしまった。
大志摩校長は、今日はどうしても学校に行かなければならないということで、皐月の車に三人一緒に乗ることになった。本来なら玄田が助手席なのだろうが、昨夜のこともあり、気を利かせて風太が座った。
「みなさん、すみません。葦野ヶ里遺跡に行くというのは、元々母がお願いしたことですのに」
恐縮する皐月に、風太が応えた。
「いえ、逆に、大志摩校長が学校にいてくださらないと、子供たちが心配です」
「ありがとうございます。犬神さんもずっと居てくださり、助かっていますわ」
すると、後部座席の玲七郎が「そのことだけどよ」と話に割り込んできた。
「犬神ってのは、火の元だろう。ってことは、今のおまえは火の業が使えねえってことじゃねえか。本当に大丈夫なのか?」
風太は痛いところを衝かれたという顔になった。
「そうですね。ほむら丸がいないと不便なことはあります。ですが、小学校を狙っていたツァトゥグァは強力な相手、やむを得ないと思います。それに、奴は地の元ですから、火は苦手なはずです。まあ、今日はあくまでも敵情視察のつもりですから」
「ふん。こっちが視察のつもりでも、向こうは本気かもしれねえぜ」
「はい。勿論、油断はしませんよ」
徐々に二人の会話が緊張感を高めていたが、突如聞こえてきた「ぐおーっ」という玄田の鼾で、一気に張りつめた空気が緩んだ。
「なんだよ、こいつ」
「仕方ありませんよ。玄田くんは、昨夜ほとんど寝ていないんですから。寝かせてあげましょう。皐月さん、葦野ヶ里まで何時間ぐらいですか?」
皐月は笑い出した。
「いやですわ、そんなにかかりませんよ。精々30分です。遺跡といっても、大部分は歴史公園になっていて、謂わば、テーマパークに近いものなので、観光客向けの施設も整っています。ここからだと、国道沿いの東口が最寄りですわ。園内で一番広いパーキングもありますし」
皐月の言葉どおり、30分もかからずに到着した。タイミングよく、玄田も目が醒め、パーキングに車が停まると、真っ先に降りた。
「ああ、着いたんすね。いよいよ敵の本拠地に乗り込むんすね」
「いやいや、玄田くん、事を荒立てないでくれよ。今日はサッと様子を見るだけなんだから」
後から降りて来た風太に窘められたが、玄田は急に横を向いて、「あれーっ、来てたんすか!」と叫んだ。
玄田の視線の先、パーキングに付設された売店から出て来たのは、広崎だった。
向こうも気づいたようで、ニコニコ笑いながら、こちらに歩いて来た。
「良かったよ、ここで風太たちに会えて。西口や北口から入ってくる可能性もなくはないかな、と心配してたんだ」
風太も笑顔だったが、少し固いものだった。
「どうして来たんだ? 危険だと言ったろう」
広崎はお道化たように笑った。
「やだなあ。相変わらず心配性だな。学生の頃、おれの地元で暴力団の抗争があって治安が悪化してるからって、当分実家に戻るなと止められたのを思い出すよ」
「そうか。そんなこともあったな」
「とりあえず、そこのカフェでお茶にしないか。おまえの好きなロイヤルミルクティー奢るよ。良かったら、玄田くんも、斎条さんも、そちらのお嬢さんも一緒にどうですか?」




