プロローグ
特急列車の車窓から見えるのは、どこまでも続く長閑な田園風景であった。
「いいなあ、ぼくはこういう所、好きだな」
乗客の疎らな自由席の窓側に一人で腰かけ、膝に乗せた布製のショルダーバッグに向かってそう呟いたのは、アフロヘアーの若い男である。ゆったりしたトレーナーの上に、デニムのオーバーオールというラフな格好をしている。
すると、バッグの中身がモコモコと動き、ヒョイとパペットの頭がのぞいた。西洋人の男の子の顔だ。その口がパクパクと動き、小さなしゃがれた声が聞こえてきた。
「この辺り一帯は早くから稲作が始まった地域ですからな。有名な遺跡も近くにござります。時間が許さば、見学するも一興かと存じまするよ、若」
「いいね。慎之介の勤めてる小学校でのパフォーマンスが済んだら、行ってみるかな。まあ、その前に、小手試しに、路上でちょっとパフォーマンスをお披露目してみたいけど。何しろ、初めての土地だからね」
その時、隣の車両に続く自動ドアが開き、アフロヘアーの男と同年配ぐらいの、眼つきの鋭い痩せた男が現れた。極端に短く髪を刈り込み、黒いシャツのボタンを一番上まで留めている。そのまま真っ直ぐにアフロの男に近づくと、ニヤリと笑って話しかけた。
「あんた、半井風太だろ?」
極めて失礼な物言いにも、アフロの男は笑って答えた。
「そうですが、あなたは?」
眼つきの鋭い男は、再びニヤリと笑った。
「やっぱりな。駅から乗り込む時にチラッと見て、そうじゃねえかと思ったよ。想像したほど、迫力はねえな」
ついに我慢し切れなくなったのか、男の子のパペットがバッグから飛び出してきた。
「先ほどからの若に対する無礼千万なる態度、許し難し。名を名乗れ!」
何事かとこちらを覗き見る周囲の乗客に、風太は立ち上がって笑顔を見せ、「すみません、なんでもありませんので」と頭を下げた。パペットには、「ほむら丸、車内では静かにしなきゃ」と小声で窘めた。
風太が腰を下ろすのを待って、男は強引に隣の席に座って来た。
「ここ空いてんだろ?」
「他の席もいっぱい空いてますよ」
風太はやんわりと断ろうとしたが、男はニヤニヤ笑って首を振った。
「いやだね。この車両は自由席だ。どこに座ろうが、おれの勝手さ」
風太は笑顔を保ちながらも、少し眉を上げた。
「以前、どこかでお会いしましたか?」
「いや、初対面さ。一応、名乗っとくよ。おれは斎条玲七郎永吉だ」
「え、斎条?」
玲七郎はフンと鼻を鳴らして笑ったが、その目は少しも笑っていなかった。
「そうさ。あんたに恥をかかされた、弥重郎道節の息子さ。ああ、気にすることはねえよ。おれは、親父みてえに、傀儡師が格下なんて思ってねえ。要は、実力さ」
何か反論しようとする風太を、玲七郎が手で制した。鋭い目で周囲を見ている。
「ちょっと待て。この車両、変だぜ。乗客の顔を見てみな」
改めて風太が見回すと、乗客たちの異常さがわかった。ほぼ全員が黙ってこちらに顔を向けている。先ほど、ほむら丸が大きな声を出した時に覗き込んできた様子に少し違和感があったのだが、今見ると、瞼がないかのような真ん丸な目をしている。まるで感情というものがないようだ。考えてみれば、今まで少しも話し声が聞こえていなかった。
「これは、いったい……」
言いかける風太に、玲七郎は片目を瞑って見せ、立ち上がった。何故か嬉しそうな表情だ。
ポケットから扇子を取り出すと、何か呪文のようなものを唱えた。両手で刀の柄のように握ると、その先に見えない剣があるかのように、何度か宙を斬った。最後に上段から思い切り振り下ろす。
「吽!」
扇子を納めると、風太に「見てみな」と告げた。
乗客たちは、今の一幕などなかったように、普通に戻っていた。ザワザワと話し声も聞こえる。
「斎条流斬霊剣だ。なんだか面白いことになって来たな。降りる駅は、たぶん一緒だ。また、会おうぜ」
玲七郎はそのまま席を立ち、「へへっ、へへっ」と笑いながら、隣の車両に移って行った。
呆然と見送る風太のバッグから、「危険でござりますな、両者とも」と、ほむら丸の呟く声がした。
(作者註)次の本編より、奇数話と偶数話で並行してストーリーが進みます。最初は戸惑われるかもしれませんが、何卒、作者のお遊びにお付き合いください。では、続きをどうぞ。