17 合流
「若君、何やら怪しげな気配がしますぞえ!」
突然、みずち姫が警告を発したため、風太は視聴覚教室を見回した。正面のステージから観客席、更に、高い位置にある副調整室、入口近くに並んでいるロッカー。
と、そのロッカーの左から三番目のドアが、ガタガタと鳴り始めた。
「あな恐ろしや。噂をすれば何とやら、例のものどもではありませぬか?」
怯えた声をあげたのは、泥の塊のようなぬかり坊である。
すると、「あたいが確かめる!」と叫んで、青い小鳥の姿をしたつむぎが、風の如く飛んでロッカーの掛け金を、カチャリと外した。
「ニャー!」
一声鳴いて、中から飛び出して来たのは、真っ黒な仔猫であった。
「狭えな! これじゃ通れやしねえぜ!」
文句を言いながらその後から出て来たのは、風太と同年配ぐらいの、眼つきの鋭い痩せた男であった。極端に短く髪を刈り込み、黒いシャツのボタンを一番上まで留めている。
更にロッカーの奥から、「出れないっす! 誰か引っ張ってください!」という声がした。
黒シャツの男は、風太を見るなりニヤリと笑い、「そんなことだと思ったぜ。おめえの差し金か?」と、顎をしゃくって仔猫を指した。
風太はアルカイックスマイルを浮かべ、「誤解なさっているようですが、今は一先ず、もう一人の方を助けましょう」と提案した。
「ふん、木偶の坊みたいな兄ちゃんのことか。どうやら、おめえの知り合いらしいぜ」
風太は苦笑した。
「ぼくもそういう気がしました」
風太は、そう言いながらスタスタとロッカーに近づき、中に手を差し伸べながら、「玄田くんだよね! さあ、ぼくの手に掴まって!」と呼びかけた。
すぐに、奥の方から嬉しそうな返事があった。
「もしかして、風太さんっすか? この手っすね。お願いします!」
風太は、珍しく顔を紅潮させながら力を籠めて引いたが、なかなか動かない。
横で見ていた黒シャツの男、いや、もちろん玲七郎であるが、舌打ちした。
「しょうがねえなあ。おれも引っ張ってやるよ!」
玲七郎は風太のもう片方の手を掴み、一緒に引っ張った。
「わわわっ、もう出るっす!」
体を捩じるようにして、玄田がロッカーの中から出て来た。
ロッカーの扉は、一度バタンと閉まったが、勢いが余ったのか、もう一度開いた。中が見えたが、すでに普通のロッカーであった。
「ひえーっ、体が千切れるかと思ったっす。あれ、ここはどこすか?」
「矢窯小学校よ」
そう答えながら、大志摩校長が入って来た。後ろには、娘だという白衣の女性もいる。
玲七郎は目を細め「なんだこいつら。魔物じゃねえか」と警戒心を露わにした。
風太が説明しようとするのを小さく手を挙げて止めると、大志摩校長は「さすがに斎条流の御曹司ね」と笑った。
「でも、今はまだ退治しないでちょうだい。義妹から連絡があったの。陰陽師さんとホテルのスタッフが迷路に閉じ込められたから、魔界に穴を開け、こちら側に出られるように避難路を造ったって。小学校のどこかに出るはずだから、よろしく、とね」
玲七郎は目を細めたまま、「ほう」と顎を上げた。
「やっぱりそうか。どうりであの大志摩とかいう総支配人から妖怪くさい臭いがすると思ったぜ。あいつは半妖なのか?」
「そうね。だいぶ人間の血が混じってるわね。わたしの主人の弟は、知らずに結婚したそうよ。それも含めて説明するわ。あなたを交えて今後の対策も話し合いたいし」
お互いの本音を探り合う二人の横で、玄田が「すみませーん!」と手を挙げた。その場の全員の注目が集まった。
「ホントすみません。なんか複雑な事情がありそうだし、ステージの上には変なのがいるし、さっきから黒猫がブツブツ文句言ってるし、それどころじゃないのはわかるんすけど、すみませんが、トイレに行きたいっす。もう、漏れそうっす!」
風太が吹き出し、大志摩と玲七郎も苦笑した。
「笑い事じゃないっす!」
代表して風太が話を引き取った。
「校長先生も玲七郎さんも、この場は休戦しましょうよ。協力しなきゃ、あいつらに勝てません」
「もちろんよ」
「ふん、まあ、いいだろ」
二人が一応納得したのを見届け、風太は「玄田くん、トイレは出てすぐ左だ」と告げた。
「さあ、みずち姫、ぬかり坊、つむぎ、おまえたちも一旦隠形するんだ!」
風太はショルダーバックから、女の子と僧侶と町娘のパペットを出し、それぞれの式神を招いた。
大志摩校長も後ろの娘に「皐月、もう大丈夫よ。保健室に戻りなさい」と告げると、風太たちに向き直った。
「それじゃ、わたしの部屋で話し合いましょう」
風太は、所在無げにしている仔猫に笑顔を向け、「きみもだよ」と誘った。




