16 猫叉と化け猫
吾輩は猫叉である。現在の名前はクロちゃん。この鄙びた城下町に昔から暮らしておるが、ひょんなことから捨てられた仔猫に憑依したところを拾われ、今は人里に棲んでいる。
ある日、近所の魑魅魍魎どもの姿が全て消えていることに気づいた吾輩は、恐らくその原因であろう古代遺跡に出現した魔王のような存在から逃れようとして、古い馴染みの犬神と出会った。
犬神の連れの人間は傀儡師の風太というもじゃもじゃ頭の青年で、吾輩の力になるという。
風太は、魔王の眷属の操る人間どもを正気に戻すと、知り合いのいる学校へ行きたいという。そこは吾輩の現在の主人、研二殿の通う矢窯小であったため、案内役を買って出た。
手近なところを飛翔しておったベニシジミに憑依して学校に案内したが、魔王の別の眷属(先ほど人間を操っていたのとは違う種類のやつと思う)が待ち構えていた。ごちゃごちゃ因縁を吹っ掛けて来たので、からかってやろうと近づいた瞬間、爬虫類のような長い舌で食べられてしまった。
もっとも、相手の殺気を感じた刹那、吾輩はベニシジミから離脱して、一気に仔猫の体に戻っていた。いや、決して臆病風に吹かれたわけではないぞ。腹が減っては戦はできぬ、というじゃろう。ちょうど研二殿の母上が、仔猫にきゃとふどを与える時間じゃった。吾輩は、当然ものは喰わんが、その氣を味わうのだ。いつものように、猫がまっしぐらに来るような美味さだった。
吾輩は勇気百倍、仔猫の姿で学校に戻ろうと家を出たのだが、会いたくない相手と出くわしてしまった。
「あら、お出かけ?」
そう声を掛けてきたのは、太った三毛猫であった。うんと年を取っておるようにも、意外に若いようにも見える。
「ふん、どこに出かけようと、吾輩の勝手だろう」
三毛猫は絡みつくような視線で「同じ猫族の誼で、お願いがあるんだけど」と頼んできた。
「はあ? 何の誼だ? おまえのような化け猫と親しくした覚えはないぞ」
「おのれ!」三毛猫は鼻先に皺を寄せ、毛を逆立てた。
「やるか。ここは人通りが多い、公園で勝負だ!」
だが、三毛猫はすぐに毛を引っ込めた。
「今はつまらない意地を張ってる場合じゃない。あんただって、少しは感じてるだろう、古きものの気配を!」
「それは、古代遺跡に出現した魔王とその眷属のことか?」
「そうよ。わかってるじゃない。やつらは強力だし、情け容赦がない。何よりの強みは、団結しているということ。あたしらは、個々に力はあっても、今のあんたみたいに勝手気儘で、助け合わない。これじゃ、個別に潰されるだけよ。あんたがあたしを嫌いなのはわかってる。でも、今は一旦忘れて。あたしはやつらに見張られていて、本体が動けないの。こうして使い魔を飛ばすのも、冷や冷やものなのよ。お願い、助けてちょうだい」
何時になく必死な様子の化け猫に、さすがの吾輩も我を引っ込めた。
「わかった。だが見てのとおり、今の吾輩の殻は仔猫だ。多少は馬鹿力を出せるだろうが、あやつらには通じまい。かといって、肉体を離れては、大した力がないぞ」
「まったく、誇りばっかりで、あ、いえ、ごめんなさい。力は要らないの。折角呼び寄せた陰陽師が今、やつらの造った次元の裂け目で彷徨ってるの。さっき脱出口は開けたけど、見張りがきつくてそこに案内することができないのよ」
「陰陽師?」
「そう、若いけど、割と力を持ってる。妖の力で足りないところは、人間に借りるしかないでしょう?」
「まあ、事情はわかった。助けてやるから、具体的なことを言ってくれ」
「ありがとう、感謝するわ」
化け猫は、縄張りにしている西洋風旅館までの道順と、着いてからの段取りを説明した。
「もう時間がないわ。あとはよろしく!」
すっと化け猫の気配が消えると、普通の三毛猫が残った。目の前にいる自分より小さな仔猫を見て、フーッと鳴いて攻撃態勢を取っている。
面倒だから、喉の筋肉を調整して虎の吼える声を出し、追っ払ってやった。
吾輩は急いで西洋風旅館へ行くと、複雑な動きと呪文で次元の裂け目とやらに潜り込んだ。
出たところは森の中のようだ。鬱蒼と草木が繁っているが、植物とは別の匂いがする。
「うむ。なんだか磯臭いな」
すると、草を掻き分けて走って来る足音がした。二人のようだ。
ばたりと一人が転ぶと、続いてもう一人も倒れた。
後から転んだ方と、目が合ってしまった。ぎょっとしているようだ。
「違う、吾輩は敵ではない。同じ猫族の誼で、おまえたちを助けるように頼まれたのだ」
一人には単なる猫の鳴き声と聞こえたようだが、もう一人には通じたようだ。
「ちっ、野良猫かよ」
「違うっす」
「じゃあ何だ。ダゴンの仲間がニャーと鳴くとでも言うのか?」
「ダゴンの仲間じゃないす。同じ猫族のヨシミでおまえたちを助けるよう頼まれた、って言ってるす。ヨシミって何すか?」
「誼ってのは親しい間柄ってこった。まあ、そんなことは、どうでもいい。助けてくれるのか?」
吾輩は「抜け穴に案内する」と告げた。
「抜け穴があるらしいっす」
迷っておるようなので「風太という人間も知っておるぞ」と言ってみた。
「あ、風太さんを知ってる、って言ってるす」
「ま、いいだろう。案内しろ、って言え」
「すいません。言ってることはわかるすけど、喋るのは無理っす」
吾輩は態度で示した方が早いと考え、とっとと歩き出した。
「ふん、ついて来い、ってか。妖怪変幻にしちゃ、可愛いらしいじゃねえか」
吾輩は「何を言うか! 目立たぬよう憑依しておるだけじゃ!」と怒った。
「今は目立たないよう、憑依してたままの状態だからだ、って怒ってるす」
吾輩はもう黙ってずんずん行くことにした。
やがて、目印の井戸が見えたので、吾輩はヒョイとその上に乗った。面倒だが、説明してやろう。
「この井戸の底が現界と繋がっている」
「この井戸の底が現界と繋がっている、って言ってるす」
「ふん、信じて飛び込め、ってことか。ま、仕方ねえか」
どこまで疑り深いのだ。もう知らん。吾輩は後ろも見ずに、パッと井戸に飛び込んだ。




