14 案内役
太鼓のような音が治まると、微かなペタッ、ペタッという音が聞こえてきた。ジャングルの方から、だんだんこちらに近づいて来ている。それも一か所ではない。
玲七郎は目を細めて音のする方を見た。
「今度は何だ?」
「なんだか、足音みたいすね」
「足音?」
玄田に聞き返したものの、玲七郎の耳にも足音のように思えてきた。それも、足の裏が濡れているようだ。
「さっきのインスマス人が先回りしたのかもしれねえ。隠れた方が良さそうだな。その辺の木の後ろにでも身を潜めて様子をみよう」
「は、はい」
二人が木の裏に隠れた直後、ガサッと下生えを掻き分けて人影が現れた。殆ど髪の毛が抜けた頭部は鱗に覆われ、瞼のない真ん丸な目の下に、穴だけの鼻と横に広がった口がある。インスマス人だった。それも、海岸で見た時よりも変形が進み、一層魚類に近づいているようだ。
続いてもう一体、さらに一体と、続々とインスマス人が集結して来た。
「お、おれたちを追っ掛けて来たんすか?」
震えながら訊いてきた玄田を、玲七郎は押し殺した声で「静かにしろ!」と止めた。
インスマス人はすでに二十名を超えていた。黒い岩を取り囲むように立ち、頻りに上を見ている。
と、ただでさえ暗かった空の真ん中に黒い塊のようなものが生じ、そこから漏斗状の雲が伸びて来た。その先端が黒い岩の天辺に届いた瞬間、バリバリと雷鳴が轟き、目も眩むような稲光が走った。
「うっ」
思わず目を閉じた二人が目を開けた時には、黒い岩の上に何者かが立っていた。インスマス人と似たところもあるが、何倍も大きい。
「出たな、ダゴン」
玲七郎は囁くように呟いた。玄田は声も出ないようだ。
それが本当にダゴンと呼ばれる存在なのかはともかく、インスマス人たちの反応はまさに畏れおののくかのようであった。五体を投げ出すようにベッタリと地面に伏せ、伸ばした両手の先を震わせている。その手も半ば魚の鰭のように変形している者もいた。
「ゲグゲ、ガーッ!」
ダゴンと思われる巨大な存在が大きな声でそう吠えると、玄田が「え?」と声をあげた。
「しっ! 静かにしろって!」
玲七郎に小声で叱責され、玄田は首を竦めた。
「すいません。でも、早く生贄を捧げろ、って言ってるんす」
「はあ? おめえにあの化け物の言葉がわかんのか?」
「自分でも不思議なんすけど、そういう能力があるらしいんす。前に風太さんが言ってました」
つい、二人の話し声が大きくなってしまい、インスマス人たちがザワつき始めた。
「いかん、気づかれたみてえだ! 逃げよう!」
「あ、はい!」
二人が走り出すと、ダゴンが「グァー!」と咆哮した。明らかに怒りが籠っている。
ペタペタと足音を立てながら、インスマス人が追って来る。だが、足が変形しすぎて、早くは走れないようだ。
「ど、どっちに、逃げたら、いいんすか?」
「知るか! とにかく全力で走れ!」
ジャングルに戻り、二人は闇雲に走り始めたが、獣道すらないため、そう易々とは進めない。すぐに玄田が転び、「何やってんだ!」と叱りつけた玲七郎も、勢い余って転倒した。
「くそっ!」
自分の足が引っ掛かった下草を罵る玲七郎の表情が固まった。その視線の先に、光る二つの点があった。
「ニャー」
「ちっ、野良猫かよ」
たが、意外にも玄田が「違うっす」と否定した。
「じゃあ何だ。ダゴンの仲間がニャーと鳴くとでも言うのか?」
「ダゴンの仲間じゃないす。同じ猫族のヨシミでおまえたちを助けるよう頼まれた、って言ってるす。ヨシミって何すか?」
「誼ってのは親しい間柄ってこった。まあ、そんなことは、どうでもいい。助けてくれるのか?」
「抜け穴があるらしいっす」
玲七郎は迷った。罠の可能性も捨てきれない。
「あ、風太さんを知ってる、って言ってるす」
「ふん」
気にくわないが、少なくとも敵ではないようだ、と玲七郎は見極めた。
「ま、いいだろう。案内しろ、って言え」
「すいません。言ってることはわかるすけど、喋るのは無理っす」
「何だと」
たが、相手はわかったらしく、またニャーと鳴いて歩き出した。
「ふん、ついて来い、ってか」
暗さに目が馴れ、相手が黒猫なのがわかった。まだ幼い仔猫だ。
「妖怪変幻にしちゃ、可愛いらしいじゃねえか」
「今は目立たないよう、憑依してたままの状態だからだ、って怒ってるす」
玲七郎もそれ以上相手の機嫌を損ねないよう、黙って後について歩いた。
やがて、前方に石を積んだ構造物が見えてきた。丸い井戸のようだ。
黒猫はヒョイとその上に乗ると、二人の方を見てニャーと鳴いた。
「この井戸の底が現界と繋がっている、って言ってるす」
「ふん、信じて飛び込め、ってことか。ま、仕方ねえか」
すると、黒猫は怒ったらしく、パッと井戸に飛び込んだ。
玄田は困ったように「どうします?」と訊いた。
玲七郎はニヤリと笑い、「幼いアリスだって穴に飛び込んだんだ。行くしかねえだろ!」とジャンプした。




