13 白狐族
「なんだ、あんたは?」
爬虫類のような目を、普通の人間の目に戻した警官が、大志摩校長を睨めつけた。
「この矢窯小学校の校長を務めております、大志摩弥生と申します。何か誤解があったようですね。飯田先生と半井さんは、子供たちに見せるマジックショーの練習をしていただけですわ。誰かが早とちりして、警察に通報したのでしょう」
警官が何か反論しようとした時、大志摩の両目が光の塊のように輝いた。
「うわっ!」
先頭に立っていた警官だけでなく、他の警官や消防士も一斉に自分の目を押さえた。
「あら、みなさん、どうされました?」
トボけたようにそう尋ねた時には、大志摩校長の目は普通に戻っていた。
警官はすっかり闘志が挫けたらしく、ガクガクと頷いた。
「うう、ま、そ、そういうことなら、誤認逮捕だったということだな。わかった。解放しよう」
風太の手錠を慌ただしく外すと、警官たちはそそくさと体育館を出て行った。
それを見届けると、風太は大志摩に頭を下げた。
「ありがとうございます」
改めて礼を述べようとする風太に、大志摩は唇に指を当てて見せ、後ろを振り返ると、体育館の外に向かって「飯田先生に着るものをお願い」と声をかけた。
「はい」
白衣を着た若い女性が、手に真新しいジャージの上下を持って入って来た。顔立ちがどことなく大志摩に似ている。
風太は、「ちょっと待ってください」と声をかけ、先に飯田を縛っている縄を解き、猿轡を外した。
「こ、これは、いったい、どういう」
何か言いかける飯田に、風太は人差し指を立てて見せた。
「飯田先生、これを見てください」
飯田の目がトロンとなった。
「ぼくが三つ数えて指を鳴らしたら、用意されたジャージを着て、ここで起きたことはすべて忘れ、職員室に戻ってください。一、二、三」
風太がパチンと指を鳴らすと、飯田はまるで何事もなかったかのように黙々とジャージを着て、振り向きもせずに体育館を出て行った。
「あら、便利なことができるのね」
感心する大志摩の言葉に、珍しく風太は照れた。
「いえ、校長先生の術に比べれば、児戯の類いですよ」
「そんなことはないわ。こんなに簡単に結界を破られるようでは、お上から授かった命婦の位が泣きます」
白衣の若い女性が「申し訳もござりませぬ」と、大志摩に詫びた。
「それはもう良い。火災訓練であったと告げて子供たちの動揺を鎮め、結界を張り直しなさい」
「畏まりました」
白衣の女性が出て行くと、大志摩は風太に笑顔を見せた。
「すみません。下の者の教育もわたしの役目なので。よろしければ、お茶でもいかがですか?」
風太もニッコリ笑って「ごちそうになります」と答えた。
二人で校長室に移動し、応接セットで煎茶が供された。
「お抹茶の方が良かったかしら?」
「あ、いえ、不調法なので」
そう言いながらも、風太の作法は洗練されていた。
「ふふ、さすがに半井家の方ね」
すっかり打ち解けた様子の大志摩に、風太は思い切って訊いてみた。
「校長先生は、人間ではありませんね? 先ほどのお若い方も」
大志摩はおかしそうに笑った。
「今さら隠すつもりもないけど、随分単刀直入ね。そう、わたしたちはここから西南の位置にある、有徳神社に住まう白狐の一族よ。妖の中では、人間との関りが深いの。先ほど思わず言ってしまったけど、畏れ多いことながら位階も頂戴しているし。あなたには釈迦に説法でしょうけど、人間との通婚も多いわ。亡くなったわたしの主人は人間の教師でね、わたしはその遺志を引き継いだの。だから、ここでは、本当に普通の校長先生として頑張っていたのよ。娘も、ごく普通の保健室の先生として過ごしていたわ。それが……」
「古きもの、ですね?」
大志摩は嫌悪感を露にした。
「何と呼ぶのかは知らないけど、下品で邪な連中よ。でも、何しろ数が多いし、中には力のあるものもいる。今ではこの街の大半が彼らの勢力下にあるわ。この学校は何とか護ってきたけど、葦野ヶ里に遠足に行った時に、何匹か紛れ込み、外の仲間に手引きをしていたみたいなの。こちらも仲間を呼んだけど、人間たち、特に子供たちに気づかれないようするのは、もう限界だった。横尾先生から知り合いの腹話術師を呼びたいと言われた時、もしかしたら、という思いもあって、飯田主任に話を進めるように指示したのよ。だから」
大志摩は、風太に手を差し出した。
「改めてお願いするわ。わたしたちと協力して、あいつらをこの世界から追い出しましょう!」
風太も笑顔で握手した。
「喜んで、お引き受けしますよ」




