12 ダゴンの迷宮
玲七郎の後ろから覗き込んだ玄田が、「こ、ここはどこっすか?」と訊いた。
「こっちが聞きてえよ。見たとこ、南方の海岸のようだが、映画か何かのセットにも思える。とにかく、入ってみようぜ」
「ええっ、入るんすか?」
「当たり前だろう。虎穴に入らずんば、って言うじゃねえか」
「え?」
パッと自分の尻を押さえた玄田に、玲七郎は「アホか」と呆れた。
「いいから、行くぞ!」
「あ、はい」
中に入ると、ますます磯の香りがキツくなった。見る限り、うらびれた海岸のようである。砂浜にポツンと生えた椰子の木が淋しげだ。
右側に広がる海は作り物めいて、規則的に細かい波が砂浜に打ち寄せていた。遥か水平線の辺りはモヤモヤしていて、書き割りにも見える。
左側は砂浜が途切れたところから、いきなり鬱蒼としたジャングルになっていた。
「なんか嘘臭えな。昔観た、飛行機が無人島に墜落したドラマみてえだ」
そう言いながら玄田の方を振り返った玲七郎が、ギクリと固まった。
玄田が怯えた声で、「何すか、何か後ろにいるんすか?」と首を縮めた。
玲七郎はムスっとした顔で「自分で見てみな」と促した。
玄田が恐る恐る後ろを向くと、アングリと口が開いたままになった。
そこには、前方と同じような海岸が、延々と続いていたのだ。
「い、入口が……」
「ねえな。ま、仕方ねえ。先に進もう」
「ええっ、でも、もしかしたら、帰れなくなるすよ!」
「いいじゃねえか。おれは、常に前進あるのみさ」
玲七郎は、そのまま真っ直ぐ砂浜を歩き始めた。
どうすべきか迷いながらも、ここに置いていかれる方が怖いと考えたらしく、玄田も小走りで玲七郎の後について行った。
玲七郎は油断なく周囲を見回しながら進んだ。時々椰子の木がある以外、何の変化もない。
と、前方に人影が見えてきた。原住民のようだ。半裸に近い恰好の、肌の浅黒い男だ。ジッと海の方を眺めている。よく見ると、皮膚の一部が鱗状に変化していた。
玲七郎は後ろに向かって「用心しろ!」と囁いた。
その声が聞こえたのか、男がこちらを見た。瞼がないような真ん丸な目をしている。鼻が極端に低く、ほとんど二つの穴しかない。首の両側に赤黒い襞のようなものがハミ出している。
玲七郎は目を細め、その男の頭上を見た。
「ねえな。ってことは、操り人形じゃねえ。本物だな」
玲七郎の独り言が聞き取れなかった玄田は、動揺した声を出した。
「ど、どいうことすか? 前の人、なんか変すよ!」
玄田の声に、男が反応した。
唇の薄い口をパクッと開くと、鋭く尖った小さな歯がビッシリ生えているのが見えた。その口から、「ギョエエエエエーッ!」というような耳障りな声を発したのだ。
すると、海の中から何箇所も一斉にブクブクと泡が立ち昇り、黒い頭のようなものが、ボコッ、ボコッと浮き上がって来た。それが砂浜に向かって近づくにつれ、顔が見えてきた。皆一様に瞼のないような真ん丸な目をしている。明らかに、浜辺に立っている男の仲間だ。そして、首の横の襞は、両側に大きく張り出していた。
その男たち(?)凡そ二十体ほどが、続々と上陸しようと歩いて来ている。
「ちっ。これが噂のインスマス人か」
「え? クリスマスにはまだ早いっすよ」
「違えよ! ダゴンとかいう邪神を崇拝してる連中さ。それにしてもちょっと数が多すぎるぜ。こりゃ、逃げるが勝ちだな」
玲七郎は、ボーッと立っている玄田に「おいっ、逃げるぞ!」と声を掛けた。
「どこへ、すか?」
「こうなったら、ジャングルに入るしかねえだろ。はぐれるんじゃねえぞ!」
「あ、はい!」
二人は直角に左に折れ、未知のジャングルに分け入った。
複雑に枝を伸ばす南方系の樹木の下に、腰の辺りまであるような羊歯植物が所構わず生えている。目印になるような物もなく、そもそも、太陽がどちらにあるのかすらわからない。
その中をずんずん先に進む玲七郎に、堪りかねたように玄田が「ちょっと待ってくださいよ!」と叫んだ。
「なんだ? 休憩したいのか?」
「違うす! 玲七郎さんは、行き先わかってるんすか?」
「ああ」
「ホントすか?」
玲七郎はニヤリと笑い、「着いたところが行き先さ」と告げた。
「え? 意味わかんないす」
「どうせ、ここはまやかしの世界だ。どっちに進んだって同じことさ。おれたちが辿り着いたところが、向こうが見せたい場所、ってこった」
玲七郎の言葉が聞こえたように、樹木のない広い場所に出た。その中央に、真っ黒な岩が立っていた。
「あ、なんか、昔の映画で、猿に道具を教える、こんな岩なかったすか?」
「モノリスか。あれはもっと幾何学的だ。こいつは自然石を立てただけさ」
その時、ドコドコと太鼓を叩くような音が響いてきた。




