11 ツァトゥグァの罠
風太は怒りを込めて、「ふざけるな!」と叫んだ。
「飯田先生をどうしたんだ!」
飯田の顔をした相手は、ヘラヘラと笑いながら、ステージから降りて来た。
「おかしなことを言うじゃないか。ぼくなら何ともないよ。ほら」
そう言いながら、細長い舌でペロリと自分の鼻を舐めた。明らかに風太をからかっている。
「いい加減にしろ! おまえが人間じゃないのはわかっているんだ! 化け物め!」
その時、風太のショルダーバックから、男の子のパペットが顔を出した。
「若! 冷静になってくだされ! 相手の思う壺ですぞ!」
それを見て、相手の化け物は少し厭そうに鼻に皺を寄せた。
「あれ、何だかぼくの嫌いなイヌッコロの臭いがするねえ。きみきみ、学校にペットを持ち込んじゃ困るよ。もしかして、ウサギやニワトリを食べようとした犯人は、そいつじゃないのかい?」
化け物は、ゲヒゲヒというような気持ちの悪い声で、おかしそうに笑った。
すると、風太を宥めようとしていたほむら丸の方が逆に激高してしまい、本来のオオカミの形をした炎の姿となって飛び出して咆哮した。
「無礼千万! おぬしこそ動物虐殺の犯人であろう!」
自分以上にほむら丸が怒りに我を忘れてしまったために、却って風太は平静を取り戻すことができた。
「ほむら丸、よさないか。さっきのおまえの言葉をそっくりそのままお返しするよ。この人間擬きは、明らかにぼくらを怒らせようとしている。危険だ。罠の臭いがする」
おそらく風太は、逆に化け物を怒らせようとしたのだろう。相手はまんまと風太の言葉に引っかかった。
「擬き、とはなんだ、擬きとは! スキ好んで人間のような下等生物の恰好をしてはおらん! ツァトゥグァという名誉ある名も持っておるわい!」
化け物の体が見る間に変化し、蟇蛙と蝙蝠を足して二で割ったような姿を現した。飯田のジャージが、はち切れそうになっている。
風太はふんと鼻を鳴らし、「本性を現したな、貪欲の神ツァトゥグァ」と吐き捨てるように言った。
「もう一度だけ訊く。ホンモノの飯田先生をどうした? 返答次第では、ただでは済まさん!」
ツァトゥグァは、またゲヒゲヒと笑った。
「おお、怖い怖い。ぼくが人間を喰ったと疑っているのかい? お生憎さまだな。ぼくはこう見えてグルメでね。人間みたいな汚染された動物は喰わないよ。お腹を壊してしまうじゃないか」
腹を抱えて笑い出したツァトゥグァに、我慢しきれなくなったほむら丸が飛び掛かった。
ほむら丸が襲いかかる寸前、ジャージの上下だけを残してツァトゥグァはパッと姿を消してしまった。そのため、怒りで温度の上がったほむら丸の炎に触れたジャージはメラメラと燃え上がった。
と、すぐそばの校庭から、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。それも一種類ではない。パトカーのものと消防車のものが同時だった。
「ほむら丸! 一旦隠形しろ!」
ほむら丸がパペットに戻るのを待っていたように、サイレンが止まった。
何事かと思う間もなく、ドカドカと足を踏み鳴らしながら、数人の制服の警官と消防士が体育館に入ってきた。
先頭の警官が、キッと風太を睨み、大声で告げた。
「通報があった! 暴行傷害、拉致監禁、並びに現住建造物放火の容疑で現行犯逮捕する! 無駄な抵抗はするな!」
その間に別の警官が附室のドアを開け、下着姿のまま縛られ、猿轡を噛まされた飯田を助け出した。
呆然とその様子を見ていた風太の手首に、ガチャリと手錠が掛けられた。
「ぼくじゃない。誤解だ」
「言い訳は署で聞こう、半井風太」
風太がハッとして、自分の名前を言った警官の顔を見ると、瞳が縦長の爬虫類のような目をしており、瞼が下から上に閉じた。
「ツァトゥグァの仲間か!」
「何の話だ。訳のわからぬことを言うんじゃない。そうか、おまえヤクを打っているな」
警官は同僚たちに向かって、「こいつヤク中だ。拘束衣を用意しろ!」と怒鳴った。
その隙に、風太は小声でショルダーバッグに囁きかけた。
「このまま連れ去られたら、簡単には解放されないかもしれない。逃げよう」
「御意」
だが、その時、体育館に初老の女性が静かに入って来た。大志摩弥生校長だった。
「みなさん、お待ちください」




