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序幕

 雪が降る。

 ただ静かに。

 その白く染め上げる氷の結晶たちはそこにいる、もしくはあるもの全てをその白で覆い尽くしていく。

 まるで真意を。

 まるで真相を。

 まるで真実を。

 その絹の白無垢の如き純白の世界に一つだけ。

 ひと塊だけ。

 白の世界に異物が見える。

 人だ。

 まだ然程年齢を重ねていない、少年とも青年とも見て取れる男は膝をついて、身ぶるいしている。

 その腕の中にはもう一人。

 男に抱き抱えられながら口元からは朱い、朱い雫がつつっと溢れて落ちる。

 その正体は何から何まで異色だった。

 華奢で儚い色した面はまるで人とは思えないほどの、これまた異彩の美しさを放っている。

 それはやはり、というかまだ幼顔の少女とも言うべき女だったが閉じた瞳をゆっくりと開いたその虹彩は艶めかしい、見た目とはあまりに違いすぎる艶やかな視線を男に投げかけると一言、呟く。


「私……蛍みたいだね……儚く……消える……冬の……蛍火……」


 そこまで言うと少女は血色などない白い顔で。

 儚く微笑む。

 震える手を、力の入らない腕を、男にむけると力強く、やや乱暴にぎゅっと握り返す男は滂沱する。

 元服した男が見栄も外聞もなく涙する。


「死ぬな……!螢!死なないでくれ!俺を置いて逝かないでくれっ!!」

「剣一郎……ごめんね……私は……貴方の螢じゃない……ただの……血も肉も…魂も……全て借り物の屍形(かばねがた)……だからそんなに……泣かないで……?」

「俺は!お前との約束を……!果たすためだけにここまで来たんだ!」


 約束。

 互いに決められた運命。

 それは時に命よりも重く。強く。固く結ばれる。



 剣一郎と螢。

 その二人を中心に白の世界に新たな色を添えていく。

 紅く。

 ただ紅く。

 二人は白が支配する世界に逆らう様に紅い大きな、さながら牡丹を咲き散らしながらその中心でいつまでも抱き合っていた。



 ーーーーーーーーーー



 時は幾ばくか過ぎゆき。

 とある山中某所。

 木々が生い茂る、獣道すらない山中。

 そんな山の中を強行軍している男がいる。

 ざんばら頭に長身、端正な顔立ちをしているが鋭い双眸が印象的な、所謂色男だった。

 がさがさと目的地に向かっているのか、道無き道を迷いなくずんずんと突き進んでいくとやがて。

 木々に囲まれた小さな空き地があり、その中央には人の頭くらいの大きさの石が二つ、寄り添うように並んでいる。

 墓石に見えるその前に一人、居るはずのない、居てはならないはずの男がしゃがんで手を合わせていた。


「総司……!お前、なんでこんな所にいる?」


 総司と呼ばれたその男は小柄だが身体の芯は伸び、合わせた手で折れた着物の袂から覗かせている腕の筋は常人以上に張り漲っている事からその男の人間的強度を表している。

 しかしその表情は頬が少しこけて影を落としていた。

 自分に後ろからかかった声に気づくとゆっくりと立ち上がり振り替えった先の顔が見知った顔だと知り、柔らかい口調と笑顔で一言返す。


「あ、土方さんじゃないですか。どうしたんですか?こんな所にまで」

「……馬鹿か。こんな所にまで来てする事など一つだろが」


 と土方と呼ばれた男は手に持っていた酒瓶の栓をポンッと抜き2つの墓石に上からゆっくり降り注いでいく。

 ぱしゃぱしゃ、と軽い音を立ててやがて土に染み込んでいく。

 酒で濡れた墓石は色を濃くして次第に乾いていくその様はまるで墓石の主が喉を潤していくようにも見えた。

 酒瓶の中身を出尽くすとキュッと木栓を締め短く目伏せする。

 ゆっくりと目蓋を開けると、その鋭い視線を総司に向ける。


「で?馬鹿。お前は何故こんな所にいやがる?俺は寝てろと言った記憶があるんだがな」


 土方はその言葉に少し怒気を含むも相手の青年には届かずにへらっと表情を崩す。


「いやだなぁ、寝てましたよ朝まで」

「……馬鹿じゃなかったか」

「え?今更知ったんですか?照れるなぁ」

「大馬鹿だ!お前は!身体が治るまで寝てろと言ったんだ!……ったく、故人の前じゃなかったらその顔を引っ叩いていたところだ」

「そうなんですか?助かりましたよ、風間さん」


 そう墓石に向かって返事の返ってこない相手に礼を言う。

 昔からこいつは変わらないな、と土方はふぅ、と一息つく。

 掴み所がない、皮肉が通じない、感情も変わらない。

 中身がまるで成長していないように子供の頃からいつも何があろうとその表情は常に笑っている。

 そう、子供の頃からだ。

 だが今。この墓石に向けていた貌には笑みは無く紳士に向かい合う一人の男の貌だった。

  そんなことを考えていると互いに口数がなくなる。

 その沈黙を嫌ったのか、不意に総司は素直な思いをつい口にする。


「……あれは一体何だったんでしょうね」


 あれと言われた事例に思い当たる事がある。

 2年前に自分たちが巻き込まれた事変。

 普通では体験し得ない信じ難い出来事。

 それを思い出すのは憚かるのか、今では誰もその事を口にはしない。

 だが優しい風が木々を揺らす音だけを聞いているとついその疑問が顔を出す。

 それを咎める事もなく土方はただ一言。


「……俺が知るか、馬鹿」

「馬鹿馬鹿酷いなぁ、土方さん」

「馬鹿ではなければ阿呆だ、お前は」

「……その言葉、風間さんが亡くなってから言わなくなりましたよね?気づいてました?」

「変な所で勘のいい奴だ。まぁな、意識的に押し込めていたからな」

「永倉さんも原田さんも口にはしませんが未だに心に引っかかっているみたいです。たまに思い出してる様な顔をしてますから」

「あいつらも当事者だからな。当然お前も。もっともお前はすっかり忘れたのかと思うくらいいつも通りだったが」


 当事者だったのは間違いないが何があったのか未だに分からない気持ち悪さが胸を締め付けるのと同時に。


「まぁ忘れられませんね。忘れたくても忘れられないほどに衝撃的な出来事でしたから。それに」


 そこまで言うと自分の着物の掛け合わせの辺りをぎゅっと強く握りしめる。


「この胸に巣食う病がそれを許してくれません。この病こそが……風間さんたちが生きていた、何よりの証ですから」

「……そうか」


 瞬間。

 ざざぁ、と少し強い風が二人の肌を撫でる。


「風が出て来たな」

「そう言えばあの人と再会したのもこんな少し風の強い日の夜でしたっけね」


 風が忘れられない記憶を擽る。

 もう一度。

 あの変事を否応もなく思い起こしていく。

 総司は記憶を手繰り寄せるとふと眼下の2つ少し濡れた石に目を落とした。

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