幕間 悪夢
今日、これが最後になります。
息を切らしながら、男は遠い昔に破棄された要塞を見つめた。
石作りの建物に無数の木の根が張り巡らされ、所々穴が空いている。
要塞としての機能は数百年まえに失っていたが、夜露を凌ぐには十分に義務を果たしていた。
空いた穴から篝火が見える。
武装した男たちが見回っていたが、眠そうに欠伸をかみ殺していた。実際、寝ている者もいるが、総じて疲れ切った様子だった。
男は無造作に近づいていく。
1人の警戒要員が気付き、武器を構えたが、「あっ」と何かに気付いた。
「だ、団長!!」
盗賊団『ムセインノード』の団長オード・ガロムが、部下を無視して、要塞の中に入っていく。
寝ていた盗賊たちが「団長」という言葉に驚き、飛び上がった。
お通夜のように静かだったムセインノードの根城が、にわかに騒がしくなる。
「団長! 生きてたんスね」
「当たり前だ! ムセインノードの団長が簡単にくだばるものか?」
泣きつくように近づいてきた部下を蹴り飛ばした。
さらに「団長!」「団長だ!」「帰ってきたんだ!」という声が続き、オードを中心に取り囲んだ。
オードはひとしきり部下を見つめる。
半数は無傷のようだが、半数は怪我をしていた。
そのほとんどが、今日の集落襲撃に関わった盗賊たちだ。
つと視線を上げる。
要塞内に格納されていた何機かが、破壊されていた。
「お前ら……。村の方はどうした?」
狼のような鋭い視線が走る。
団長の帰還を喜んでいた盗賊たちの顔が、一瞬で凍り付いた。
オードの瞳から逃れるように顔を背ける。
「失敗したのか? ええ!!? 泣く子も黙る盗賊団ムセインノードともあろう悪党が、たかが亜種の村1つ落とせなかったってのか!? あ゛あ゛――!」
声を張り上げる。
皆、沈黙していたが、見かねた団員の1人が意見した。
「しゅ、襲撃は成功したんだ。途中までは――」
「途中?」
「邪魔が入ったんだよ。それで……【亜人騎】も3騎やられて。で、仕方なく」
「おめおめ逃げ帰ったってわけか?」
団員の胸倉を掴む。
憎悪に澱んだ目で睨み付けた。
「長引けば辺境騎士団が来るかもしれないだろ。だから――」
「チッ……。腰抜けが」
突き飛ばすように離す。
そして言葉を続けた。
「どんなヤツだった?」
「見たこともない騎体だった。緑色に光ってて。……そうだ。ソードリアの剣によく似た剣を持ってた」
「やはりあいつか……」
ますますオードの顔が歪んでいく。
ふっと吐いた息が、湯気のように白くなっていた。
「おう。オード、戻ったか?」
「あ゛あ゛ん!!」
振り返ると、ムセインノードの副長が立っていた。
片目の眼鏡をかけた副長は、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「よく戻ってきたな」
「悪かったな。生きてて……。おっちんでいれば良かったか。そうすれば、ムセインノードはお前のものだったろうからな」
「俺はこんな暑苦しい連中を束ねる器量はねぇよ。あんたがいるから、ムセインノードは面白いんだ」
「ふん。相変わらず、気持ち悪いことをいうヤツだ」
「ところで、お前に客が来てる」
「客?」
副長はにやりと口角を上げた。
「喜べ。女だ」
自室である団長室の扉を開けると、副長のいうとおり、女が待っていた。
フードを目深に被った妙齢の女。
かすかに見える口元は薄気味悪いほど青く、肌も白い。
袖から見える手には魔石がはめられた指輪をしていて、魔法使いであることは察せられた。
「やっぱりあんたか?」
「知り合いか?」
「ちょっとな。お前は外せ」
「わかった。後で感想を聞かせろよ」
副長は「ごゆっくり」といって、出ていった。
明らかに勘違いしている様子だった。
「まずは無事の帰還をお喜び申し上げるわ。ガロム団長」
淫夢のような甘い言葉だった。
オードから警戒心は消えない。
むしろ高まり、一定の距離を開けて、団長室に入る。
女を横目に見ながら、棚から酒と杯を取り出す。
乱暴に注ぐと、一気に嚥下した。
熱い吐息を吐き、口元を拭う。
「ご託はいい。それよりも何のようだ」
「単刀直入にいうわ。あなたが見たという騎体について教えてほしいの」
「見返りは?」
オードはもう1杯呷る。
盗賊らしい要求に、女の顔は鼻白むことはなかった。
「その【極神騎】に対抗する手段を提供する――というのは、どうかしら?」
もう1杯酒を注ごうとしたオードの手が止まる。
「お前、あの【極神騎】のことを何か知っているのか?」
「今のところ、あなたが遭遇したのが【極神騎】だということ以外は……」
「……わかった。いいだろう」
「交渉成立ね」
本来なら、もう少しふっかけたいところだが、オードはそれ以上要求しなかった。というより、誰かにあの騎体のことを聞いてほしかったのだと、話し終えてからわかった。
「……なるほど。スキルを奪い、自分のものにすることが出来る【極神騎】ね」
「話を総合するとそういうことになる。だが、そんなことは可能なのか? スキルを奪うなんてスキルなんて初めて聞いたぞ」
「それは、その騎体が【極神騎】だからではないかしら」
「まあ、いい。それよりも報酬だ。本当にその【極神騎】に対抗できるのか」
「もちろん。じゃあ、行きましょうか?」
「行くって? どこに?」
返答は返ってこなかった。
女はさっと手を横に振る。
瞬間、オードも女も、団長室から消えていた。
気が付けば、オードは薄暗がりの洞窟の中にいた。
側には女も立っている。
「ここは?」
辺りを見回す。
すると、視界に忽然と1騎の騎体が現れた。
「これは?」
思わず腰を抜かしそうになるほど、荒々しい姿だった。
オードは「炎みてぇだ」と詩人のように評す。
陳腐ではあったが、その表現は的を射ていた。
全体が真紅に彩られたカラーリング。
炎を纏ったかのような歪に絡まった装甲。
シュッと筆で払ったかのような涙滴型の瞳。
武器が杖。オードにとってはマイナス点だが、騎体の背後を彩る外套は、【亜人騎】にない品の良さを漂わせる。
オードは瞬時に気に入った。
騎体はまさに、自分の中に渦巻いた怒りそのものを現したかのようだったからだ。
「【極神騎】フレイムダスト……」
「な! 【極神騎】! あんた、今【極神騎】といったか?」
「お気に召さなかったかしら?」
フードから見える口元が、妖艶に歪む。
呆気にとられていたオードは、半ば無理矢理笑みを浮かべた。
その唇はかすかに震えている。
怯えているのではない。歓喜と武者震いが混然とし、どう感情を表現したらいいのかわからなかったのだ。
「そんなわけないだろ」
自分でも笑っているのか、戦いているのか判然としない。
「そう。では、進呈するわ。可愛がってあげてね」
「あんまりこんな家業していると人に感謝することなんて滅多にないんだが、ありがとよ」
「どういたしまして」
「そう言えば、名前を聞いてなかったようなが気がするな」
名を聞こうとした瞬間、オードはつと考えた。
――あれ? 俺は一体、この女といつどこで出会ったんだっけ?
何か赤い光が見えた。
顔を上げると、女の瞳が血のように赤くなっていた。
――え?
「どうでもいいでしょ? そんなこと……」
「え? あ、ああ……。そうだな」
何か今、飛んでもないものみたような……。
「では、ごゆっくり」
女は【極神騎】フレイムダストに向かって手を差し出す。
誘われるようにオードはフレイムダストの騎手室に入った。
座席に着席すると、開口部が閉まる。
そして――。
「ぐぎゃああああああああああああああああああああ!!」
下品の悲鳴が洞窟を突き抜けた。
女は笑う。
良質な高原の空気を味わうかのように息を吸った。
「可愛がってもらいなさい……。フレイムダストに」
さっと手を払う。
女は消えた。
★
カイルは夢を見ていた。
目覚めてから初めての睡眠。
初めての夢だった。
瞳に映っていたのは戦場だった。
幾体もの【極神騎】が見るも無惨な姿で転がっている。
炎が荒ぶり、生命活動の痕跡すらない。
あるのは無骨な鉄くずと、使い古された魔力の残滓だけだった。
風が渦巻く。
蝶のように残滓が天に昇っていく。
直下に生き残っていたのは、2体の【極神騎】。
1体は漆黒の装甲を纏った【極神騎】。
対していたのは、カイルもよく知るスキルイーターだった。
自分の印象とは違う。
何か獣――いや、そのスキルイーターは……。
悪魔じみていて、いびつだった。
寒気がする。……恐ろしい。
だが変な感覚だった。
初めて見た光景なのに……。
1度見たような気がするのだ。
カイルは気付く。
黒衣の【極神騎】とスキルイーターの間に1人の少女がいた。
――ミリオ?
いや、違う。
背格好は似ているものの、別な女性だった。
1つだけいえることは、2体の【極神騎】の間にいながら、少女が独特の存在感を放っていること。
妙に目が離せないというのか。
もっと他に注目するものがあるのに、気が付けば見ている。
そんな存在だった。
少女の身体は黒衣に【極神騎】に向けられていた。
何かを叫んでいる。
やがて、まるで後ろのスキルイーターを守るように、手を広げた。
黒衣の【極神騎】は手をかざす。
夜の闇をすべて集めたような黒玉が膨張していく。
――危ない! 逃げるんだ!
カイルは我がごとのように叫んでいた。
だが、声は届かない。
やがて黒の波動は少女を――――――。
★
「やめろぉおおおおおおお!!!!」
カイルは飛び起きた。
かかっていた毛布を無意識に跳ね飛ばす。
荒い息が、静かな森の中に響き渡った。
周囲を見渡す。
スキルイーターが見えた。
しかし、側にいた黒衣の【極神騎】は影も形もなく、取り巻く炎もない。
あるのは鬱蒼と茂った木々と白々と明け始めた朝空。
そして絶対的な静寂だけだった。
「あれ?」
考えもなしに額を拭う。
手の甲にはびっしりと汗がついていた。
まるで水でもかぶったかのように全身が湿っている。
「だ、大丈夫ですか、カイルさん?」
声がして、カイルは顔を上げた。
一瞬、夢の少女と重なる。
よく見ると猫耳少女が不思議そうに覗き込んでいた。
「アイーナ?」
「はい。そうですよ。ふふふ……。もしかして寝ぼけてますか?」
「あ、ああ……。そうみたい」
「何か怖い夢でも見たのでしょうか? 少しうなされていたようですけど」
――アイーナを心配させるわけにはいかないな。
「ま、まあ……。そんなところ。お化けが出る夢を見たんだ」
両手をだらりと垂らし、カイルは舌を出した。
アイーナは怖がるどころか、声を上げて笑った。
とてもチャーミングだ。
「それよりもアイーナはずっと起きてたの?」
カイルは敷いた寝床から出て、整理を始める。
見れば、すでに朝食の準備が始まっていた。
「寝ましたよ。ちゃんと……。でも、この時間になると目を覚ましちゃうんです。猫耳族って明け方が一番活動的なんですよ」
「へぇ……」
「でも、お昼とかになると眠くて眠くて。魔法学校のお昼の授業は苦手です」
「なるほど。それは大変だね」
自然とカイルは笑みを浮かべた。
ようやくあの悪夢の呪縛から解き放たれた感じだ。
「もうすぐ朝食が出来ますから。ちょっと待っててください」
「楽しみだな」
カイルは舌で唇を舐める。
アイーナの楽しそうな顔を見つめた。
こうしていると、悪夢のことを忘れる
しかし、やはり――。
スキルイーターの方を見る。
夢で出てきたあの女の子のことが、少しだけ気になった。
出発の段になって、カイルはスキルイーターに乗り込む。
手には背嚢を背負ったアイーナが乗り、スタンバイしていた。
開口部を下ろし、カイルは手早くシート位置を決める。
すると声が後ろから聞こえた。
「な、なあ、カイル」
「なんだい、ミリオ?」
「これを……。あの娘――アイーナに返しておいてくれないか?」
差し出したのは、ゆうべアイーナが置いていったスープの皿だ。
綺麗に空になっていた。
「あと美味しかった、と……」
ミリオの顔は珍しく赤くなる。
振り向いたカイルと目があい、咄嗟に目を反らした。
空の皿を見ながら、カイルは微笑んだ。
「食べられるじゃないか」
「食べられないとはいってない。食べる必要がないのだ」
「そうなんだ。……じゃあ、お礼を言わないとね。自分の口で直接――」
「~~~~!」
ミリオの顔はますます赤くなっていった。
ぽつりと呟く。
「あとでいう」
「そう。わかったよ」
と皿を受け取った。
次回は割と早く更新すると思います。
よろしくお願いします。




