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第29話 会談

 待合室で待っていると、再びカイルとアイーナにお呼びがかかった。


 ラシャル陛下が会ってくれるという。

 呼びに来たのは、謁見の間にもいた灰色髪の女性執務官だ。


 城を登り、王の執務室に辿り着く。


 上品にノックすると、部屋の中から「入れ」と王の声が聞こえてきた。


 入ると、王の執務室とは思えないほど質素だった。


 華美な装飾は一切なく、調度品も少ない。

 本棚が壁に沿ってぐるりと置かれ、さながら私用の図書館のようだ。


 部屋の真ん中に机が置かれていた。

 コの字に並べられたそこには、書類が山と置かれている。

 おかげで、向こうにいる王の姿が見えなかった。


「陛下。カイル・バレッド、アイーナ・ミロット両名をお連れしました」


 女性執務官は敬礼しつつ、報告した。


「わかったよ。そこに座って」


 山から手を挙げて、側にあったソファを薦めた。


 執務官は手を差しだし、2人に座るように促す。

 戸惑いながらも、カイルとアイーナは腰をかけた。

 ソファの柔らかさに驚いていると、ラシャルの声が聞こえる。


「オリヴェラ。君は下がっていいよ」

「しかし――」


 オリヴェラという名の執務官は、王の提言に承伏しかねる様子だった。


「武装はしてないんだろ? 大丈夫。彼らなら問題ない」


 …………。

 長い沈黙が下りる。

 我慢できなかったのは、オリヴェラの方だった。


 小さく息を吐く。


「外にいます。何かあればお呼び下さい」

「わかっているよ」


 1度、オリヴェラはカイルを睨んだ。


 陛下に何かあれば、お前を殺す――ぐらいの勢いでだ。


 背筋に悪寒を感じながら、カイルは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 やがてオリヴェラは出ていく。


 すると「あー。やっと休めるぞ」と、呑気な声が聞こえてきた。


 ラシャルは腰を上げる。

 肩と首をぐるぐる回しながら、2人の前に座った。

 王のひどく人間じみた仕草に、カイルとアイーナは呆気に取られる。


 すぐ目の前にいる人間が、ラング王国元首だと気付くと、慌てて立ち上がった。


「へ、陛下! こ、この度は、おれ――じゃなかった――私の願いを聞き届けていただきありがとうございます」

「わ、私も亜種でありながら、陛下のお目通りがかない光栄です」


 ラシャルはほうと口を動かす。

 若い2人の勢いに圧倒されている様子だった。


 やがて――。


 ぷっ。


 と笑い始めた。


「よいよい。そんなに硬くなるな。といっても、まあ王の御前だからな。仕方ないか。余は王だもんな」


 やれやれ、と肩を竦める。


「ああ。そうだ。何か飲み物を飲むか? 先ほど侍女が運んできたお茶があったはずだが」


 視線を机の側にあるサイドテーブルに向ける。

 アイーナはピコピコと耳を動かした。


「あ。だったら、私が用意します」

「じゃあ、お願いしようかな」


 アイーナは茶器に近寄る。

 カイルは彼女を視界に入れつつ、ラシャルを見つめた。


「どうした? カイル・バレッド。余に何かついているか」

「あ……。いえ。すいません。……その意外だったもので」

「意外?」

「おれ――じゃない――私が聞いた陛下のイメージは、もっと閉鎖的なおじいさんというイメージで」

「はは。余がジジイか」


 ラシャルは大口を開けて笑う。

 王の雰囲気に圧倒されて、ひょんなことを口走ってしまったカイルは慌てて謝罪した。


「すすすすいません」

「よいよい。市井で余がなんと言われておるか把握しておる。引き籠もりの王様とか。寝たきりの王様とか。病弱だとか。散々な言われておるようだな」

「い゛!」

「いいのだ。仕方あるまい……。そもそもあまり民の前に現さない余が悪いのだ」

「でしたら、陛下は何故、あまり人前においでにならないのですか?」


 尋ねたのは、アイーナだった。

 お茶を注いだティーカップを人数分、ローテーブルに並べる。


 トレーを胸に抱き、立ったまま質問した。


「そのお元気そうですし。その、お顔をも……」

「うん? 余の顔がどうした? もうして見よ」

「すいません。えっと……。整ったお顔をしてらっしゃいます、と言いたかったのです」

「カイルとどっちが格好いい?」

「え?」

「へ、陛下! お戯れを」


 ラシャルの質問に、アイーナはおろかカイルも慌てた。


「どっちだ?」


 迷うアイーナ。

 目と一緒に尻尾も、2人の男の間を行き来する。


 やがて、目をカイルに向けた。


「どうやら、余はふられたようだな」


 ティーカップに口を付けた。


「いや。俺……私は、陛下の方が」

「はは。お前たちは本当にからかいがあるな。家臣の間では、正体不明のお主を他国のスパイだというものもいたのだが」

「え――」


 カイルは絶句した。


「その心配はなさそうだな」


 また笑った。

 カップを置き、アイーナに座るように薦める。

 やがて陛下は口を開いた。


「余が民草の前にあまり現れないのはな。単純な理由じゃ」



 余は忙しい……。



 本当に単純な理由だった。

 ど直球だといってもいいだろう。


 2人は思わずキョトンとしてしまった。

 カイルはなんとか言葉を絞り出す。


「そ、それだけですか?」

「それだけ?」


 ラシャルは形の整った眉をピクリと動かした。

 王の不興を買ってしまったと慌てたが、怒りの矛先は背後に机に置かれた書類に向けられた。


「見てみろ、あの山を。すべて貴族やあるいは有力な商人、議会からの陳情書だ」「ぜ、全部ですか?」

「そうだ。あれのすべてを目を通し、裁可を下すのが余の仕事だ。殺人的な量であろう。おかげで自由を奪われ、日がな一日この小さな執務室で過ごしている。星を戴いて寝室を出、星を戴いて寝室に戻るなど、日常茶飯事なのだぞ」


 謁見の間では口数少なかった王は、鬱憤を晴らすかのようによく喋った。

 カイルたちはただその勢いに感心を払いながら、聞いていることしかできない。


「民は余が支配していると思っているであろうが、余からすれば、王は民の奴隷なのだ。わかるか、余の苦労を」

「は、はあ……」

「だから、市井に出て、民の人気を取りなどしている暇などない。それだったら、数多ある民草の声にしっかりと目を通すことが寛容と余は思う」

「でも、そんなことを繰り返していたら、身体を壊しますよ。誰かに仕事を振ることはできないのですか?」

「わかっておる。現に、先代の王たちはそうしてきた。この陳情書を一目見ぬ間に、家臣に突き返したものもいるそうだ」

「それは――」

「そう。それは余にはできん。幸い余は若くして王になった。体力にはそこそこ自信がある。だから、それが出来るうちは、すべてに目を通しておきたいのだ」


 とはいえ、この量をすべて捌くのは不可能だ。


 アミニジアが王と直接謁見することを薦めた理由は、ここにあったのだろう。

 陳情が出来たとしても、王がそれに目を通すのは、4、5年では利かないかもしれない。


 こうして王に自分の言葉を届けられる幸運に、カイルは密かに感謝した。


「さて。余のことはこれぐらいで良かろう。カイル・バレッド。そろそろそなたのことを話せ。何故、恩賞に余の謁見を望んだのか」


 ラシャルは腰を据える。

 深い緑色の瞳は、まるで大きな敵と対峙しているかのように光った。


 カイルは1度、大きく吸い込む。

 動悸を整え、ゆっくりと喋り始めた。


ブクマ・評価いただきありがとうございます。

明日もよろしくお願いします。

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