第28話 謁見
ラング王国シャトグリナ城。
言わずとしれた国の中心にして、元首である【王】が住まう場所である。
超巨大魔獣ガロンデイルの脅威にさらされたラング王国であったが、その被害は皆無であった。
結局、魔獣は城壁に達することなく、その手前で停止。
後に大量の毒を口から注入され、5日間後、ついにその生命活動を停止した。今、現在は王国の東に捨て置かれ、その撤去と資源を巡ってどうするか、喧々愕々の論争が城内で行われている。
ガロンデイルは、身はともかくとしてその硬い甲殻は貴重品だ。
【亜人騎】の装甲などによく使われ、普通の金属で作る以上に高額な商品になっている。
この1体だけで、約1000体の【亜人騎】の装甲を賄えるという試算もあり、貴重な資源を巡ってすでに駆け引きが始まっていた。
ともかく、突然の魔獣襲撃事件は終息した。
天地がひっくり返るほどのパニックを起こしていた民衆も、落ち着きを取り戻し、元の日常を謳歌しはじめた。
事件から14日後。
後始末が一段落した頃合いで、2人の若人が王城を訪れていた。
城の2階。
自分たちよりも遙かに大きな扉を見上げている。
1人は黒髪、褐色肌の青年。
1人は猫耳に、可愛らしい尻尾を立てた猫耳族の少女。
2人は黒と臙脂を基調とした魔法学院の制服を身に纏い、扉の前で待機していた。
その1人アイーナは俯きながら、ぽつりと呟く。
「私なんかが王様とお会いしていいのでしょうか?」
「何を言っているんだい、アイーナ。君はラング王国を救ったんだよ」
「でも、それはカイルさんやミリオさんたちで、私は見ていただけで……。それに――」
自分は猫耳族――亜種なのだ、と言おうとした時、そっとアイーナの手は握られた。青年の逞しい手が目に映り、少女は頬を染める。
顔を上げると、お日様のような色の目が輝いていた。
「あの時、アイーナがいたから、俺はラング王国を守れたんだ。誇っていい。君は君にしか出来ないことをやりとげたんだよ」
「カイルさん……」
「それにね。俺の方がよっぽどこの場にそぐわないよ。ラング王国の国民でもない。そもそも5000年前の人間なんていっても、単なる不審者なんだよ。そんな人間が一国の王様に会おうというんだ。それ以上に、不相応なことはないよ」
ね? と、アイーナに笑いかける。
猫耳族の少女は花のように笑う。
不安をすべて払拭できたわけではなかったが、震えそうになる手を、カイルはギュッと握ってくれた。
やがて謁見の刻限となる。
大扉が開かれた。
カイルはアイーナの手を握ったまま謁見の間に踏み入れた。
突然、甲高い音を立てて管楽器の音色が間にこだます。
カイルは思わず背筋を伸ばし、アイーナは「にゃ!」と尻尾を立てた。
恐る恐る2人は赤い絨毯の上を進んでいく。
両隣には大臣、諸侯と思しき男たち。さらに、その家族と思しき女やその息子たちが居並んでいた。
厳然とした雰囲気の中、小声で何やらお喋りが聞こえてくる。
「あれが我が国を救った英雄?」
「まだ子供ではないか?」
「あの横にいる亜種はなんだ?」
「英雄の慰みものではないか?」
「この場に連れてくるのですか? まあ、大胆……」
「亜種を謁見の間にいれるとはけしからん」
すべてのことを、アイーナの耳は捉えていた。自然と俯く。
目の端で捉えたカイルは、より強く手を握った。
言葉はない。
けれど、「俺がついている」と声を聞いたような気がして、アイーナは顔を上げる。
カイルは別のものを見ていた。
数段ほど階段を登ったところに、燦然と輝く椅子がある。
間違いなく玉座だろう。
間の中央まで来ると、横の列から女性が現れた。
銀というよりは灰に近い色の長い髪。
アミニジアよりも弦が細い眼鏡の奥には、厳しい光を讃えた薄赤い目が収まっている。
黒の軍服のようにも見える服は、彼女の雰囲気からも相まって黒い剣を思わせた。
年はカイルよりも4、5歳上だろう。
その重ねた年月は一切の油断なく過ごしたであろうということが予想され、纏う雰囲気は4、5歳では利かなかった。
「ここでお待ちを」
氷のように低い声。
2人は言葉の意味よりも、口調に含まれた呪いめいたものに反応し、歩みを止めた。
女性は横の列へと戻り、前を向く。
「ラング王国国王ラシャル・レフノール・ラング陛下のご入座! 一同静粛に!」
高らかに声が上がった。
騒然とした空気はなりを潜め、ひたすら空気は張りつめていく。
誰もが息を呑み、身体は前だが、視線は玉座に向けられていた。
奥の御簾にシルエットが浮かぶ。
1人の男が入ってきた。
銀の甲冑を纏い、金髪の頭に黄金色に輝く王冠を乗せている。
長く厚手のマントを引きずりながら、玉座に登ると翻した。
共のものに預けると、どっかりと座る。
おもむろに肘掛けに腕を休めた後、前を向いた。
緑色の瞳が、謁見の間に佇む2人の若い英雄を捉える。
意外そうに目を細めた。
そして、その玉音は聞こえてきた。
「余がラシャル・レフノール・ラングである」
カイルがそれを聞き、ようやく事態を掴んで驚いた。
王は、自分とそう年の変わらない青年だったのだ。
★
「まさか、王自ら君たちに下賜を与えるとはね」
アミニジアは笑みを浮かべながら言った。
魔法学院の制服を着たカイルとアイーナは、ぎこちない笑みを浮かべる。当然、2人は緊張していた。
王との謁見が始まる前。
2人に用意された待機室は、貴族であるアミニジアの寝室よりも贅が尽くされていた。とはいえ、彼女はこういった趣向を凝らすことに関しては、全くの無頓着な性格をしている。比べる対象が悪いといえばそれまでなのだが、初めてカイルとアイーナが見た時、絨毯を踏むことすら遠慮していた。
「運がいい。と言えば、運がいいが……」
「なに。これぐらいの恩賞があってしかるべきだと思うがね」
といったのは、礼装を纏ったマレルドだった。
調度品の中にあった酒を眺めながら、自慢の髭を撫でる。
「本当に……。良いんでしょうか?」
「スキルイーター……。いや、君たち2人がいなければ、全壊した王都を見ながら今も途方に暮れていただろう。胸を張っていい」
「そうだよ、カイルくん。君たちの成し遂げたことは、伝説級の偉業なんだ。だから、そんな隅っこで固まっていないでこっちでお茶でも楽しんだらどうだい?」
アミニジアは先ほど侍女が運んできた紅茶に口を付ける。
香りを楽しむと、幸せそうな顔を浮かべた。
カイルとアイーナは言われるまま椅子に座る。
ティーカップを持ち上げるのだが、かすかに手が震えていた。
アミニジアは豪快に笑う。
「さしものスキルイーターの騎操者も、緊張には勝てないようだね」
「緊張だってするさ。……正直、まだガロンデイルと戦っている方がマシだよ」
「ふはははは……。英雄カイル・バレッドらしい発言だな」
マレルドも同調した。
2人は、謁見の間には呼ばれていない。
むろんその功績は偉大だ。
別の報償が与えられることにあるだろうが、王の謁見にまでは至らなかったらしい。
カイルには言わないが、アミニジアはこの王の謁見を茶番だと考えていた。
ガロンデイルは打倒され、王都に平穏は戻ったが、その首謀者が誰であるかまでは突き止められていない。この調査にはかなりの時間を要することになるだろう。
答えが出るまでの話題を提供するためにも、カイルの謁見は必要不可欠だったというわけだ。
幸いにもカイルの名前は、例の展覧試合の一件で平民を中心に知れ渡っている。
王国側としても、絶好の広告塔になると踏んだわけだ。
アミニジアはカップを置く。
落ち着いたところで、お茶を飲む青年を見つめた。
「カイルくん。一応確認しておくが、君の願いはなんだね?」
カイルもまたカップを置き、居ずまいを正した。
「それはもちろん――――」
★
謁見の間では、ガロンデイルを倒したカイルの功績を読み上げられていた。
やがてその儀式も終わると、ようやく王が口を開いた。
「カイル・バレッド。大義であった。恩賞を使わす。何なりと望みをいうがいい」
「では、陛下。お願いがあります」
「なんだ? 金子か? それとも領地がほしいのか?」
カイルは1度、息を呑む。
心を落ち着けると、ゆっくりと話を切りだした。
「陛下と1度じっくりお話しする機会をいただけませんでしょうか?」
橙色の瞳が光る。
謁見の間は騒然となっていた。
思わぬ願いに皆、顔を見合わせる。
先ほどカイルたちの前に現れた女性も、動揺し、何度もカイルに視線を送った。
その中で唯一、動じなかったのはラシャルだった。
深い緑の瞳は、少し距離を置いた場所に佇む青年を射抜く。
橙色の瞳は、強い意志の光を讃えていた。
ラシャルは頷く。
大きく。
「よかろう。追って申し伝える。そのまま城に留まり、待機しておれ」
玉座から腰を上げる。
マントを羽織ると、再び御簾の中に消えていった。
一気に騒がしくなった謁見の間のど真ん中で、青年は1人ペコリと頭を下げるのだった。
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