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第13話 素人

 朝焼けの森に聞こえてきたのは、鳥のさえずりではなかった。


 拍手だ。


 どこからともなく聞こえてきた音に、盗賊団はおろか猫耳族も聞き耳を立てる。

 カイルも精晶窓(グリッド)を探ったが、出所が掴めない。


 ずっと耳をそばだてていたアイーナが叫んだ。


「カイルさん。右です。2時方向!」

「そこか!」


 カイルは迷わず彼女の言葉を信じた。

 騎首を向けると、走り出す。

 大剣を振り上げ、空間を切り裂いた。


 空を切る。

 その直前に影が現れた。


『【迷彩】のスキルか』


 ミリオが驚く。

 影はそのまま左に流れると、スキルイーターと距離を取った。


「これは――」


 精晶窓(グリッド)に見えた騎体の姿に、カイルは息を呑む。


 バサリとマントを翻し、騎体は向き直った。

 深い紫のカラーリング。

 腕と足、胴に大きな魔石がはめ込まれた装甲。

 シルクハットを被ったような頭部はユニークな形をしており、手にはノコギリのような刃と装飾が付いた槍を握っていた。


 180度動く一つ目をギョロリと動かす。

 赤く宝石のように光らせた。


「ミリオ。あれは……」

『ああ。マッドバイル。スキルイーターと同じく【極神騎】だ』

「【極神騎】!」


 アイーナは叫声を上げる。

 すでに発動された【鑑定眼】によって測定数値を見つめた。


 マッドバイル

 Lv999

 DP 8200

 MP 9999

 保有スキル

 【合成】     Lv999

 【迷彩】     Lv800

 【火魔法】    Lv485

 【水魔法】    Lv511

 【土魔法】    Lv385

 【風魔法】    Lv455

 【雷魔法】    Lv598

 【光魔法】    Lv356

 【浄火】     Lv427

 【回復魔法】   Lv433

 【状態回復魔法】 Lv245

 【魔力消費量減】 Lv620

 【槍術】     Lv130

 …………。


 さらに状態耐性や、移動スキル。

 また派生スキル、【自然治癒増】といったスキルまである。


 ともかく膨大なスキル情報が、精晶窓(グリッド)に流れていった。


 スキルイーターのスキルも他騎と比べれば多いが、それでも全く比較にならない。


「こんなにスキルを持ってるなんて」

『マッドバイルは基本的にフレイムダストと同じ援護騎体だが、一方ではユニークな【極神騎】と言われている』

「ユニーク?」

「見ての通りだよ、アイーナ。ともかくスキルが多いのが特徴なんだ」

『まあ、それだけではないがな』


 ステータスを確認した後、カイルはマッドバイルを見つめた。

 槍を両手で握り、ゆるやかにマントを翻している。


 カイル自身も相手の出方を窺った。

 飛び込みたいのは山々だが、マッドバイルに無策で挑むのはなかなか難しい。


 睨み合いは続くかと思われた。

 沈黙を破ったのはマッドバイルの騎操者(ベンター)だ。


『いやー、なかなか壮観な戦いだったよ、スキルイーター』


 外部音声から聞こえてきたのは女の声だった。

 カイルの脳裏にある可能性が浮かぶ。

 瞬間、血流が沸騰した。


「お前が、盗賊団にスキルイーターの情報とフレイムダストを渡した首謀者だな」

『うん? 何を言っているのかさっぱりわからないのだが』

「とぼけるのか!」


 切っ先をマッドバイルに向ける。


『とぼけているわけじゃない。まあ戦う気があるなら、お相手しよう』

『ちょっと! アム! 戦わないっていったでしょ』

『いいじゃないか、ティラ。向こうがやる気なんだ』

『十分データは揃ったし、もういいでしょ』

『比較対象が【亜人騎】では話にならないよ。やはり、【極神騎】同士でなければ』


 いきなり騎手室(ヤード)の中で喧嘩を始めた。

 カイルはどうしていいかわからず、その場に立ちつくす。

 やっと収まった時には、もう30を数えていた。


『では、参る。スキルイーター!』


 マッドバイルは予想に反して、突っ込んできた。

 援護騎体ならば、距離を置く方が有利。

 加えて、カイルには遠距離攻撃できるスキルは【炎魔法】しかない。


 周りは猫耳族たちが代々守ってきた森だ。

 そんな場所を火の海にするわけにはいかない。


『カイル! 落ち着け! 相手を引きつけよう。この場で戦うのはあまり得策ではない』

「わかった」


 追うマッドバイル。

 逃げるスキルイーター。

 騎体の性質から考えて、本来は逆だ。


『あ! ちょっと逃げるなよ! 卑怯だぞ!』


 走りながら、マッドバイルは槍を振り上げる。

 騎操者(ベンター)の願いとは裏腹に、距離は離れていった。

 マッドバイルの方が騎体が重いのだろう。


 カイルは大剣を振るった。

 目の前の2本の大樹に切れ目が入る。

 斜めに切れた木は、ずるずると下がり、やがてマッドバイルの方に向かって倒れてきた。


 いきなり木が倒れてきて驚いたのだろう。

 外部音声から叫声が響いた。


『おお! ちょっとちょっと! えっとどうしよう! ティラ! 【炎魔法】だ』

『ダメだよ、アム! 炎なんか使ったら、森が燃えちゃうよ』

『ああ! そうだった! じゃあ、【風魔法(かぜ)】だ!!』


 一瞬も二瞬も遅れて、マッドバイルは【風魔法】を吐き出す。

 杖から巻き起こった突風が、大木を弾いた。

 木のそのままスキルイーターの方へと吹き飛ばされていく。


『よし!』


 マッドバイルの騎操者(ベンター)は思わず唸った。

 が、すでにスキルイーターの姿ない。


『あ。ちょっとどこへ!』

『アム! 9時方向だよ』

『いつの間に!』


 騎首を向ける。

 スキルイーターが大剣を構えて、こちらに向かってきていた。


『打ち合うぞ!』

『え? でも、アム! 大丈夫!』

『為せば成る!』


 要領が得ない返答が返ってきた。

 マッドバイルは突っ込んでいく。


『あいつ、また突っ込んでくるぞ!』

「無茶苦茶な戦い方だな」


 精晶窓(グリッド)から見ていたミリオとカイルは驚いた。


 斬り合いは望むところ。

 あわよくば、マッドバイルのスキルも奪うことが出来るかもしれない。

 多彩な技を持つ敵騎体は、まさに動く宝物庫なのだ。


 斬り結ぶ――その瞬間!


『ティラ! 【迷彩】発動!』

『え? あ、はい!』


 マッドバイルの騎体が周囲に溶け込むように消えた。


「ここで【迷彩】!」

『敵の騎操者(ベンター)の思考が全く読めないぞ』


 スキルイーターの騎手室(ヤード)で叫声が上がる。

 瞬間、激しく震動した。


「きゃああああ!!」


 アイーナの悲鳴が響く。


 脇を思いっきり叩かれたスキルイーターは横に吹っ飛んだ。

 大樹に突っ込む。


「くっそ! 大丈夫? アイーナ」

「はい。なんとか……」


 頭を抑えながら、アイーナは起き上がった。


「マッドバイルは?」


 精晶窓(グリッド)に目を懲らすが、見当たらない。

 聞こえてきたのは、騎操者(ベンター)の高笑いだった。


『あははははは! どうだ! 我々の場所がわかるかな!』

『アム! 声を出したら、またバレちゃうよ』

『おっと! そうだったな。静かにしよう』


 戦っているのか。

 それともふざけているのか。

 所々入る敵の寸劇に、相手の実力以上にペースを乱される。


 騎体の気配は完全に断たれていた。

 【迷彩】に加え、【気配遮断】【動作音減】といったスキルも発動しているのだろう。鈍重な騎体のクセに、やっていることは暗殺者のようだ。


「どこから来る!」

「ミリオさん。開口部を開けてくれませんか?」

『今は戦っている最中だぞ』

「私が耳で聞き取ります。より聞きやすくするために開けてください」

『しかし――』


 ミリオはアイーナの目を通し、前部座席のカイルに合図を送る。

 騎操者(ベンター)は迷っていたが、やがて小さく頷いた。


 開口部が開く。

 森の静謐な空気が、騎手室(ヤード)に入り込んできた。


 アイーナは目を閉じる。

 耳をそばだてた。


 さっと木々を縫い、風がそよぐ。

 梢が揺れ、森全体が再び騒ぎ出す。

 そんな中、アイーナはかすかな異音がないか探った。

 勝手知ったる森だ。

 音を捉えることができれば、絶対に当てることが出来る。


 ――――!


 音が聞こえた。

 カイルにもミリオにもだ。


『カイル、3時方向だ!!』

「違います。逆です! 9時方向!」


 カイルは迷わなかった。

 確かに3時方向から聞こえた。

 開口部を閉め、スキルイーターは9時方向へ突っ込む。


「おおおおおおお!!」


 剣を振り上げ、突撃する。


『ちょ! なんでわかったの!!』


 外部音声が突然、正面から聞こえた。

 【迷彩】を解いたマッドバイルが姿を現す。

 手には持っていた槍はない。

 最初のフェイクのために、3時方向に置いてきたのだ。


 スキルイーターは容赦なく大剣を振り下ろした。


『だあああああ!! タンマタンマ! 降参だ! 降参!!』

『お願いします! 負けました! どうか!!』


 森の中で命乞いが響く。

 すると、カイルは操縦桿を引いた。

 寸前のところで、大剣が止まる。


 はああ、と脱力する声が聞こえた。


『いいのか? カイル?』

「理由は色々あるけど、この人たちはフレイムダストの一件とは無関係だと思う」


 お粗末な戦い方。

 まるで騎体性能を理解していない戦術。

 見ればわかる。相手は素人だ。


「アイーナ。ありがとう。よくわかったね」

「カイルさんこそ。私を信じてくれてありがとうございます」

『カイル。私の忠告を無視したな』


 ミリオの声には少し怒気が含まれていた。

 結果的にアイーナが正しかったのだが、完全に無視されてちょっと腹を立てているらしい。


「俺はアイーナが右だって言っても、多分左に向かっていたと思う」

『何故だ?』

「相手は素人だけど、とても慎重な戦い方をする相手だ。さっき1度目の【迷彩】を破られているから、2度目はフェイントをかけてくるんじゃないかなって思ってたんだよ」


 カイルの解説に2人は『「ほう」』と同じ唇で同じ言葉を吐きだした。


『さ、さすがは私が選んだ騎操者(ベンター)だな』


 と褒めて、自らの自尊心も回復させた。

 そんなミリオがおかしくて、アイーナと一緒にカイルは笑う。

 やがて精晶窓(グリッド)に向き直った。


「さて。どんな人が出てくることやら」


 マッドバイルの開口部が開く。

 シートに座っていたのは、黒縁の眼鏡をした女性だった。


 手を挙げて出てくる。

 膝裏まで届く豊かな髪をなびかせ、挑戦的な笑みをスキルイーターに向けた。


 年は20代後半ぐらいだだろうか。

 とにかく手足が細く、長い。

 ノンスリーブのシャツに、動きやすそうな黒いパンツ。

 身体にフィットした着衣は、女性的な曲線を美しく見せることに成功し、大人の色香を漂わせていた。

 一瞬、言葉を失うほど、美しい女性だ。


「あの人は!」


 アイーナは思わず前のめりになる。


「知ってるの? アイーナ」

「あ。はい。凄く有名な方です」


 アイーナは外部音声を使って話しかける。


『あの……アミニジア様ですよね? ラング王国宮廷魔導士長の』

「うん? 如何にもボクの名前はアミニジア・アート・デュバリアだが。……まさかスキルイーターの騎操者(ベンター)が、ボクの名前を知っているとは」

『私は王立魔法学院ノヴァクの学生です』

「ほう。しかも教え子が乗っているのか。これはまた数奇な運命だな。……名前は?」

『第8期生のアイーナ・ミロットと言います』

「ああ。聞いたことがあるよ。君は、魔法学院(ノヴァク)では特異な存在だからね」

『…………』


 アイーナは返答しなかった。

 何か出かかった言葉を無理矢理押し込めたように息を呑む。


「そろそろ出てきて、お喋りをしないかい? フェアじゃないと思うんだけど」


 アミニジアはまた挑発的な笑みを浮かべる。


 カイルは応じることにした。

 少しアイーナの様子は気になったが、ともかく悪い人間ではなさそうだ。


 開口部を開ける。

 現れた青年と猫耳族の少女を見て、アミニジアは驚きを隠せなかった。


「こんなに若い騎操者(ベンター)とはね」

「カイル・バレッドだ」

「カイル?」


 アミニジアは一瞬、眉間に皺を寄せる。

 何か考え込んだようだが、気を取り直した。


「すまない。何でもない。そっちがアイーナだね」

「はい。初めまして、教授(アート)

魔法学院(ノヴァク)の生徒である君が何故、スキルイーターに乗っているのかは、おいおい聞くとしよう。おそらく積もる話があるだろうからね。今は、ボクの話を聞いてほしい」


 アミニジアは自分がやってきた経緯を話した。

 辺境派遣騎士団が盗賊団と結託していたこと。

 周囲の集落を荒らし回ることを黙認していたこと。

 その盗賊団が壊滅し、【極神騎】と思しき騎体が使用されたこと。


 その一報を聞き、アミニジアは真偽を確かめるため、調査部隊に潜り込み、ここまでやってきたというわけだ。


「その部隊はどこに?」

「もうすぐやってくるだろう。ボクはフライングしただけさ。新しい【極神騎】を見たくてね」


 アミニジアは顔を上げる。

 スキルイーターを見つめる瞳は、子供のように輝いていた。


 横顔を見ながら、カイルは尋ねる。


「あの……。ガードローの部下の人たちはどうなりました?」

「心配しなくてもいい。彼らはガードローの命令に従っていただけと判断され、減刑されるだろう。彼ら自らガードローを掴まえたわけだしね。まあ、長い長い報告書と、数ヶ月の減給といったところが妥当だろ」

「そうですか……」


 カイルは胸を撫で下ろす。


「それよりも、ここからがボクの本題だ」


 アミニジアは正面を向く。

 カイルに鋭い眼差しを投げかけた。


 なんの化粧もされていない唇から、言葉が解き放たれた。


「カイル・バレッドくん。……君、魔法学院(ノヴァク)へ来ないか?」


明日もよろしくお願いします。

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