第8話 復活
紅蓮の炎が辺りを包む。
大気を貪り、一層勢いが増すと、アジトは炎の波に乗り込まれた。
煤混じりの風に煽られ、赤髪が揺れる。
細い手を一杯に伸ばし、少女は鋭い眼光を持って、紅蓮の騎体を睨んでいた。
【極神騎】に生身の女の子が立ちはだかる。
非現実的な光景に、カイルは息を呑むどころか、時が止まったような錯覚すら覚えた。
スキルイーターを背に、アイーナは叫ぶ。
「カイルさん、逃げて下さい! 今のうちに!」
『何を言ってるんだ、アイーナ! 君こそ逃げるんだ!』
スキルイーターの外部音声から怒鳴り声が聞こえてくる。
猫耳族の少女は無視した。
青い瞳を強く光らせ、決してその場を動こうとしない。
もう1度、警句を発したその時、事は起こった。
フレイムダストは杖を振るう。
巻き起こった爆風は、あっさりとアイーナを吹き飛ばした。
甲高い悲鳴が上がる。
「アイーナぁぁぁぁあああああ!!」
無茶苦茶に操縦桿を動かす。
スキルイーターの手で受け止めようとする。
しかし、愛機が反応することはなかった。
少女は地面に叩きつけられる。
「ぁ……」
瞬間、カイルの脳裏に悪夢で見た光景が浮かび上がった。
スキルイーターと黒い【極神騎】。
その間に立ち、闇の中に消えた少女の光景――。
そして何かが弾けた……。
カイルの中に記憶の濁流が起こる。
それだけではない。
スキルイーターにも変化が起こりつつあった。
紺碧の光を放ち、スキルイーターは立ち上がる。
さらに魔力を開放した。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!」
まるでそれは、悪魔の遠吠えのような歪な吠声だった。
変化を察したのだろう。
フレイムダストは1歩退く。
杖を振るい、炎でトドメを差そうとした。
一瞬にして、スキルイーターは紅蓮の刃に包まれる。
『ばばがががががあああああががががばばばばばば!!!!』
勝利の雄叫び。
あるいは狂人の嘆きか。
ムセインノードの団長オードの声であることは間違いなかったが、その意識はとっくに事切れていた。
だが、それで終焉ではなかった。
炎から影が現れた。
一気に飛び出すと、フレイムダストに肉薄する。
驚き後退する紅蓮の騎体。
遅い。
現れたスキルイーターが敵騎体を捉える方が一瞬早かった。
『【暴食】!』
スキルイーターの手が光る。
何が行われているのか。
フレイムダストには本能的にわかったらしい。
闇雲に殴り、スキルイーターを自分から剥がそうとする。
ビクともしない。
この時、スキルイーターのDPは残りわずか。
騎体の制御もままならないはずだ。
光が止む。
ようやくスキルイーターは手を離した。
おぼつかない足取りで、フレイムダストは後退した。
距離を置くと、杖を掲げた。
炎が渦巻く。
スキルイーターに奪われたのかと思ったが、そうではなかった。
そもそも【暴食】にしてもレベルがまるで足りてなかったのだ。
炎を吐き出す。
再びスキルイーターは炎にくるまれた。
が、様子がおかしい。
炎の中で何かが光っていく。
スキルイーターの破損個所がみるみる回復していくのだ。
フレイムダストはたじろいだ。
改めて自分のステータスを確認する。
フレイムダスト
Lv 999
DP 7000
MP 9879
保有スキル
【炎魔法】 Lv999
スキルがごっそり消えていた。
【炎耐性】、エンチャント、【炎吸収】まで――。
フレイムダストは気付く。
スキルイーターが回復しているのは、【炎吸収】のスキルによってだと。
慌てて炎を止めた。
すでに遅い。何もかもが遅かった。
スキルイーターは半分以上のDPを回復していた。
スキルイーター
Lv 999
DP 3023
MP 4980
保有スキル
【鑑定眼】 Lv999
【暴食】 Lv∞
【剣技】 Lv50
【移動速度増幅】 Lv30
【炎魔法】 Lv10
【器用補正】 Lv10
【炎耐性】 Lv999
【炎属性付与】 Lv999
【魔力消費減】 Lv500
【炎吸収】 Lv800
【弓術】 Lv80
スキルイーターの精晶窓には改訂されたステータスが表示されていた。
「回復したぞ! カイル!」
「よし!! 残りのスキルを奪う!」
「了解した」
カイルは動力を全開した。
再びフレイムダストとの距離を詰める。
援護騎体である【極神騎】にもう有効な攻撃方法が残っていなかった。
抗うように目の前に現れたスキルイーターに組み付く。
それはカイルからすれば願ってもないことだった。
「【暴食】!」
唱えると同時に、スキルイーターの手が光り出す。
フレイムダストに残った【炎魔法 Lv999】を奪い去る。
最強の炎スキルを手に入れたスキルイーターは、間髪入れずに叩き込んだ。
「とどめだ!!」
炎よ!!
巨手から炎がマグマのように弾ける。
【炎耐性】を失ったフレイムダストに抗う術はない。
零距離による魔法攻撃は、あっさりとその装甲を打ち抜いた。
火だるまになる。
みるみるとDPが奪われていった。
『ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!!』
外部音声から正気を失った人間の声が響き渡る。
やがて、赤色の魔力の滓が漏れだし――。
爆散した。
★
「カイル、大丈夫か!」
ミリオが身を乗り出す。
「俺は大丈夫だ。それよりもアイーナが!」
開口部を開く。
有無も言わさず飛び出した。
一気に降り下ると、アイーナが飛んでいった方向へと走り出す。
果たして彼女は倒れていた。
草むらの上で、奇跡的に手を胸に添えて……。
頭から血が広がり、アイーナを赤く包んでいた。
「アイーナ!」
抱き起こし呼びかける。
返事はない。
それでも何度とカイルは呼びかけた。
アイーナ……! アイーナ……!
いつもなら元気の良い返事が返ってくるはずだった。
なのに、声どころか花のような笑顔も浮かぶことはない。
カイルは抱きしめる。
野花の匂いがした。
目頭が熱い。
そして――。
「うわあああああああ!」
声を上げて、カイルは泣き出した。
いつも太陽のように輝いていた橙色の瞳から、止めどなく涙が溢れてくる。
最後の温もりを離すまいと、アイーナをきつく抱きしめた。
一体、いつまで彼は泣いていただろう。
持てる涙のすべてが乾き切り、アイーナの身体が冷たくなるのを感じ始めた時、ようやくその声は聞こえた。
『カイル……。カイル!』
気付けばミリオが外部音声を使って呼びかけていた。
『頼む。カイル』
「わかっているよ、ミリオ。世界を救ってくれっていうんだろ。アイーナが死んでも乗り越えろって。わかってるよ。……でも、今は――」
考えることができない。
頭の中には、猫耳の少女の笑顔で一杯だった……。
『聞け、カイル。どうか。私に見せてほしい。彼女を――』
「精晶窓でも捉えているだろう?」
『直接見たいんだ。騎手室まで彼女を抱いてきてくれ』
カイルは目についた涙を払う。
1度、アイーナの死に顔を見た後、背に手を入れ、横抱きに持ち上げた。
軽い。
血液が抜けたからだろうか。
それよりも、彼女がこんなに軽いことを今知った己を呪った。
カイルはスキルイーターにゆっくりと近づいていく。
騎手室までやってくると、そっとアイーナを前部座席に座らせた。
ふと気付けば、両手は血だらけになっていた。
乾いたと思った涙が、また流れてくる。
ミリオは前の座席に回り込む。
そっとアイーナの肩を掴んだ。
「カイルは反対するかもしれないが、許せよ」
「え?」
ミリオはアイーナのおでこに頭を付けた。
そっと呟く。
「スープ……。美味しかったぞ」
突然、ミリオが光り出す。
いつも以上に強く。
さらに彼女の身体から砂金のような光の粒子が現れる。
重力に反するように上へと向かい、大気の中に消えていく。
そんな中、ミリオの姿が薄く透明になっていった。
「ミリオ! 何をしているんだ!!」
「私はアイーナと融合する」
「融合!」
「彼女は今、魂が抜けたばかりだ。それを私の力を代用し引き留める」
「じゃあ、アイーナはどうなるの?」
「有り体にいえば、生き返る」
「!!?」
「正確には違うがな」
「待って! ミリオはどうなるんだよ!」
「心配するな」
「……心配するさ。彼女が助かっても、君が――」
「残念ながら、今はそうとしか言えない。そうだ。一応、遺言は残しておくか」
自分が消えるかもしれないのに、ミリオは飄々としていた。
「と思ったが、それは人種の風習だ。私は精霊……。そういうことはしない」
ミリオは笑う。
初めて見た。
なんというか、アイーナとはまた違う。
アルカイックというか。
笑顔に慣れていない。そんな表情だった。
そして、ミリオはいなくなった。
砂で出来た像が、まるで穏やかな風に攫われていくように……。
目の前で一体何が起きたのかわからず、カイルはしばし呆然とした。
と、その時。
硬く閉ざされていたアイーナの瞼がわずかに動いた。
やがて蕾が開くように青い瞳を覗かせる。
「え? ここは……」
アイーナはキョロキョロと辺りを見渡す。
スキルイーターの騎手室であることは察しがついたが、何故自分がこんなところにいて、座席に座っているのか検討も付かなかった。
ふと目の前にいたカイルと視線が合う。
橙色の瞳には涙が溢れていた。
「カイルさん?」
疑問符混じりに名前を呼んだ。
カイルはアイーナの顔を引き寄せる。
青年の胸板に、少女の頬が押しつけられた。
一瞬何が起こったかわからなかった。
しかし、次第に事態を理解していく。
徐々にその顔は熱くなり、ピューと蒸気を噴きだした。
「にゃあああああああ!!」
悲鳴を上げた。
「ちょっと! カイルさん! 何をしてるんですか?」
「よかった! 本当に良かった!」
尻尾をピンと立て、抗議する。
だが、カイルは「よかった」と連句するだけだった。
やがてアイーナも自分に何が起きたのか徐々に思い出し始めた。
「私、確か……。あの赤い騎体に――」
「そう。そうなんだけど……。信じられないかもしれないけど、君は助かった。生き返ったんだよ」
「生き…………返った……?」
神妙な顔で確認した。
カイルが嘘を言っているように見えない。
興奮しすぎて、何か言動がおかしくなっているのかとも疑ったが、そうとも思えなかった。
確認を取るため周囲を見回す。
本来いるはずの人物がどこにも見当たらない。
「あのミリオさんは……?」
カイルの動きがぴたりと止まった。
拍動が強く打ち付けられた後、冷たい音を立て始めた。
カイルはそっとアイーナを離した。
「アイーナ……。聞いてくれ、ミリオは――」
「ミリオさんは?」
じっとカイルを見つめる。
その顔は辛そうだった。
そして、何が起きたのか察した。
じわりと目頭が熱くなるのを感じる。
その瞬間――。
『私ならここにいるぞ』
――――!
2人が絶句したのは言うまでもない。
やや神経質な声が漏れた。
飛んでもないところからだ。
思わずカイルは後ずさりする。
危なくスキルイーターから落ちそうになった。
なんとか近くの操縦桿を掴み、事なきを得る。
それでも感情の整理が付かず、カイルはアイーナを見た。
正確にはその口元をだ。
『驚かせてすまない。どうやら“融合”はうまくいったらしいな』
そう――。
ミリオの声はアイーナの口から聞こえてきた。
「ミリオさん?」
『アイーナ、すまない。お前を助けるにはこうするしかなかった』
「私の中にいるんですか?」
『正確にはお前の魂と結びついている状態だ。自分の腹をかっ捌いたところで、私を発見することは出来ない』
「にゃっ!」
即物的なものいいに、アイーナは驚き叫ぶ。
『融合したといっても、私が出てこれるのはひどく限定的だ。つまり、この騎手室にお前が腰掛けた時以外、話すこともままならないだろう。だが、日常生活ではなんら問題なくすごせるはずだ。安心してくれ』
「は、はあ……。ありがとうございます」
『いや、私はアイーナに謝らなければならない』
「どういうことですか?」
アイーナはカイルを一瞥する。
それは彼女個人の意志ではなく、ミリオの魂がそうさせたのだ。
『単刀直入に告げよう。アイーナ、君にこの世界を救う手伝いをしてもらいたい』
「それって――」
『ああ。カイルと一緒についてきてほしいということだ』
力強い言葉に、2人は反応する事が出来なかった。
いかがだったでしょうか?
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次回は明日更新です。