第一章 「日紗子」 1
こんにちは。今回が初投稿になります。
残酷な描写がありますので、あらかじめご了承ください。
「先生、親切』って言葉は、何故、親を切ると書くのですか。」
――それが、滅多に授業中に質問をしない私、加藤美景の、山内日紗子への、初めての質問だった。毎日、息を殺すかのように教室の隅で本を読んでいる私が、授業に対する意欲を出したのが余程嬉しかったのか、いつも不愛想な先生の顔が一瞬だけ微笑んだ気がした。そう、一瞬だけ。すぐにその顔は、我に返ったかのようにいつもの仏頂面に戻っていた。・・・・・今思えば、授業中に先生の笑顔を見たのは、それが最初で最後だった気がする。
「美景さん、それはね、昔親を切り殺した女の子がいてね。その子が親を殺したことを悔やんで、それから周りの人に優しくし始めたのが、語源なのよ」
うわー怖えー、などと、周りの男子たちが騒めき、女子たちも、何やらヒソヒソと小声で会話を始める。「というのは嘘で」と先生が言うと、ピタっと周りの声が止む。興奮が収まったせいか、少しシラケた空気が流れた後、「先生怖がらせるなよ~」と、クラスの中心人物である佐竹君が叫ぶと、クラス中にドッと笑いが溢れかえった。・・・・・私と村上君、そして先生は、口元を一ミリたりとも動かしはしなかったが。
「親切、とは、親を切る、という意味ではなく、『親』は親しいという意味を。『切』は刃を直接当てるかのように身近である、という意味を持っていて、それらを組み合わせて『親切』と書きます」
――もう先生の話を、私以外の誰一人聞いてはいなかった。
何故、残酷な由来には過剰に反応したくせに、もっともらしい答えを告げられると興味を無くすのだろうか。その姿はお世辞にも、進学校を目指している生徒たちとは言えなかった。
注意しない先生も先生だ。ガツンと一回強く叱ればいいのに、また黙って、いつもの様に白いチョークを黒板に打ち付け始める。幸い、私のクラスは基本的に静かな子が多く、映画や漫画でよく見るようなヤンキーかぶれの子もいなかったので、先生が生徒に対して無関心であり説教の一つもしなくとも、俗にいう学級崩壊の様になることはなかった。授業中、教師の言葉を遮ってチンパンジーの様に奇声を上げる子なんてものは、私にとってみれば現実離れした世界の住人だった。まぁ、先生がさっきみたいなことを言えば多少は反応するが。基本は皆大人しく、授業中は黙って携帯をいじっているか、机に突っ伏して寝ているか。まともに勉強しているのは数人で、殆どがそんな感じだった。
彼女は良く言えば融通が利く先生であり、悪く言えば適当な先生であった。少なくとも、私の目にはそう映っていた。その外見も。顔は色白くてやつれているというか、なんというか、とりあえず生き生きとはしていなかった。化粧はすごく薄目なので、ファンデーションの付けすぎで色白なのではない。地が白いのだ。血管が丸々透けて見えそうなくらいに。あそこまで白いと、女子には羨ましがられず、寧ろ不気味に思われそう。というか、思われている。
それに加え、先生は全くと言っていいほど生徒の前では感情を表には出さないので、日紗子先生お化け説、みたいな、そんな子ども染みた噂も一時期流れていた気がする。でも、日紗子先生が他の先生や校長先生とかと話している所を見かけると、ごく自然な笑顔を見せながら会話をしているので、そんな噂、すぐどこかへ消えていった。されど、もう少し生徒の前で怒った表情や、笑顔の一つや二つ見せてもいいと思う。
――私はそんな先生の秘密を知っている。
一年後くらいに次話を載せます・・・。