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1日目 2日目

初投稿なので良かったところ悪かったところ教えていただけると嬉しいです

2014年12月8日10時13分43秒87

つまり、その年の師走2度目の仏滅の深夜。



〇〇は死にたかった。




ベッドの上で仰向けになって布団にもぐり、寝るわけでもなく、ただただ怠惰で退屈な時を過ごす〇〇に、死への欲求は、まるで砂時計がひっくり返された時のように、少しづつ、少しづつ蓄積されていった。〇〇は自分の胸の奥で蠢くなにかに思いを馳せることなく、シミのない天井を見ているようで、しかしその目にはおそらく何も写っていなかった。そして遂に宣告申し上げた時間に、最後の死の砂の1粒が〇〇の胸の奥に軽がり落ちた。

そして不意に〇〇は死にたいと思った。それはあまりにも突然湧き上がった意志であったし、その発生と成熟は〇〇の干渉の外であった。

故に〇〇は驚愕、いやどうやら違うらしく、呆然を持ってその己の無意識の意志をぼんやりと眺めていたようだった。

そしてその欲望を、何度も何度も唱えた。死のう。死のう。死のう。死んでしまおうよ。死んじまおう。死ぬ。死ぬぞ。死ぬよ。死ね。死。しのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのう…………。死のう。


〇〇の頭の中で死という漢字がゲシュタルト崩壊を起こすレベルまでそれは繰り返された。しかし実際にはまだ実践はされていなかった。そして〇〇も、自分がその決意に関してなんら物理的な行動を起こしていないことに気づいた。体を少し痙攣させ、そしてまず布団を払い除け立ち上がろうとした。


人間という生き物は唯一自殺することが出来る動物であるが、特別だからという理由でその能力を行使しようとする個体はそもそもいないし、確固たる理由を持っていざ行使しようと思っても本当に実践出来る個体はそういない。それは理性がというブレーキが働くためである。また、死が、〇〇にとって決意ではなく、未だ欲求止まりであることも、〇〇の選択を大いに滞らせたのかも知れない。

〇〇の、死で埋め尽くされた頭の中に一筋の迷いという光が差し込んだ、と同時に〇〇の体は、より激しく痙攣を始めた。


〇〇は人として非常に怠惰な部類に入る個体であった。季節は冬。布団を払い除け、冷気を浴びることのデメリットと、自分の死の欲求を、あろう事か、天秤にかけてしまった。一筋の光の中から、怠惰という化物が這い出てきたのだ。痙攣はとめどなく続いた。



痙攣は止まった。

価値の重量は布団の中の安寧の方が勝った。その重みで目蓋は閉じ、そのまま〇〇は無意識の中へ吸い込まれていった。



一眠りついた後、光線が〇〇を貫いた。朝が来たのだ。

快晴。

冬らしさのある朝。天は蒼く、吹き抜ける冷気は肌身を突き刺す。太陽はまだ地平線から下半身を見せておらず、その周りを包む3色の層が、この日の出をより印象的なものにした。

この清々しい朝に触発されて、〇〇は横隔膜を下げ、そして上げた。喉の奥から吐き出された湿った空気は、冬の冷気に触れた瞬間に凝縮し、白い靄となって、また文字通り大気に霧散していった。それを見て、やけに寒く感じた。

しばらくして布団から這い出ようとすると、〇〇はなにか違和感を感じた。ただしその違和感とは突然虫になってしまったとかいう哀れなセールスマンのそれでは無い。這い出る布団がそもそも無い。寝転んでいたベッドも無い。あるのは緑の瓦と蒼い空、普段と違う角度で見る街の風景。自分の背後を振り返ってみると、空いた窓と網戸、そして風にたなびくカーテン。その向こうに見えるベッドには誰も寝てはいなかった。


〇〇は寝ぼけた脳を働かせ始めた。この朝は異常であることに気づいた。〇〇は自分が寝ている間に無意識に一軒家二階建ての屋根上に上がってしまっていたことに驚いた。部屋は鍵がなければ外からも中からも開けることが出来ない。家族さえ入ることが出来ない部屋でこんな事が出来るのは、神秘的、霊的現象を信じぬ〇〇にとっては、あまりにも酔狂で優秀な泥棒か、己のみであると思われた。そして、より現実的であるのは後者であろう。

原因を考えるうち、昨夜の夜の死の欲求が〇〇の頭をよぎった。昨夜も今朝と同様異常であった。〇〇はそれほど頻繁には死にたいと欲する人間ではなく、また、昨夜の心の動きはあまりに突発的で、それほどの感情を生み出す起因となる出来事もなかったように思われた。ただ確かなのは、今はそういった欲求は感じられないということだ。下を見下ろすと、寝ながら落ちたら全治3ヶ月以上の大怪我又は死に至るほどの高さはあった。人生で初めて寝相の良さに感謝の気持ちを覚えた。いや、屋根の上まで来るというのは逆に悪いのではないのか。とりあえず、寒いのと、危ないのと、空腹を満たすという理由で、ゴチャゴチャ考えるのを止め、〇〇は屋根から脱出し部屋に戻り、そのまま朝食と家族の待つ1階へと階段を下っていった。


〇〇はこの家の長男で、普通科高校1年である。家族形成は省略する。

朝食はパンにジャムを塗ったものであり、〇〇は目蓋の下向きの力に負けながら、五感ならぬ四感で栄養を補給し、素早く制服に着替え、家を出て、電車に乗り、あまり知らない街の高校で早弁をし、7時限目までを怠惰な姿勢で受け、部活はとうの昔に辞めていて、なのに塾通いは大して役に立っていないのに辞められないでいて、午後7時、真っ暗闇をまた電車に乗って帰り、制服を着替え、〇〇は夕食ができるまでベッドに寝転ぶことにして、2階に上がろうとすると、母親に今日は何か面白いことがあったかと聞かれ、特には、と答え、再び階段を上がり始めた。ここまでが〇〇の日常である。これが〇〇の高校生活の半年であったと言っても過言ではない。〇〇は2階に上がり、少しの間も惜しんで惰眠を貪った。


〇〇は夕食の完成した匂いを嗅ぎつけ、階を降りて飯を食ったあと、風呂に入って歯を磨いて糞をしたが勉強はしないまま、11時頃、ベッドに再び寝転がった。これも習慣である。ベッドという場所は〇〇にとって心の安寧地であり、思考する場でもあった。昨日はたまたま、安寧だけを求めていたかもしれないが、普段は何かを思考しているのかも知れない、かも知れない。その点についてはもう言及しない。〇〇は今日という一日を振り返った。この半年間と比べて何ら変わらない1日であった。目覚めた場所を除けば。

昨夜のあれが今朝の異変を起こしたかどうかは定かではない。しかし、思い返そうとすると正直、昨夜の記憶が大して思い出せなかった。死にたいと欲したのは確かであったが、その後のことがよく思い出せない。何をしていたのかも、何を考えていたのかも、寝た時間さえ思い出せない。布団の中でまぶたが閉じたのは覚えているが、では何故屋根の上で目覚めたのか。たった二十時間前の記憶をなぜ失っているのか、これもまた〇〇には異常に思えた。死にたいと感じる前の記憶に関しては欠落はなかったし、今朝目覚めた後からの記憶にもそういったことは無かった。〇〇の特徴を少し説明しておくと、記憶力という点に関してだけは、〇〇には他を圧倒する能力が備わっていた。〇〇もその才を自覚していて、そして、その自信が〇〇に昨夜の異常性を示した。〇〇は思った。昨夜から今朝までのほぼ全ての自分に関する情報が欠落している。つまりは、脳も、肉体さえも、私の支配下の外にあったという事か。そして、それは死の欲求の出現と同時に始まったということか。こういった思考を続けていると、ある突飛な仮説が私の中にふと現れた。〇〇にとって、とても信じられる内容では無かったが、しかし反対に、この思考の結末として当然出てくるべき仮説であると妙に腑に落ちてしまう自分がいた。


「死の欲求に肉体が『 操られていた』」


その仮説を〇〇は昨夜とはうって変わって、驚愕をもって受け止めたようであった。しかし疑問が生まれた。確かに死の欲求の出現後の記憶は確かでない。しかしまぶたを閉じたのは布団の中であることを考えると私が屋根まで移動したのは寝た後だ。この仮説では、寝ている間に屋根に上がる事が可能であると証明できるのだろうか。それより、そもそも寝ていなかったという可能性はあるが、しかしこの説が寝ている時にも通用するのなら、起きている時にも通用するだろう。それに、起きている間には出来なかっただろうという、証拠のない確信が〇〇にはあった。「死の欲求」であるならば、確実に殺しにかかるであろうに、なぜ私は生き延び、そして屋根の上で寝ていたのか。その疑問点が〇〇の謎の確信を支えていた。とりあえず資料を検索すると、ノンレム睡眠よりも前段階のレム睡眠時には脳はまだ働いているらしいが、筋肉は弛緩しているのでベッドから立ち上がることもままならないようだ。ノンレム睡眠では尚更である。やはり寝ている状態で屋根へ向かった訳では無いのだろうか、と確信が揺らいでしまったが諦めず調べ続けると、どうやら眠ったすぐと起きる直前は肉体もまだ起きているらしい。寝ながら屋根に行けるのはその2度。しかし起きた時には死の欲求は微塵も感じていなかった。起きる直前には既に精神、私の干渉出来る所からは掻き消えていたのだ。

つまり、これらの情報を元にすると、寝た直後、死の欲求に突き動かされ、私は窓を開け、よじ登って屋根の上で力尽き、そこで夜を明かした、というのが昨夜の自分の行動として最も確からしかった。〇〇は己の確信が本当に正しかったことに少しだけ頬が緩んだ。

先に挙げた仮説は〇〇の中ではほぼ正しいように思われた。ただの予想、いまだ信じられないような内容ではあるが今のところ矛盾するような点はないし、〇〇にはこの説を組み立てる知識はあっても、否定する為の知識は存在しなかった。それらの理由が〇〇にこの仮説を蔑ろにさせなかった。ほかに有力な仮説が全く思い浮かばなかったのもあるが。

しかし、もしその仮説が正しいとしても、このままでは明日の朝、また自分は屋根の上で寝てしまうかもしれない。目覚める場所は先に逝った先祖達の所かもしれないし、救急車の中かもしれない。

さらに、ここで〇〇は大変なことに気づいた。死ぬなら別に飛び降りなくても可能であるという事に。例えば筆箱の中からカッターを取り出し、喉元を切りつける。例えばコンパスで大動脈を狙う。例えば肺の機能を停止させ、呼吸を止めさせる。例えば自分で自分を死ぬまで殴り続けさせる。しかし、下二つは不可能であることが段々と、断言できる程ではないが、〇〇にも分かって来始め、そして今夜〇〇がすべきことも定まった。まず、即死する様なものでなければいくら寝ていたとしても痛みで目は覚めるだろう。なぜそう考えるかというと、昨夜起きている間は、操られていても何も行動させられなかったからだ。恐らく死の欲求の能力は低く、無防備な睡眠時、それでもゆっくりとしか事を運ぶことが出来ないのだろう。だから昨夜は時間切れになって、屋根の上で寝るという結果になったのだろう。また肺の機能の停止は脳に酸素が回らず、自分が死ぬ前に先に欲求の支配力が低下してしまい、効果はないと考えられる。カッターナイフやコンパスは家ではないどこかに捨てれば良い。昨夜使われなかったのは幸運としか言えないが。

死の欲求は肉体にどれほど理知的に行動させるのかはわからないが、もしかしたらこういった条件の中での最適解、つまり最も身近で、確実かつスピィーディーな自殺は飛び降りである、という事は理解していたのかも知れない。それならば逆に対処しやすい。しかし今まで述べてきたもの全て仮説に過ぎないことは〇〇も承知のことであった。正直、本当は何が起こるかわからない。あす目覚めることは出来ないかもしれない。だが、〇〇は家族には相談しなかった。自立と依存の狭間の高1は、自分の命より、親への反抗心に重点を置いているらしかった。〇〇は己の仮説を信じ、他を頼らず、そしてそんな〇〇にとりあえず今夜出来たことは、部屋にある尖ったものを触れれないよう隠す事、雨戸を置いて窓を三重にする事、ひさしに長い金属棒を入れておくこと、そして大きい本棚の位置を窓の前にすることだった。


考えがある程度まとまり、すべき事をした〇〇はもうとっくに寝る時間だと気づいた。未だ昨夜の行動の分析と生き延びるための一時的対処しか出来ていなかったことは、仕方が無いことだと〇〇は思った。何しろ情報が足りない。

必要なのは根本的原因の究明と対策の考案、つまりは何が自分を死にたいと欲させるのか。そしてその要因は何をもって解消しうるのか。

このテーマは今日とはまた違うベクトルの話であり、これを行い、問題の解決に至るには一日や二日というレベルではない長い時間がかかるのは明らかであった。そして、今何より大切なのは、その根本的解決よりも明日の学校に間に合うよう早く寝て早く起きれるようにすることであった。


そういうわけで〇〇は布団の中に潜り込んで、目を閉じた。昨夜のように寝る前から支配されることは無かったが、寝た直後が死の欲求にとって最も支配力のある時であることは仮説で考えられていたことであった。


その日はなかなか寝付けなかった。




翌朝〇〇はあたかも台風の次の日の羽虫のように、窓にへばりついていた。しかし幸いにも、部屋の中であった

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